第31回 上流から見たeラーニング 13 「歴史ある大手企業がインフォーマル/ ソーシャル・ラーニングにシフトしている」 前編

2010/10/18

本稿では、過去4回に亘りグーグル社、ロッキード・マーチン社、サウスウェスト航空、インテル社等の「インフォーマル/ソーシャル・ラーニング」の活用事例を御紹介させていただいているが、先日、日本でもここにきてかなりこういったワードを聞くようになったというeLCのメンバーの声をお聞きした。
 
「iPhoneやiPadの登場が象徴的で、新しい段階のネット活用の意識を芽生えさえていると感じています。しかしながら特に日本に古くからある大手企業では手近に事例がないため、なんとなくみな、興味はあってもまわりから静観しているという状況です。また意識はあっても、『この取り組みはどこの部署がやるものなんだ? 教育部門なのかIT戦略部門なのか?』と玉を投げ合ってたりもします」と、日本の大手企業の足踏み状況を指摘してくださった。
 
そこで、今回は古くからある欧米の大手企業に焦点をあて、このような企業がどのようにして「ソーシャル・ラーニング」を会社全体で実践するようになったのかについてご紹介したいと思う。
 
「ソーシャル・ラーニング」で社員の生産性をアップし、年間8百万ポンドを削減したブリティッシュ・テレコム社
 
ブリティッシュ・テレコム(以降BT)は通信会社としては、世界で一番古い歴史をもつ英国のマンモス企業である。社員数14万人という大所帯のBT社には、社員の年齢幅が広くどちらかというと古い体質が強く残っている組織である。ところが、このような古い体質の残っている組織でありながらBTは意外にも早くから「ソーシャル・ラーニング」に取り組んで、その成果を出しているという事実が、2010年1月に開催された「ラーニング・テクノロジー2010」のコンフェレンスで世界中に紹介された。このときに紹介されたのが、世界でも権威のある「ラーニング優秀賞」を2008年に受賞したDare2Shareというネット上の「ソーシャル・ラーニング」環境であった。
 
 「ソーシャル・ラーニング」を推進することにした背景と理由:
BTは、現在Dare2Shareを全社的に提供し成果を出しているが、実は、この環境導入前の数年は「社員の能力降下」という痛い事実に直面していた。不景気のあおりで人件費削減が続き職場では人手が足りない、けれども社員の能力開発には投資はできない、結果として、イノベーションが生まれていない、売り上げがあがらないという悪状況が続いていた。既存の社員の間でいかによりよいパフォーマンスを出すかが大きな課題となっていた。
 
そこで、当時のBTグループの「ラーニング部」ディレクターであるピーター・バトラー氏はコンサル会社のアクセンチャーと組み、社員の学習に関する状況を把握するためにアンケートを実施した。
その結果、次のような具体的な事実をつかんだ。
  • FE(Field Engineer)達は不況のときに学習と成長の場を与えられていない
  • チームリーダーたちは安全についての説明を個々に何度も行っている
  • 営業員は質問に対する回答を得たり、ベスト・プラクティスや専門家を探したりするのに何日もかかり時間を無駄にしている
  • ラインマネージャーは同じ質問に何度も答えている
  • 研修に参加するのに時間と費用をかけすぎている
  • 研修は型にはまり過ぎ、一般的過ぎ、現場の現実から離れすぎたものであまり効果がない
このアンケート結果は、「生産性のロスが大きい」、「無駄に重複している作業が多すぎる」、「フォーマルな研修に費用をかけすぎ」という3つの問題点を明らかにした。ちなみに当時、BTはフォーマル・ラーニングに約年間 £1億ポンドを費やしていた。さらにこのアンケートを分析すると、研修というフォーマルな形式で学ぶより、「お互いに学びあう」というソーシャルな学び方、仕事をしながら自然に学ぶというインフォーマルな学び方のほうが効果があることもわかった。
BTのアンケート結果と同様のことが、多くの研究結果によって証明されている。「仕事にインパクトがある知識の中でフォーマルなクラスルーム形式の研修から習得したものは20%以下で、80%近くがインフォーマルな学びから習得したものである」という考えかたは、欧米の企業内教育担当者の間では常識として受け入れられている。この数年間、企業内教育担当者は、「企業は、社員の知識、パフォーマンス、生産性にインパクトが最も少ない研修というイベントに投資を行っている」、「社員の多くが、従来のフォーマルな研修より、仕事をしながら学ぶというインフォーマルな方法を好んでいる」ということを事実として捉え、この事実に対してどう対応すべきかを議論してきている。
 
BTが選択した対応策:
このアンケートの結果明確化された3つの問題(「生産性のロスが大きい」、「無駄に重複している作業が多すぎる」、「フォーマルな研修に費用をかけすぎ」)の対応策としてピーター・バトラー氏は従来の研修を次のようなことができる学習環境を仲間と話し合った。
  • お互いに学びあえる
  • 仕事をしながら学べるようにし、「学び」と「仕事」のギャップを縮める
  • ネットワーキングとコラボレーションができる
  • マネージャーは大事な伝達事項を一度で済ませる
  • 個々の社員がタイムリーに必要なラーニングコンテンツを作成し、デリバリーできる
この際、研修というフォーマルな形式で学ぶより、「お互いに学びあう」というソーシャルな学び方、仕事をしながら自然に学ぶというインフォーマルな学び方のほうが効果があるという事実を充分に考慮して話し合った。その結果、社内用のYouTube版を学習環境として提供することになった。システムとしては、マイクロソフト社の Sharepoint の中にあるポッドキャスティング・キットを利用し、参加希望者だけを対象に小さくスタートした。特に部署を指定したわけでもなく、宣伝も何もしなかったが、参加者からの口コミで、あっという間にいろんな部署からの参加者が集まり、アンケートをした結果10点満点のうち8.8点という高い結果が出た。このようにして社内専用のYouTube版である"Dare2Share"がデビューしたのである。
 
"Dare2Share"の中身の特徴:
"Dare2Share"についての紹介はYouTubeのサイトhttp://www.youtube.com/watch?v=gtVYkEdGtfo
でも見れるが、下記に簡単にご紹介する。
  • 全社員は自分の専門や興味のあることについての情報が入ったプロフィールを掲載できる。そうすることによって、自分の知識や体験を共有するだけではなく、他の社員の意見を探したりすることができる。
  • 社員と社員が所有しているコンテンツは、チームサイト、IM(インスタント・メッセージ)、ブログ、ディスカッション・スレッドでつながっている。提供されたコンテンツは、共有している過程の中で「質や応用性」について、仲間に評価されている。
  • ビデオのスクリーンの右側には、自分が関心のあるトピックを選択できるようになっている。
  • 自分の関心のあるトピックのビデオがみつかった場合、マウスの「右クリック」するとビデオ作成者に連絡するというようなオプションがでてくるので、作成者に直接質問をすることができる。
  • 人によってメッセージの出し方にも好みがあるので、インスタントメッセージ(IM)、オンラインチャット、eメール等、自分の送りたい方法を選ぶことができる。
 
社員の反応:
BTの担当者によると、パイロットとして小さくスタートした当時、ボランティアベースで多くの社員がポッドキャスティングに参加しアイデアや体験を共有してくれたという。予想以上に反応がよく、社員は自分の姿、友人の姿が映っていることが身近なことに感じられ嬉しく思ったという。また、ポッドキャスティングには特に準備はいらないし、難しい作業ではないので、利用者の広まりは速かった。
あるマネージャーは、今まで、何度も同じ伝達事項を違うところで話さなければいけないことがよくあったが、今は一度で済ませるようになり時間のロスがなくなったと喜んでいる。
また、もう一人のマネージャーは、100人の社員に対し新しい機械について研修をしたい場合、以前は受講者にマニュアルを送って事前に読んでおくように支持し研修を行っていたが、マニュアルの代わりにポッドキャストを使うようになってからは、6週間かかっていた研修が2-3日で終えることができるようになったと、成果を強調していた。
 
BTが「インフォーマル/ソーシャルラーニング」の取り組みに成功した理由:
ピーター・バトラー氏は、「インフォーマル/ソーシャル・ラーニング」の効用をさまざまな研究結果や事例で知り、BTの将来には「フォーマル・ラーニング依存型」から「インフォーマル/ソーシャル・ラーニング」にシフトしていくことが必要であることは確信していたが、最初から既存のフォーマルな研修プログラムをかなり削除し「インフォーマル/ソーシャル・ラーニング」を推進するという荒療治はしなかった。"Dare2Share"のデビュー当時は、既存の研修プログラムをサポートする形で活用し、効果があると実証されたソーシャル・メディアだけを導入するようにしていた。
従って、トップダウンではなく、ボランティアを募ってやりたい人達に参加を呼びかけ、ファンを増やすという草の根的なやり方をした。"Dare2Share"の全体的な管理はラーニング部が担当するが、ボランティアで新しい試みの担当者になってくれた社員には、何らかの形で褒賞するようにした。
 
成功につながった5つの要因:
BP社のピーター・バトラー氏とアクセンチャー社のエリック・ダビドーバー氏は、成功の要因として次のようにまとめている。
1.戦略化:ビジネスが抱えている問題点とそれの解決にはどのような社員の生産性とパフォーマンスの向上が必要かについて分析した内容を、経営者たちと話し合った。何が無駄であったか、ビジネスの成果につなげるのに何が今後できるのかについて明確に説明した。
2.評価:「イノベーションデー」("innovation day") を設けてBT、アクセンチャーの社員が集まってアイデアを持ち寄って共有したり、実際に利用している経験者達を交えて、Web 2.0 のテクノロジーについて話し合いの場をもった。ただ単にテクノロジーについて話し合ったのではなく、「ビジネスとラーニングがいかにこのようなテクノロジーを必要としているか」ということについて話し合った。
3.証明: テクノロジー、機能、使い勝手、コンテンツ、学習ネットワーク、褒章プログラム(貢献してくれた社員に対して)等について、社員の一部にパイロットテストをし、現実的に効果があることが実証されたものから、スタートした。
4.プロモーション: パイロットで成功したものを社内に紹介し、プロモートした。マーケティングを上手にすることもさることながら役員達にも協力してもらい、社員に良く知ってもらうように努力した。
5.測定: 利用状況をモニターし、フィードバックを収集し、その結果を測定し、次のソーシャル・ラーニングの導入に生かすようにした。
 
"Dare2Share"を使った「インフォーマル/ソーシャルラーニング」の成果:
ピーター・バトラー氏とラーニングのスタッフ達は、"Dare2Share"のデビュー時から2年間を振り返ってみて、成果として次のようことをあげている。
  • 研修コストを削減できた:従来の研修コースをやるには、適切な専門家を探し、研修コースを作ってもらい、研修するというように、時間とコストがかかっていた。今は、知識の共有ができるオンラインのコミュニティーに参加することで自分の探している専門家を簡単にみつけることができるようになった。年間の研修コストを£8百万ポンド削減できた。
  • ビジネスが必要としている社員の能力開発の期間を縮めることができるようになった:コンテンツは中身のわかっているユーザーによって評価されフィルタリングされるので、社員のニーズに合わせた学習体験が可能になった。学習者は自分個人のニーズと関心があるから学習するので、習得度が高い。
  • 市場とカスタマーの動きにより迅速に対応できる社員を養成することができるようになった:他の社員がどのようにカスタマーと対応し問題解決したのかを知るのに検索時間がかからず、その担当者ともディスカッションができるので、時間の効率性だけではなく生産性が上がったという社員が増えている。
  • 社員がもっと活発になり元気な会社作りに貢献するようになった:自由な学習環境のおかげで、社員は何か新しいこと革新的なことをやってみたり、コラボレーションをしたり、コミュニケーションをし、自分達の体験と知識を共有したりするということを、積極的にやろうとするようになった。
 
学習文化の変化:
ピーター・バトラー氏とエリック・ダビドーバー氏は、この2年間で社員の学習に対する姿勢と学習文化に次のような大きな2つの変化がでていることに気づいた。
 
1.「コンテンツそのものより、コンテンツについて皆が集まって話し合って学び合うことが大事である」
28回目でご紹介したように、教育専門家ジョン・シーリー・ブラウン と リチャード・ P・アドラーは、“Minds of Fire” の論文の中で「『ソーシャル・ラーニング』は、従来の教育のようにサブジェクトとしてのコンテンツを重要視するのではなく、コンテンツを理解するための学習活動、ヒューマン・インターアクションそのものに価値をおく学び方である。従って、『何を学ぶ』ではなく『どう学ぶ』という『学びの過程』を重要視した学び方である」とまとめてある。
 
2."WHAT you know" より大事なのは " WHO you know"
これと同様のことを、ロッキード・マーチン社のダーレン氏も次のように語っていた。「今までは、情報量のあること"what you know"がパワーになるという考え方が強かったように思えますが、これからは、たくさんコネクションがあり、人と人を結びつけることができること"who you know"がパワーであるという考え方が企業に必要だと思います。時間がかかるし、一夜でできないことですが。。。」(30回目のレポートの中でご紹介)
 
「ソーシャル・ラーニング」のプロジェクトを通してこの2つの学習文化の変化に気づいたのは、ピーター・バトラー氏とエリック・ダビドーバー氏が初めてではなく、「ソーシャル・ラーニング」の実践者が共通して気づいていることである。このような学習に対する社員の変化が会社全体に出て来て始めて、「市場とカスタマーの動きにより迅速に対応できる社員の養成」に成功していると言えるのではないだろうか。
 
古くからある大手の企業に勤めていらっしゃる読者の中で、「実は私も個人的にはこのよう学習文化に賛成だし、自分の身の回りにもこのような考え方をもった人達が多いかな」と思われたとしたら、案外「ソーシャル・ラーニング」の組織的な導入はやりやすい環境にいらっしゃると言えるのではないだろうか。
 

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