第28回 上流から見たeラーニング 10「ソーシャルラーニング 後編」

2010/01/13

前回の記事ではローカル・モーターズ社(以下、LM社)という小さな自動車会社を紹介し、そのビジネスプロセスそのものに学習が埋め込まれた在り方を「ソーシャルラーニング」の例として取り上げた。
今回は改めてソーシャルラーニングとは何かを考えた上で、以前ご紹介したGoogleを例にとり、企業がソーシャルラーニングに取り組む上で参考になる事柄、反面で多くの企業が懸念する事柄についても考察する。
 
 
1.LM社のビジネスモデルを支える「ソーシャル・ラーニング」とは?
 
「ソーシャル・ラーニング」、「フォーマル・ラーニング」、「インフォーマル・ラーニング」の違い
ここで、前回から出てきた「ソーシャル・ラーニング」、「フォーマル・ラーニング」、「インフォーマル・ラーニング」という言葉について、どのようなものかを改めて整理してみる。



フォーマル・ラーニング:人材開発部が提供する研修プログラム、ワークショップ、セミナー、大学のコースなどに参加して学習する方法である。社員はたいてい、職場を離れてこれらのプログラムに参加する。コンプライアンスプログラムを中心としたプッシュ型のWBTもこの中に含まれる。社員が自主的にこのプログラムをとるというより、上からの要請でとることが多い。一つのコースを終了するのに、ある一定の時間を要する。
インフォーマル・ラーニング:職場で分からないことがあったときに同僚や先輩に聞いてみたり、ある仕事のやり方について先輩のやり方を観察したり、同僚と休憩時間に仕事のことについて話しをしたり、カスタマーからの質問に答えたり、社内のヘルプデスクを使ったり、グーグルで検索しながら学習するという方法である。自分が学びたいから学ぶということが学習の動機となるが、社員同士での昼休みの何気ない会話から思いもしなかったことを学んだりするというように、この「学び」は必ずしも意図的なものだけではなく、気づきのようなアクシデンタルなものも含まれる。
ソーシャル・ラーニング:「インフォーマル・ラーニング」の部類に入り、特にヒューマン・インターアクションを中心とした学び方で、コラボレーションや共有をしながら学んでいく方法である。「きちんと系統立てて作成されたコンテンツを教師から教えてもらう」という学び方ではなく、「何かについて何人かが集まってわいわいがやがやとああでもないこうでもないと話し合いながら学ぶ」という学び方である。従って、この過程を通ることによって、社員は自主性、自律性が養われ、多様性があり、個性を尊重し、コラボレーションに必要なソーシャルスキル、コミュニケーションスキルを身に付けていくことができる。アメリカでは、SNS、ブログ、Wikis等の「ソーシャル・メディア」の利用の高まりとともに、「ソーシャル・メディア」を利用した学習を総称して「ソーシャル・ラーニング」と呼ぶ人達が増えている。
 
教育専門家John Seely Brown と Richard P. Adler は、“Minds of Fire”  の論文の中で「『ソーシャル・ラーニング』は、従来の教育のようにサブジェクトとしてのコンテンツを重要視するのではなく、コンテンツを理解するための学習活動、ヒューマン・インターアクションそのものに価値をおく学び方である。従って、『何を学ぶ』ではなく『どう学ぶ』という『学びの過程』を重要視した学び方である」とまとめてある。情報量が多くなり、情報そのものも常に変化しているので、高等教育そのものも教科書主体では「情報のスピードと変化」に対応できないことを指摘し、「情報の陳腐化」を防げるソーシャル・メディアを活用した「ソーシャル・ラーニング」にシフトしていくべきであると提案している。「ソーシャル・ラーニング」は、企業だけではなく、学校教育のあり方にもいくつもの疑問を発している。



2.「ソーシャル・ラーニング」はグーグル式ラーニング
 
多くの企業が気づいていない「ソーシャル・ラーニング」のパワー
今でこそLM社のように「コラボレーション、共有」を通して学ぶという「ソーシャル・ラーニング」を実践する企業は増えてはいるが、創立当時から実践していたのは、2008年にご紹介したGoogle社である。LM社で使われているような投票によるデザインコンテストサイト等のコンセプトとテクノロジーは、「コラボレーション、共有を通してイノベーションを醸成」という企業文化を持つGoogle社が社内で使っていたものを、オープンソースとして一般用に無料に使えるようにしてくれたおかげである。LM社のCEOがハーバード大学のMBAコースでGoogle社のやり方を学び、ビジネスモデルに応用していることは容易に推察できる。そこで、2008年のレポートですでにご紹介しているが、LM社のビジネスモデルをより理解していただくためにも、もう一度Google社の学び方を「ソーシャル・ラーニング」という観点からまとめておく。
 
「わいわいがやがや」は無駄なおしゃべりではない
「わいわいがやがや」は、知らない人から見れば「遊び」のようにとられがちで、下手すると「仕事をやっていない」というレッテルが貼られてしまう。しかし、この「わいわいがやがや」はプロジェクトチームの仕事に対するエネルギーとコミットメントの度合いを表しているのである。各自が仕事に対して自分の言いたいこと、思っていることを言っているから、「わいわいがやがや」となるのである。「黙ってリーダーの話を聞いて終わり」の「静かな会議」とは違う。残念ながら、「静かな会議」だと「まじめに仕事をしている」と見て、「わいわいがやがや」は「おしゃべりで仕事ではない」とみるマネージャーがまだ多い。このような従来の仕事に対する企業文化が邪魔し、「わいわいがやがや」を奨励する「ソーシャル・ラーニング」は企業ではあまり受け入れられてなかった。
 
Google社は「わいわいがやがや」を「ただの社員のむだなおしゃべり」として捉えず、社員の「コミュニケーション力、コラボレーション力を身につける大事な過程」で、「イノベーションを生む大事な場」として捉え、それを創立当時から企業文化とネットワークでサポートしてきたことで、他の企業と大きな差をつけたといえる。
 
全社員が参加してイノベーションを生み出す
社員一人一人がイノベーションへの貢献者であることを徹底している。他人まかせにするのではなく、自分のできることやりたいことを通して、会社に(あるいは社会に)貢献していこうという姿勢を社員であるGoogler達に期待している
 
Google社では、新製品と新機能を出すと、Googler達がその製品をまず使ってみて、開発したエンジニア、マネージャーに使い心地についてフィードバックを出すという過程がある。全社員が製品開発プロセスに関わっているといっても言い過ぎではない。このように全社員とコラボレーションすることによって、「ユーザー側にたった製品を出す」という自分たちのミッションも達成しているのである。
 
Google社内には、「Googler 提案ボックス」がいたるところに設けられていて、仕事のことだけでなく、追加してほしい新しい飲み物にいたるまであらゆる提案を出すことができるようになっている。これに関連して、e “Google-o-meter” という新しいツールを開発し、全社員向けに、イントラネット上で会社の変化や向上に関するアイデアを投稿できるようにした。世界中の社員たちはそのWebページをみて、いい案か悪いかなどの意見を入れるというようにしている。
 
電子掲示板「Idea at Google」を利用して新しい製品サービス開発をスピーディーにする
上記の“e Google-o-meter”を使った電子掲示板としてイントラネットには「Idea at Google」がある。これは、エンジニアのアイデアを迅速に新しい製品サービスと結び付けるためのもので、エンジニアは、良いアイデア,プロトタイプのプログラムなどをいつでも投稿できる。全社員が閲覧可能で,アイデアなどには,自由にコメントを付けられる。社員の人気投票によってアイデアに順位が付くようになっている。開発チームには,海外のオフィスにいるエンジニアも参加できる。
 
エンジニアーは「Google Labs 」のWebサイトを使って社外のユーザーともコラボレーションし、自分のアイデアの市場性を確認できる
Google社では、コラボレーションは社内だけではなく、全世界のユーザーもコラボレーションの相手として捉えている。従って、Product Forumなどで有望と認定されたサービスは「Google Labs」と呼ぶWWWサイトで公開して全世界のユーザーに試用してもらいフィードバックをもらう。そこで得た情報をフィードバックすることで,より完成度の高い正式版の開発に生かすことができる。エンジニアとしてはこうした仕組みを活用することで,自分のアイデアを短い開発期間で世界に問える。
 
「学びの場」は自分達が企画し、必ず他のエンジニアーにもWebを使って共有する
「 Google's engineering tech talk program」、別名Tech Talk を定期的に開いている。世界的に知られているエンジニアを社内外からよんでアイデア、ベストプラクティス、テクニカルな知識、スキルを広いトピックにわたって共有してもらうことが目的である。Googler達は自分たちでこのようなセッションを計画し、他のオフィスにいる人達もビデオコンフェレンスで参加できるようにしている。すでに世界中のGoogler達にも、Google Video と YouTube を使って、多数のセッションを提供してきている。エンジニア達が自分のアイデアを高いレベルのテクニカルな仲間達に流し、流れてきたアイデアに対して、お互いに議論しあい、自分たちの考え方をより広めるのに役立てている。
 
社内用ブログで社員同士が交流し、透明でフラットな組織を造る
「オープンなコミュニケーションと対話」は企業文化の一つであるが、それを実践しやすいように、社員が自分のブログができるように、社内用のブロッギングのツールがある。個人的な話、仕事のプロジェクトの近況報告、自分が気がついたことを共有するなどに使われている。ブログは社内専用で、このようなSNSを使ったオンラインフォーラムを作ることによって、部署間の壁を越えた社員同士の交わりを、組織の階層関係なくやることを進めている。
 
 
3.企業が「ソーシャル・メディア」を使った「ソーシャル・ラーニング」に踏み込めないのは?
 
このように、企業の成功事例を聞いたり、研究結果を読んだり、コンフェレンスに参加しクロス氏を始めとした教育専門家の話を聞いたりして、米国のCLO(企業内教育のトップ)は、「ソーシャル・ラーニング」についてはかなり理解を示し始めてはいる。しかし、いざ、「ソーシャル・メディア」の社内利用についてはまだ足踏みしていることが多い。以下に足踏みしているCLO達のよく聞く不安や恐れに対して、上記の企業のように活用を始めたCLO達がどのように考えているのかをまとめてみた。
 
「社員が仕事をしなくなるのではないか?」
確かに、Twitterでおしゃべりをする社員が出る可能性はおおいにある。しかし、おしゃべりに興じて仕事を疎かにする社員は、ソーシャル・メディアがあってもなくてもするタイプの社員ではないだろうか?してはいけないことをやる人間は、すでにEメールの段階で行っており、Twitterが入ったから始まったことではない。やるべきことをやる社員はきちんとソーシャル・メディアを通してのおしゃべりを仕事につなげていく術を身に付けており顧客サービス向上のためのツールとして使おうというような意識をもった社員が多い。社員を信用できないのは、ソーシャル・メディアを使うからではなく、企業文化そのものと関係している。
 
「悪い情報が流れるのを管理しきれないのでは?」
ジェイ・クロス氏がいうように80%のラーニングはインフォーマルな場で行われており、企業が抑えたい「悪情報」はなんらかの形でよくない方法ですでに共有されてしまっているものである。情報の流れは、トップダウンで管理しきれるものではないという認識をもつべきではないだろうか?
 
「大事な情報が漏れるのでは?」
クラウド・コンピューティングのシステム的な情報安全の保障は向上されてはいるが、外からのハッカーに対しての対応は業務内容に合わせて検討する必要がある。しかし、中から外に社員が意図的に漏らすといった場合は、ソーシャル・メディアに始まった問題ではない。
 
「間違った情報をどう訂正できるか?」
情報とは常に変化しているものである。例えば、学校の科学の教科書で学んだ惑星のことにしても、「真実」と思い込んで暗記した内容が新しい発見で「間違い」であったということがよくある。教科書や百科事典の様に「静的な情報」に頼っていては、変化のスピードと情報量には対応しきれない。Wikisのようにオープンにして常に更新する必要がある。情報の正確性も大事であるが、情報の陳腐化を防ぐことはより大事である
 
また、仮に、間違った情報が流れてしまったとしても、Wikisのようにオープンにしないと、目に見えないので、すでに間違った情報を交換していたことさえもわからないままになってしまうことがよくある。企業側はコントロールはできないが、皆の知恵を使うことで情報の正確性が高まっていくことを認識する必要がある。
 
「コントロールができない?」
ソーシャル・ラーニングは「プッシュ型のトレーニング」ではないので、コントロールはできないし、強制もできない「プル型のラーニング」であることを肝に銘じる必要がある。ラーニングのやり方、ラーニングに対するマインドセットを変える必要がある。
 
「学習成果が見えない?」
確かに、財務的なROIを測定しようとするのは難しい。しかし、財務的な数値で測定することが本当に学習成果といえるのだろうか?学習成果の測定のしかたについて変えていく必要がある。現在、次のようなことが成果として挙げられている。
  • 顧客関係が顕著に向上
  • イノベーションが増える
  • アイデアから製品化までのスピードが短縮
  • 社員との信頼関係が向上
  • 離職率が下がる
  • 売り上げがあがる
  • 自律性のある社員育成
  • コンピテンシーが速く身につく
  • 生産性があがる
  • クレーム率が下がる
  • 組織が透明化
 
「せっかく入れても、使われないままになるのでは?」
コミュニティー・オブ・プラクティスのような皆のいい体験を共有しましょうとせっかくコミュニティーを提供しても、書き入れる人が少なくて空のコミュニティーで終わってしまうことが今までによくあった。それは、社員にとっては、自分の仕事以外にやらなければならない仕事になってしまっているからである。議事録をブログでやるというように、今までやっていた仕事を違う方法でやるという形で導入すると社員のハードルが低くなる。また、「トップダウン」ではなく、草の根的に広まる努力をする必要がある。
 
「コストがかかるのでは?」
成果が数字のように目に見えにくいものなので、開発費や維持費にコストがかからないことが大事である。ありがたいことに、ソーシャル・メディアはほとんど無料で使えるオープン・ソース・ソフトウェアなので、自社で開発し維持をしていくよりそれらを利用目的に合わせてできるだけ利用し、必要に応じてセキュリティーがしっかりしているGoogle社やSalesforce.comのようなクラウド・コンピューティングのサービスを利用していくのが賢明である。
 
「企業文化がない」
「コラボレーション、共有が大事」という企業文化がないと、ソーシャル・メディアをうまく活用するのは難しい。しかし、すでにこのような文化がある場合は成功する可能性が高い。また、仮に今このような企業文化がなくても将来醸成したいとトップが思っている場合は、ソーシャル・メディアは取り組むべき価値のあるものである。
 
「ソーシャル・メディアは一過性の流行ですたれるのでは?」
社内と社外がつながってお互いに学んでいく方法としては、ソーシャルメディアを使ったソーシャルラーニングは、一番使いやすい方法なので、増加はあっても減少はないだろう。また、アメリカでは、2014年には、1982年以後に生まれた層(Y層)が労働人口全体の40%を占めるようになり、ソーシャル・メディアを使ったソーシャル・ラーニングは自然な学習方法として定着していくはずである。
 
 
4.最後に
 
LM社のビジネスモデルについて、自動車業界分析コンサルティングをしている高齢のコンサルタントは、「自動車の製造というのは、歴史的に大規模な組織と設備があって成り立ってきているものである。大きな投資があってこそ長続きするのであって、あってないような投資額でやろうとしているLM社のビジネスモデルは立消えていくだろう」と推測を出した。クラウド・コンピューティングを使うことで投資額を最低にして運営をしているLM社のビジネスモデルが10年後も続くかどうかは誰もわからない。
 
「専門家の意見ではビジネスの成功率は大変低いことに対して将来をどう思うか?」というレポーターの質問に対して、「何でもリスクはつきものです。失敗を心配してやらないということは、せっかくのいいアイデアがあっても実現できないで終わってしまうというリスクにもなると思います。やれると思ったらそれを信じてやれることをやってみるしかないと思います」と動じることなくまっすぐにレポーターを見て答えていたCEOの姿は筆者でなくても読者の方々も「格好いい!」と思わずエールを送ってあげたい気持ちになったのではないだろうか?いくら大規模な投資額と設備があってもカスタマーの声を無視して効率性の悪い製造をし続け、あげくは倒産して末端社員を路頭に迷わせたような大手自動車会社の不始末を見聞きしていると、よけいに、「カスタマーの夢の実現をすることで、将来の地球環境、地域の発展にも貢献しよう」としている小さな町工場であるLM社には、是非とも生き残って成長してほしいと願わずにはいられなかった。
 
今回は、カスタマーの夢の実現を目的として「ソーシャル・ラーニング」を織り込んだ零細企業のユニークなビジネスモデルをご紹介したが、次回は最近話題になっているTwitterをはじめとした他の「ソーシャル・ラーニング」を、大手企業を中心にご紹介する。
 

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