第32回 上流から見たeラーニング 14 「歴史ある大手企業がインフォーマル/ ソーシャル・ラーニングにシフトしている」 後編

2010/11/12

「インフォーマル/ソーシャルラーニング」で「コラボレーション文化」を醸成しているTELUS社
 
TELUS社は先にご紹介したBTほどの社員数はないものの、創立百年の歴史があり、社員数3万5千人で顧客数が全国で1千2百万というカナダのテレコミュニケーション大手企業である。同社では、より厳しくなるビジネス環境の中で、効率的にビジネススピードに対応するために、数年前から組織をWeb2.0化することを大きな目標とし、並行して「ラーニング2.0化」も進めている。現在、同社では、「インフォーマル/ソーシャルラーニング」ができるネット上での学習環境を社内に戦略的に導入することによって、組織の効率化と「コラボレーション文化」の醸成に役立てている。
 
「ソーシャルラーニング」を推進することにした背景と理由:
同社には、ソーシャル・ネットワーキングを基本的なコミュニケーションのツールととらえている若年層の社員が増えている。現在の社員の年齢別割合としては、40%は50代と60代、35%は30代と40代、25%は20代となっている。 この先10年で40%の社員は退職して去って行く。すなわち、組織内の40%の知的資産がこの先10年でなくなっていくことでもある。教育部部長のポンテフラクト氏は、10年後を見据え、今から、それぞれのもっている知識、知恵、経験という知的資産を組織内でうまく共有し伝達しなければと強く感じていた。そのためには、「社員は年齢、肩書きと関係なくさまざまな形で知識共有ができるということが日常」となるような「コラボレーション文化」を醸成していく必要性を強く感じていた。
 
「これを組織的にうまくできるようにするには、パワフルなテクノロジーの環境がいる。ラーニング、人、コンテンツ、テクノロジーをうまく効率的にリンクすれば、良いコラボレーション文化の醸成につながる筈」と確信したポンテフラクト氏は、実践に向けて「組織全体のコラボレーションが簡単でスムーズに速くできるようなテクノロジーのプラットフォーム」の検討を始めた。
 
ポンテフラクト氏が、このようなプラットフォームの検討に積極的だったのは、「コラボレーション文化の醸成」という将来に向けての目的があったからだけではなく、実は、教育部として何とかしなければならない深刻な問題があったからである。同社の2009年の教育予算はカナダドルで2850万ドルで、その90%はフォーマルなクラスルーム形式の研修費にあてられており、そのほとんどが外部の企業に委託したものであった。外部で作られたコンテンツと派遣講師を使った研修は、高価な投資の割りに成果が薄く、ポンテフラクト氏は同社の従来のフォーマルな研修形体に限界を感じ始めていた。高度で最新の知識をもった社員の養成をいかに効率的に行うかは、教育部長としては大事なビジネスニーズであったが、フォーマルな研修に依存せずにどうするかが大きな難題であった。
このようにして、同社では、社内の知恵を生かし人材開発ができる「インフォーマル/ソーシャルラーニング」に目を向けるようになったのである。
 
「フォーマル・ラーニング」から「インフォーマル/ソーシャル・ラーニング」へ:
ポンテフラクト氏としては、できるだけ早く「フォーマル・ラーニング」から「インフォーマル/ソーシャル・ラーニング」にシフトしていきたいというのが本音ではあったが、同社の学習層の現実を見るとそう簡単にはいかないことに気づいた。新しいソーシャルメディアに慣れている若年層の社員数が年々増加しているとはいうものの、全社員の40%は50代から60代の団塊層で占められて社内には、「学習とは何かクラスに参加すること」と思い込んでいる風潮がまだまだ強く残っているからである。
 
そこで、2010年度の教育予算(2千百万ドル)を60対40の割りあいで「フォーマルな研修」と「インフォーマル/ソーシャルラーニング」に分けた。「インフォーマル/ソーシャルラーニング」を効率的に活用するために、次の3つの必要条件が満たせる学習環境を検討した。
  • 継続的学習ができる
  • コラボレーションができる
  • ネットワークにつながっている
 
いろいろと検討した結果、マイクロソフト社のSharePoint 2010をパワフルなテクノロジーのプラットフォームとして選択した。
 
「インフォーマル/ソーシャルラーニング」の取り組み責任者:
同社では、SharePoint 2010導入の取り組みは、IT戦略部門にまかせるのではなく「ラーニング部門」があえて主導権をとっている。それは、SharePointの経験が長いコンサルタントによると、「このようなソーシャルメディアの導入は、一度で済ませる他のITソフトの導入とは違って、使いながら様子をみて徐々に導入していかねばならず、どちらかというと時間のかかる過程を通る必要がある。このような導入の仕方のほうがソーシャルメディアの場合は、より生産性が高いことがわかってきた。IT戦略部門が担当すると、どうしてもソフトがもっている機能全部を一度に導入してしまい、どう使うかはユーザーまかせになってしまう傾向が強い」からである。
 
パイロットプログラムを使って小さくスタート:
SharePoint 2010には多くの機能があるが、あまりに多すぎて、どう手をつけたらいいのかがわからないということがよくある。そこでパイロット(テスト版)として導入するときはすべての機能を社員が使えるようにするのではなく、何度もパイロットをしながら少しずつ導入することにした。他の企業でよくあるのが、最初からすべての機能を入れてしまい、結局多くの機能が、社員に使われないままで終わっているというケースである。SharePointの経験豊かなコンサルタントは、「よく使われるのはマイサイト、マイプロフィールで、 タグ/タッギング のような機能は後から導入するのが効果的」という。
最初のパイロットはできるだけシンプルな活用を第一とし、次のような機能の入った学習環境を「ソーシャルパイロット」として4月に実施した。
  • 社内専用ソーシャル・ネットワーキングの場:チームメンバーの専門性や特技がわかるようにする。ブログで自分の体験についてディスカッションしたりアドバイスや情報を共有したりできる。
  • 現場チーム用「マイ・コミュニティー」:プロジェクトチーム、部署、グループが一緒に仕事をしたり、ドキュメントを共有したり、お互いの知識のある所にアクセスをしたりできる。
まずは、千人のユーザーが利用できるようにし、本格的な実施は2010年の末とした。 
次に行ったパイロットはTELUS Tubeというビデオパイロットである。これは、社内専用YouTube版のようなもので、ユーザーはビデオをアップロードしたり閲覧したりできる。  
ポンテフラクト氏は、この学習環境の中で社員は、「インフォーマル・ラーニング」用としてWebキャスト、 電子ブック、メンタリング、コーチングを活用し、「ソーシャル・ラーニング」用としては、ビデオ、ブログ、マイクロブログ、ウィキを活用できるのではと考えている。
このように機能を少なくし、「小さくスタート」し、徐々に機能を導入するやり方は、先にご紹介したBT社も同様であるが、SharePointではなくグーグルアップスを使って「ソーシャル・ラーニング」を推進しているジェネンテック社(バイオテックの会社)のやり方とも共通しており、プラットフォームに関係なくソーシャルメディアを使った「ソーシャル・ラーニング」成功への重要な鍵のようである。
 
 
成果:
アンケート結果では、SharePoint 2010のプラットフォームについては、「言葉の使い方が馴染みにくい」、「 マイプロフィール、マイサイト、 チームサイト、 ポータル のナビゲーションがスムーズではない」、「コミュニティー機能は、プロジェクト向けのコミュニティーには向いているが、自然発生的なインフォーマルなコミュニティーには向いていない」等のマイナス面のコメントはあるものの、新しいラーニング方法に好意的なコメントが多かったという。
同社はまだ2010年の4月に始めたばかりであるが、ネットを使った「ソーシャルラーニング」学習環境の成果として次のようなことをあげている。
  • 2011年度の研修コスト20%削減
  • この先3年間でフォーマルラーニングは全体の教育プログラムの50%に減らすことができる
  • 特定のスキル、知識により早くアクセスできるようになり社員の生産性が向上
  • 社員がより働き甲斐を感じるようになり、社員の留保率が上昇
 
企業内の学習文化へのチャレンジ:
ポンテフラクト氏は、次のようなことをやって、ネットを使った「ソーシャルラーニング」への社員の参加をうながしている。 
  • 社内で新しい試みを使った馴染みのある事例を紹介
  • 環境の変化についてウィキを使ってディスカッションすることを奨励
  • 教育部門長が「ラーニング 2.0」についてのブログを流す
 
100年の歴史をもつ通信大手企業TELUS社にとって、「専門家による研修」から「職場で日常茶飯事行っている同僚との話し合い」を学習と称してシフトしていくことは、容易なことではない。さらに、トップダウンではなく「社員の主体性次第」という「インフォーマル/ソーシャルラーニング」の学習環境を組織的に広めることは、団塊層がまだ40%を占める同社では、今は、まだ時間のかかることである。しかし、現実には毎年ソーシャル・ネットワーキングでラーニングができることが当たり前と思う若年層の社員が入社しており、利用率は高まる一方であろうことは容易に想像できる。
 
iPadの登場は、ソーシャル・メディアを使った「インフォーマル/ソーシャルラーニング」へのシフトをより加速化するものと思われる。このままでいくと、TELUS社の「フォーマル・ラーニング」と「インフォーマル/ソーシャルラーニング」の割合は、10年後には10対90にシフトしている可能性が大のように思われるが、読者の皆様はどのように感じていらっしゃるだろうか。

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