第40回 上流から見たeラーニング 22 「ソーシャルラーニングとラーニング3.0のトレンド」前篇

2013/01/28

~アバターでリーダーシップ研修に参加するIBM~ 前編
 

 
2012年は、フェースブックのIPO騒ぎとも重なり、ソーシャルメディアがあらゆる場面で登場し、企業内教育の世界においても大きなインパクトを与えた年である。さらに、クラウド利用の浸透、スマートフォーン、タブレット等のモバイル機器の進化とともに、「人と人を結びつけた」ソーシャルネットワーキングに「いつでも、どこでも」アクセスすることがより簡単になり、これをラーニングに利用する企業も増え、ラーニング2.0は異端児扱いから離れ、ようやく主流に入り込んだ年とも言える。このような流れの中で、欧米ではすでに「ラーニング3.0」という言葉も頻繁に使われるようになり、次のラーニングに目を向け始めている教育者が少なくない。2012年10月に開催されたトレーニング・マガジン誌主催の大きなコンフェレンスでは、これをテーマにし、今後のラーニングのトレンドを紹介している。そこで、今回は本稿においても、「ラーニング3.0」のトレンドの先を行っているIBMの企業事例をご紹介してみたいと思う。
 
ラーニング3.0とは?
では、企業内教育の世界において「ラーニング3.0」とは、どのようなラーニングなのであろうか?IBMの事例をご紹介する前に、まだよちよち歩きの段階ではあるが、欧米の教育者達が考えている「ラーニング3.0」について簡単に触れておきたいと思う。
「ラーニング3.0」のコンフェレンス(www.Learning3point0.com)主催者はキーワードとして次のようなラーニングをあげている。
  • 組織の業績向上に貢献できるモバイルラーニング
  • ゲームを応用したラーニング
  • ソーシャルメディアを知識の集積に活用したソーシャルラーニング
  • より実感性のある(Immersive)バーチャルラーニング
また、2012年9月28日にオーストリアで開かれたICLコンフェレンスで、基調講演を行ったイギリス プリモス大学教授のスチーブ・ウィーラー氏は、まず、それぞれのWebの特徴を下記のように簡潔に定義し、
  • Web 1.0は 情報をつなげるためのWeb
  • Web2.0は、人をつなげるための ソーシャル Web
  • Web3.0は、既存のデータを他のよりスマートな利用のためにあらためてつなげるWebで、知識をつなげるためのセマンティックWebあるいはインテリジェントWeb 
「Web3.0を使うことによって、学習者の分析、モバイルラーニング、ゲーミフィケーション(注1)とマルチプレーヤーのオンラインゲーム、アバターを使ったバーチャルラーニングが、効果的にやりやすくなり、よりパーソナル化した学習が可能になる」とラーニング3.0の特徴をまとめている。
注1:従来ゲームが存在していなかったところに、競争や報酬というゲーム感覚の思考とアプローチを応用することで、社員が主体的に参加し、やりたい、学びたいという気持ちになるようにする。問題解決がより速くできるようになったり、複雑な内容のことがより理解できるようになったりする、このようなことを目的としたゲーム要因の使い方のことで、ゲームそのもの、シミュレーションとは異なる。
 
IBMの企業事例:集合研修をアバターを使って受ける
では、実際にIBMではどのような「ラーニング3.0」を実施しているのであろうか?eラーニングコンサルタント クレイグ・ウェイス氏やグローバル・ダイナッミック社社長ニール・グッドマン氏をはじめとした欧米の教育専門家の間で、「2013年はアバターを使った研修がホットになる」と言われているが、IBMは、「IBM先端的学習センター」(IBM's Center for Advanced Learning)が主導で、早くからアバターを使ったセカンドライフの学習環境を提供している。
 
なぜ、研修にセカンドライフを使うようになったか?
これは、IBMの企業文化の変化と大きく関係している。創業100年の歴史を持つIBMはハードウェアのコンピュータ会社からサービス、ソフトウェア会社へと変身している。21世紀の初め、同社は将来性のない古い部門を売り払い、世界中で将来性のある会社を数多く買収するという思い切った行動をとった。この結果、全社員の半数は入社暦5年以内、社員の65%は米国以外の国に在住という新しい社員像ができあがった。この変身に伴って、企業文化も大きく変わり、約40万の社員のうち40%は通勤せずに仕事をしている(2011年8月ハーバードレビュー「IBM はHRゲームをいかに変えているか」Cathy N. Davidson著)というように、「きっちりしたスーツとネクタイで時間通りに勤務する」という昔の硬い社員イメージを完全に払拭してしまった。このように人もビジネスも大きく多様化し常に変化している状況の中で、IBMの人材開発部は、社員のモラル、生産性、忠誠心を維持するために、4つの大きな方向性を打ち出した。
  • 人種別、性別、民族別、性の好みに関係なく、すべての国において全社員に適切な福利厚生を保証する。同性のパートナーに対してもその福利厚生がうけられるようにする。(IBMは、人権保障キャンペーンで100%という高い評価を得ており、同様に国際女性労働グループからも高い評価を得ている)
  • 毎年、社員の40%以上から職場環境とその問題、及び社員が住んでいる地域の環境についてのアンケートをとってまとめる。地域のボランティア活動を推進し、賞与を出す
  • 役員だけでなく全社員は仕事の成果に応じたボーナスを受けることができる
  • 社内教育を重視し、社員一人につき約$1,700の投資を行い、対人能力、自己管理能力を含めた企業が必要としている新しいスキルが身につくようにする
また、同社は、先進的なことを実施する企業としての地位を維持することに力を入れており、新しい画期的な仕事のしかたを試行錯誤しながら導入しようとしている。例えば、グローバルなチームつくり、クラウドソーシング(分散されたグループの人達に仕事をアウトソーシングするプロセスで、オンラインでもオフラインでも行われる)、マスコラボレーション、エンデバーベースワークendeavor-based work (映画の製作スタッフのように、あるプロジェクトが特殊なスキル必要とした場合、企業は短期間そのスキルを持った社員を配属して行うような仕事)である。その結果、このような新しい仕事のしかたを実践するには、生産的なインタラクションとコラボレーションを研修する必要があり、それには従来とは違う革新的な方法が必要であると認識し、「IBM先端的学習センター」が誕生した。
カナダのバンクーバーにある「IBM先端的学習センター」のバーチャルラーニング戦略リーダーであるチャック・ハミルトン氏は、「セカンドライフは本当にビジネスに効果があるのか」と半信半疑でいる多くの教育担当者を尻目にし、導入当時自ら12カ国の社員と一緒にアバターとなって会議に参加したりしてセカンドライフを推進した一人である。ハミルトン氏はセカンドライフを使うことのメリットを「セカンドライフを使ってのビジネスミーティングは、お互いに慣れないバーチャル環境の中で自分のアバターを作っていく過程があり、仲間が文化、言語、仕事に対する考え方、政治制度の違いらを乗り越えて一緒にプロジェクトを仕上げていく上で効果的なアイスブレーカーになる。普通のフォーマルな会議の中ではなかなか達成できない高いインタラクションの質がある」と自らの体験を通して話している。
現在IBMのセカンドライフを使った学習環境の中では、チームミーティング、メンタリング、集合研修に参加できるようになっている。一番利用率の高いのは2007年に米国の社員を対象にスタートしたメンタリング・コミュニティで、現在は1時間の間に一人だけではなく複数のメンターと話せるようになっている。本稿でご紹介するセカンドライフを使っての集合研修は、まだ新しい試みである。この研修は、IBMリーダーシップ開発部、グローバル・デザインチーム のローラ・ソロモン氏 とシニアー・ラーニングテクノロジー のコンサルタントのエミー・グローブズ 氏が中心となって開発したもので、従来対面研修で行っていた「インクルーシブ・リーダーシップ」というダイバーシティー研修をセカンドライフ環境上で提供している。その紹介が2012年2月に、セカンドライフ上にあるTrain for Success island(http://tinyurl.com/27sbjqw 、Twitter: #T4S12)を使って行われた。これはセカンドライフのような3Dテクノロジーを使って行うような先端的ラーニングの事例を体験できる公開セッションの場で、今回のセッションには、企業内教育に携わるマネージャー、大学関係者等がアバターを使って世界中から参加していた。このときの模様はビデオ化され、Youtubeでも公開されている。(http://www.youtube.com/watch?v=H4lw8GBQfl4
以下、お二人の説明をもとに、IBMがいかにこのリーダーシッププログラムをセカンドライフ上で行っているのかをまとめてみた。
 
「インクルーシブ・リーダーシップ研修」をセカンドライフ用に開発することにした理由
  • IBMはグローバル会社であること
  • トラベルコストを削減したかったこと
  • 世界中で市場拡大を推進している中で、新しい地域のリーダー育成が必要であること
  • 3Dを使った研修でいいROIを出したかったこと
  • セカンドライフのことについて知っているカスタマーから「セカンドライフでどんなことをしているのか」という質問がよく出たこと
革新的な学習を常に模索している「IBM先端的学習センター」に所属し、かつリーダーシップ研修の開発に携わっているローラー・ソロモン氏にとって、導入前に、セカンドライフがどのような効果を出すことができるのかどうかを調べることは大事な課題であった。一旦導入が決まると世界中にいる約43万人(2011年12月現在)の従業員に提供するという大規模なバーチャルワールドクラスになるからである。そこで、同じ「インクルーシブ・リーダーシップ研修」を既存の3D学習環境で行った場合と、セカンドライフを使った場合とでどう違うのかを、参加者を対象に比較調査することにし、まずパイロットとしてスタートすることにした。その比較調査の結果、次のようにセカンドライフを好む社員が多いことがわかった。
  • 73%は、セカンドライフの方がソーシャルに仲間とよりつながっていると感じた
  • 80%は、異なった人達との体験をすることにより刺激を感じた
  • 67%は、世界中にいる異なった人たちと仕事をしていく上での、問題、課題についてより深く理解ができた
  • 47%は、セカンドライフの環境の中では、話しにくい内容のことでも、もっと安心して話し合うことができた
さらに、フォーカス・グループからの回答をまとめると次のようになっている。
  • 集合研修により近いと感じた
  • 普通の話し合いより身を入れて話し合うことができた
  • 同じ場所にいると感じると、よりオープンに共有しやすくなった
  • 誰かと話しているように感じた
  • 以前のものはメールでやりとりしたりし集中することが難しいと感じたが、セカンドライフは、クラスの内容に集中しやすかった
 
プロトタイプを実施した結果
「IBM先端的学習センター」側にとっても今後セカンドライフを推進する上での前向きな結果が出た。
  • 3D環境での学習効果を示す測定結果を出せた
  • すぐに導入できる3Dラーニングモジュールを確認できた
  • オリエンテーション、ツール、学習者用、ファシリテータ用電子マニュアル等既存の教材で再利用できるものがたくさんあることが確認できた
  • ブランデン・ホール・リサーチから「学習優秀賞」を受けた
 
では、実際に集合研修をセカンドライフで実施する研修とはどのようなものなのであろうか?従来の対面で行う「ダイバーシティー」の研修とどのように違うのであろうか?
次回から具体的に中身を紹介する。
 

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