第39回 上流から見たeラーニング 21 「北欧におけるインフォーマル/ソーシャルラーニング」 後編

2012/08/22

1.「若者に負けない73歳の起業家」
 
71歳で起業したワインビジネス
「クラスになんか行きませんでしたよ、今の時代はネットで何でも学べるんですからね」と、手を大きく動かしながら、イタリア語のアクセントのあるスウェーデン語と英語のチャンポンで、止まることなく話し続けているのは、2年前にワイン輸入ビジネスを始めたカルロさんである。前編でご紹介したローランドさんのビジネスパートナーであるが、筆者がカルロさんに興味を持ったのは、「インフォーマルラーニングの天才」だからである。この日は、カルロさんの手料理のワインテースティングのパーティーによばれたのであるが、キッチンには何種類ものグラスが壁いっぱいに収納されていて、あまりのグラスの数と種類に驚いて、「このようなビジネスをするにあたり、どのようなグラスを買うのか、どこで買うのかというようなことは、クラスに行って学んだのですか?」という筆者の問いに答えてくれていたのである。
 
昔の小麦製粉の倉庫だった建物を買い取って、地下をワインセラーにし、一階はキッチンとダイニング、二階はまだ改造中だが、ワインビジネスの同好会の会合の場にしたいと言って、時間があると自らがコツコツと手を入れている。一階の半分は、ワインテースティングのときにお料理をするために、古い建物の概観とは想像もできないような本格的な最新のキッチンを作っている。
 
ビジネス成功の鍵はカルロ風ソーシャルラーニング
カルロさんは、スウェーデンで最初のハンバーガーショップをオープンしたというストックホルムではちょっと名の知れたビジネスマンである。昔、アメリカに行った時に、マクドナルドで食べたハンバーガーの味に感激し、何とかスウェーデンでもオープンしたいと夢を抱いた。簡単にオープンできると思っていたが、それがとんでもない所で足止めを食わされた。当時、スウェーデンが国として定めているファーストフードのリストには、ミートボールはあってもハンバーガーは記載されていなかったのである。何度も交渉しにお役所に足を運んだが、役所は、「規制だから」の一点張りで首を縦に振らないのである。こんな馬鹿な理由であきらめるわけにはいかないといろいろと考えあぐんだ末出てきたのが、「ハンバーガーはミートボールをフラットにしただけの、フラットミートボール」論である。この論理を押し切って、頭の固いお役所から許可を取ったというエピソードは有名で、それ以来カルロさんは「変わり者の発想マン」として仲間内で呼ばれている。マクドナルドとは違う独自の経営路線を確立し、今はチェーン店をいくつか持つに至っている。その後もカルロさんの頭の中からは、次から次へと新しいアイデアが出、ハンバーガービジネス以外にもいくつかのビジネスをグローバルに起業している。その内の一つが71歳にしてスタートしたワインビジネスである。
 
「イタリア系移民で大学にも行っていないカルロさんが、スウェーデンという異国でここまで事業家として成功するにいたった秘訣は何だろう?」カルロさんには何回も会う機会があったが、最初の頃いつもとぼけたようなカルロさんの顔を見る度に筆者が感じた疑問であった。会う回数が増えてきて、だんだんとその答えが「カルロ風ソーシャルラーニング」にあることがわかってきた。

カルロ風ソーシャルラーニング:食は知恵を集める
テイスティングパーティーは、全員で5人という小人数であったが、カルロさんの上手な質問にのせられて、いかにすれば「ワインビジネス」が成功するかについて、それぞれの立場からアイデアを出し合った。ありあまるような知恵と経験一杯のローランドさんは、この時が出番とばかりに迸るようにイタリア、ドイツ、デンマークの話をし、筆者夫婦は、フランス、ポルトガル、日本における「プライベート・テイスティング」のビジネス事例を紹介した。話題は次から次へと尽きることがなかった。ただのおしゃべりではなく、ある程度の共通目的を持ったおしゃべりは楽しい。このように人は、自分の興味のある分野で、自分が役に立っていると感じるものには、出し惜しみはしないものである。ましてやここにおいしい食べものとワインが加われば、知恵は倍増する。カルロさんはどのような場で人は「実のある」話をするのか経験でわかっていて、「プライベート・テイスティング」の場を設定したのである。
 
カルロ風ソーシャルラーニング:盗んだアイデアを調理
カルロさんは、ワイン専門家らが集まるような、ある目的を持った会合に出て皆と話したり、アイデアを「盗んだり?(カルロさんいわく)」するのが大好きである。そこで得た情報はそのままうのみにするということは絶対にしない。自分なりに噛み砕いて、カルロ風にすべてを料理してしまう。ワインテイスティングのときに、ワインの種類に合わせて違うチーズとクラッカーを皿に盛り合わせてくれたが、これも、カルロ風アレンジで、決まったルールに沿ってやっているわけではない。自分の感性を最終的には基本にして、ワインの選択、メニュー、テーブルセッティングを行っていた。従って、情報の信頼性とかはあまり問題ではない。ある程度正確な情報を得れば、その情報の価値は自分で判断し、後は、どちらにしても自分の都合に合わせて、自分で追加したり変更したりしてしまうからである。

今日のメニューもすべてカルロさんが考え出したもので、すべて手作りである。試飲パーティーに出席しては、アイデアを盗んで自分のビジネスに適用しようとしている。わからないことや、もっと知りたいことがあった場合は、フェイスブックの仲間に教えてもらうという。また、イタリアの親戚やワイナリーのオーナーとはスカイプでしょっちゅう話している。決してテクノロジーに強いわけではないが、自分の夢実現に必要なものであれば、手を出すことはこばまない性格の持ち主である。
 
カルロ風ソーシャルラーニング:馬鹿になって訊く
イタリア大使館主催のイタリア祭がストックホルムであったが、そのパーティーに筆者達も招待され参加した。イタリア系ビジネスマン(そしてスポンサーの一人)として顔の広いカルロさんも当然そこに招待されており、小さい体でも物怖じせずイタリア大使と例の如く大きな手振りで歓談していた。カルロさんはどんどんと質問をする。自分を一見何もしらない「田舎者のおじさん」のように思わせる術に長けていて、おどけたような質問をし相手の反応をみながら、自分の知りたいことをちゃんと相手からとっている。イタリア大使と仲がいいのは、カルロさんのことを「馬鹿ではない」ことを大使が見抜いているからであろう。
 
また、テーブルに座ると、「ちょっと訊いてもいいですか?」と気さくな口調で知らない人に話しかけ、無口の人からでもいろんな話を聞き込んでしまう。「頭のいいビジネスマン」と思われたいとか、尊敬してもらいたいとかいうような思いはないので、格好をつける必要がない。質問をすることを恐れない「怖いもの知らずの学び方」がカルロ風ラーニングである。この学び方のおかげで、カルロさんのワインビジネスにおける知識は、どんどん深まり広がっている。
 
今年73歳だが、カルロさんの頭の中は常に夢の実現方法を考え出すことで忙しくフル回転している。「自分のやりたいことをするのに、自分の余命は短すぎる」と待つことを知らないカルロさんは、「今必要だから学ぶ」で、クラスをとって自分の必要のないことを学ぶような悠長な時間は自分にはないんだと言い切っている。

2.スマートフォンと高齢者のインフォーマルラーニング
 
スマートフォンで生き字引
ローランドさんは、リタイヤしたあと、自分のビジネスを2つ起業した。一つはシーメンスで働いていたときのスキルを生かして、コンピューター・プログラミングやオンラインコマースのサイトのデザインのサービス。カスタマーは小さなビジネスオーナーである近所の人たちや友人である。もう一つは、カルロさんとのイタリアワイン輸入業である。65歳とは言え、エンジニアであったローランドさんは若者以上に日常スマートフォンを使いこなしており、iPhoneは24時間どこでも使える便利なラーニングデバイスであり、モバイルオフィスである。
 
バイキングのイメージそのものの巨体の大きな手の中には常にiPhoneが納まっており、ビジネスの電話連絡、ワインの仕入れの状況把握、これから行く所の行き方、スウェーデンは天候が変わりやすいので、一日に何度も天気をチェック、近くのレストランの状況チェック、現在走行中の場所から一番近くて安いガソリンスタンドの場所、わからない言葉の意味のチェックと、常時大きな太い指が器用にiPhoneのスクリーンを動いている。もともと探究心が旺盛なので何かわからないことがあるとすぐにiPhoneで調べる習慣がつき、「生き字引」と周りから呼ばれている。
 
もっと優れた音声認識があれば
しかし、60歳以上でローランドさんのようにスマートフォンを使いこなしている人はITの進んだスウェーデンでもまだ数少ない。写真は、ローランドさんが、年上のブーさんに、どのように使っているかを説明している様子である。スマートフォンにはあまり関心のないブーさんも、ローランドさんの使い方をこの2週間見ていて、大分関心を示し始めていた。インターネット、コンピュータは使い慣れているブーさんが、スマートフォンになかなか飛びつけない理由は、「文字が小さくて見えない」、「スクリーンで大きくしても文字だけ大きくなっただけで、読みにくい」、「タッチスクリーンもタイプしにくい」であった。もっと優れた音声認識ができるようになったら買ってもいいというのがブーさんの意見であった。
 


バーチャルバトラー(執事)が必要
カルロさんは、イタリアワイナリーとの交渉は自分でしているので、買い付けたワインの記録をローランドさんに作ってもらったソフトウェアでやることになっている。しかし、「深くじっくりと学ぶ」というタイプでないカルロさんは、入力ミスだらけで、常時問題がおきている。そのたびに最近買ったばかりのiPhoneを使ってローランドさんは呼びつけられるので、ローランドさんは、「24時間バトラー」のようなものである。iPhoneも使い始めたばかりなので、わからないことばかりでフラストがたまると、即ローランドさんに電話である。一日のうちでローランドさんにかかってくる電話は平均20回以上で、さすが「プレッシャーを感じたことのないおっとりさん」で有名なローランドさんも、カルロさんには声を上げることがある。
 
電話がなるたびに、ローランドさんの代わりになるような、「バーチャルバトラー」のようなサービスがあれば、ローランドさんはどんなに助かるであろうかと思わずにはいられなかった。現在、質問に答えてくれる専門家のサービスとして、アメリカではコンピューター関連の"Just Answer"  http://www.justanswer.com 、"Call Experts" http://www.callexperts.com 等がある。カスタマーは質問数に応じて月契約で支払う仕組みになっている。コンピューター関係の質問であれば何でも即専門家が答えてくれ、カスタマーはその答えを評価することになっている。しかし、これらは、カルロさんが求めているような「バトラー(執事)」とはまだ程遠い。

質の高い情報にはお金を払う
スウェーデンの大手通信会社テリアを早期退職したラングヒルドさん(写真右)は、ローランドさんほど、スマートフォンは使わない。フェイスブックに入るのもまだ躊躇している。自分のことを知らない人にさらけ出すことに抵抗があるという。ラングヒルドさんは、「手軽な情報」に対して疑問を感じている。性格上、いい加減な情報を人に流したくないので、情報を得るときもかなり慎重である。わからない言葉の意味を調べたりするのに、グーグルは使わないで、スウェーデンの「国立電子辞書」サイトで調べる。信頼できる情報が得られるので、安心して使えるからである。
 
グーグルは検索エンジンとして世界中に広まっているが、同時に、あまりに多くの検索結果が出るので、スウェーデンでは、情報の信頼性について疑問を感じている人が多くいる。このような国民の声に対応し開設されたのが、「国立電子辞書」サイトである。ラングヒルドさんのように、良い質の情報を「速く」、効率的に得ることのできる「良質のサイト」にこだわる人にとって、「情報のブランド化」はありがたいビジネスの動きと捉えることは間違いないであろう。
 
鳥の声を聞き分ける
リズベスさんは、画廊に長い間勤務していたが、5年前に退職した。テクノロジーは事務機器として使ってはいただけで、退職した現在は、必要最低限しか使わない。ようやく、スカイプで南アメリカにいる姪達と話すことをやり始めたという。また、森と川の流れる敷地に住んでいる彼女は、自分の庭にやってくる野鳥に大変興味があり、鳴き声や姿から、何とか鳥の名前を知りたいと思っていた。クラスにいくのは、おっくうなので、そのままにしていたところ、「野鳥」の電子ブックが今年ベストセラーになっていることを知っていたラングヒルドさんが、プレゼントとして贈呈した。

この電子ブックは、音の出る絵本を大人用にしたようなものであるが、こんなものがあることさえ知らなかったリズベスさんは、使い方をローランドさんに簡単に教えてもらったその日から、時間があるとこの本をもって、庭に出て訪れてくる鳥の正体を確かめていた。リズベスさんのようにスマートフォンやiPadに馴染めないが、「野鳥ファン」が多い高齢層を対象に出した簡素な電子ブックであるが、手軽さと使いやすさが売れてベストセラーとなったそうである。
 

米国のiPhoneには、鳴き声が聞ける「野鳥」のアプリケーションがあるので、スウェーデン向けにiPhoneのアプリケーションの一つとなる日も遠くないとは思うが、リズベスさんは果たして使うであろうか。iPhone4Siriでは、どうであろうか?

iPhone4 Siriは高齢者の見方?
今までのスマートフォンは若者向けと背を向けていた高齢者が、「オヤッ」と振り返り始めたのがiPhone4Siriの登場である。アメリカでは、2011年の暮れより、ほとんどの電話会社が、契約更新を条件にiPhone4Siriへのアップグレードサービスを提供しはじめた。筆者も含めて、「自然言語」での音声認識が可能になり、待ってましたとばかりにスマートフォンを使い始めた高齢者人口が増えつつある。マイクを使うと「女性のアシスタント」が応対してくれ、メール、通知、メモ、カレンダー、メッセージ、すべて口頭で伝えたり、聞いたりすることができる。場所、会話の内容によって、まだ認識が弱いこともあるが、びっくりするくらいに聞き取り力がある。特に筆者のように日本語アクセントのある英語は、どうなのかと危惧していたが、多様なアクセントのある英語に対応できるようになっているので、かなり聞き取ってしまうのである。これであれば、ローランドさんはもちろんであるが、ブーさん、カルロさん、ラングヒルドさんも買いたい気持ちになるのではと思わずにはいられなかった。 
 
団塊層、高齢層の多くは、まだ昔の学び方から脱却できていないので「人に訊く方が早い」を優先する世代である。グーグルによって「情報は無料」が定着したが、グーグルの検索機能を使いこなせないと、高い質の情報は得にくい。グーグルの検索のしかたをいろいろと学ぶには時間とエネルギーがいる。自分専用の「情報探しバトラー」、ホテルの「コンシエージ」のようなサービスを求めているのである。団塊層は、お金を払ってでも、この特別サービスの方を選ぶ。スマートフォン用のアプリケーションはどんどん増えているが、まだ若者をターゲットにしたものが多い。しかし、忘れてはならないのは、「野鳥」の名前を知りたいというリズベスさんのように自ら学びたいと思う団塊層、高齢層は増える一方だということである。こう考えると、団塊層を狙った市場は大きい。眼鏡を探さなくても口頭で指示をして電話、インターネット、コンピュータ使えるようになったiPhone4Siriは、高齢層の大きな味方である。このまま音声認識のテクノロジーが進んでいくと、カルロさんが求めているような「執事」が登場するのもそう遠くないような気がする。
 
3.インフォーマルラーニングと社会インフラ
「知りたいと思ったら、今すぐ知りたい」は、スマートフォンやワイヤレスというITの発達とともに、益々可能となり社会インフラにも定着しつつある。若者だけではなく、一般人のマインドセットにもいつのまにか当たり前の要求になりつつある。北欧では、このようなデマンドに対応すべく、さまざまな工夫がされていた。


自分のペースで学ぶ
例えば、デンマークのコペンハーゲンの北部にある有名な城の庭園巡りは、要所要所に電話番号がかかれている標識があり、つなぐとGPSとつながっているので、自分の歩いているところの案内をしてくれる。また、コペンハーゲンの美術館、博物館は、ワイヤレスの場がたくさんあり、館内案内と同時に、今見て聞いた知識をもっと深めたい人たちは、さっそくインターネットで調べていた。ガイド無しに自分のペースで回りたい人たちには大変便利である。



同様のことが、バルカン諸国の一つエストニアでもみかけられた。町の中を川が流れているのだが、この川沿いが全部公園になっていて、美しい庭園が続いている。この庭園案内についても橋のたもと等の要所に電話番号が書かれた標識がある。
 





益々賢くなるコンシューマー
スウェーデンの大手スーパーICAでは、自動勘定システムを導入している。
 
まず、スーパーの入り口で勘定デバイス(写真左)を取る。デバイスに自分のクレジットカードかデビットカードを読み込ませる。買いたい野菜、今の場合はマッシュルームを電子秤(写真中央)におき、備え付けのスクリーンの絵の中からマッシュルームをさがす。探し方は、アルファベット順、文字入力、野菜の種類別とあり、自分のやり易い方法でする。マッシュルームの絵をクリックすると、自動的に支払い額を表示した紙(写真右)が出てくるので、そこにあるバーコードを勘定デバイスで読み取る。すべての買い物が終わったら、出口でデバイスを係りの人に返す。
 
このように、日常の生活の中にあるITを利用したインフォーマルラーニングは、いたるところで花を咲かせつつある。ITを使ったインフォーマルラーニングのおかげで「コンシューマー」が益々スマートになっていると感心しているのは筆者だけであろうか?
 

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