第38回 上流から見たeラーニング 20 「北欧におけるインフォーマル/ソーシャルラーニング」 中編

2012/06/22

1.国がインフォーマルラーニングで起業家を育成する
 
「SV」www.sv.se (Studie for bundet Vuxenskolan)
スウェーデンには、フォーマルラーニングではなく、インフォーマルなラーニングを通して起業することを推進する「SV」とよばれる国立教育機関がある。このような教育機関の存在は、スウェーデンがグローバル経済競争率で世界3位に入っていることと強く関係しているように思われる。この「SV」で「スタディー・サークル」と言う学習グループのリーダー養成の講師であるヴェロニカ・クルッコさん(写真左端)にこのような組織の必要性話と、なぜインフォーマルラーニングとあえて特徴づけているのかについて話をしてもらった。
 




組織の必要性
SVの歴史は意外に古く、生涯学習を推進する国の機関として1912年に設立された。「学びたいと思う人が学びたいことを学べる場」、「フォーマルではない社会人教育機関」を特徴とし、普通の学校とは違うことを強調している。SVは「参加者(学生)が自分のやりたいことを達成する」ことを大きな目的とし、学生がビジネスとしてスタートするまでを支援している。3ヶ月から6ヶ月の期間であるが、卒業生が、起業家として巣立つ成功率が高い。その理由は、SVでなければアクセスができないような団体や会社とネットワークを持っており、普通はなかなかコンタクトのできない人達と接触することができるからである。
 
「ダイバーシティの尊重」は、SVのミッションの中でも特に強調されているものである。それは、スウェーデンの移民の事情と関係している。例えば、ヴェロニカさんの夫のサミーさんは、38歳で、フィンランドから中学生のころに移民してきた。後編でご紹介するカルロさんもイタリアからの移民で、スウェーデンには案外移民が多い。すでにご紹介したラングヒルドさんの父親はイタリアからの移民で、リザベスさんの従妹の夫はコロンビアからの移民である。歴史的には、北部では森林業の関係で隣国のノルウェー人、フィンランド人、南部ではこの20年の間に短期労働者であったトルコ人が住み着いてトルコ系が増えている。特に南部はグローバル化の影響で、世界中からの移民が増えている。これだけ移民が多い国でありながら、スウェーデンでは人種差別が社会問題として歴史的に浮上してこなかったのは、SVのような国の教育機関を通して国が政策的な努力を行ってきているからである。ちなみに、SVの学生は、学費が無料である。スウェーデンの政党がすべて「このような生涯学習はスウェーデンの社会にとって重要である」ことを支持しており、政府からの全面的な財政的支援を受けているからである。スウェーデンの高い税金がこのように使われていることには、一般市民も納得しているという。
 
なぜインフォーマルラーニング
SVは、「いろんな人達が会えるようなクリエイティブな学びの場の提供」を一つのミッションとしている。それは、いろんな仲間と学びあうことが大事であることは分かっていても、社会人となると、現実いろんな文化やバックグラウンドの違う人たちが同じ所で一緒に会うことはなかなか難しいからである。さらに、従来のフォーマルラーニングではこのミッションを達成することが難しいことに気づいたSVは、「成功につなげるインフォーマルラーニングの二つのしくみ」を取り入れた。
 
その一つは、「スタディーサークル」と呼ばれる学習グループである。例えば、ある人が、自分のやりたいことがありそれに強いパッションを持っているとする。しかしどこからはじめたらいいのかわからないので、SVの門をたたいたとする。インタビューの結果、SVの学生としてふさわしいと判断し、その人を学生として受け入れることになると、その学生は、まず、自分と同じような強い思いを持っている仲間を集めてグループを作らなければならない。自分で仲間を集められない場合は、強いネットワーク力を使ってSVがその手伝いをし、「スタディー・サークル」を作る。うまくできあがった「スタディーサークル」は、自分の興味や関心を中心にした学びを共有しあいながら、お互いにより学びたいと思う気持ちが強くなるグループとして成長し、ビジネスをスタートできるまでになって巣立っていくという。
 
もう一つは、「サークルリーダー」というファシリテーターの存在である。「サークルリーダー養成コース」の講師であるヴェロニカさんは、リーダーの役割について「学生が自分の成長と達成感が感じられるようになるにはどのようにすればいいのかを和やかな雰囲気の中で楽しく学ぶことができるようにするのがリーダーの大きな役割である。サークルリーダーは、まずサークルを構成し、学生が活動しやすいように準備をするだけでなく、新しい世界に目を向けてくれ、インスピレーションの源のような人である。サークルリーダーは、自分自身その課題に関心があり、それについてある程度の知識があり、それについて自らもさらに学びたいと思っている人で、この仕事にパッションを持っている人である」と熱心に語ってくれた。「スタディーサークル」がうまく機能しているのはヴェロニカさんのような優秀でやる気のある「サークルリーダー」を育成するしくみがあるからである。

インフォーマルでオープンな職場とそれを支える国
ヴェロニカさんは「こんなにやりがいのある仕事につけて本当に幸せ」といかにも嬉しそうに自分の仕事について話してくれた。その理由の一つとして、SVは、インフォーマルな学習を特徴としているだけあって、組織そのものもインフォーマルでオープンだからである。ヴェロニカさんをはじめとしてスウェーデンの若年層は、フォーマルで縦割りの関係を嫌う。国の組織はとかくお役所文化が抜けきれないところが多いが、SVでは、職員も学生もフェースブックを利用しており、人間関係もオープンである。ヴェロニカさんは、2人目の子供を1年前に生み、現在育児休暇中であるが、今も職場の人たちとは、毎日のようにフェースブックで連絡を取り合っているという。ちなみに、スウェーデンでは、子供ができると、母親は1年半の有給休暇がとれるだけでなく、父親の給与は今までの1.5倍になるそうで、安心して子育てができるような仕組みになっている。勿論、それだけの税金を払っているわけであるが、贅沢さえしなければ、毎日の生活に悩む必要がなく、安心して生活できる国がスウェーデンである。
 
2.フェースブック無しには生きていけない若者たち
 
自分で切り開く女優の道
マヤさんは、17歳で女優志願である。フェースブックで、自分の好きな俳優、ジェームズ・フランコを追ったり、ヨーロッパにおけるシェークスピア・フェスティバルに参加する方法を調べたり、イタリアで行われる俳優になるためのワークショップにいかに安く参加できるかということを、調べる。マヤさんの頭の中には、自分の夢を実現するのに今、自分は何をすべきかの青写真がちゃんとできあがっている。インターネットのおかげで、世界中の情報が手に入るので、フェースブックらをうまく利用するやり方さえわかっていれば、学校に頼る必要はない。すでに、15歳のときに、ジュニアーのフィルムショーに応募したところ当選し、テレビやYouTubeで流されたという経験があり、自分の将来に対してとても積極的である。話をしているときも、目を輝かせていて、まさに「将来はバラ色」という感じである。「自分の学びと自分の人生には自分で責任をもつ」ということを何の疑問もなく実行している若者である。
 



電話で「話さない」若者たち
イヨハン・エクベルグさんとサラ・スターンさんは恋人同士である。
 
サラさんは、ストックホルムの教育心理学部の学生で、将来はイヨハンさんのような幼稚園の教師になりたいと願っている。スマートフォンは自分の体の一部のようなもので、学校でも、学校以外のときでも常に使っている。友人同士の連絡やおしゃべりも、すべてフェースブック内でやってしまうので、「話す」ということが本当に少なくなったという。友達とどこかで待ち合わせをするのも、電話ではなく、フェースブックの中に時間と場所を入れる。だから、常にチェックしていないと、誰とどこでいつ会うのかわからずじまいで終わってしまうこともある。わからないこと、調べものも、グーグルではなく、フェースブックの中でやってしまうという。特に、親から仕送りしてもらっている身分の女子学生にとってお買い得買い物情報は、貴重である。サラさんの友人も全員同じような使い方をしている。フェースブックのコミュニティーに入っていないと仲間の情報が入ってこないので、知らない間に「浦島太郎」になってしまう。サラさんの仲間の間では、1日スマートフォンを使わないと完全な「浦島太郎」になるので、5分刻みで情報チェックをしている。長くても30分である。だから、スマートフォンが故障したり、なくなったりするのが、一番怖いという。
 
イヨハンさんは、サラさんより10歳年上なので、サラさんほどフェースブック依存症には陥っていないが、電話で話すというのは本当に激変したという。ストックホルムの郊外にある幼稚園の先生で、子供が好きで人当たりがいいので、子供達だけではなく保護者や同僚にも人気がある。男性では珍しいということも影響しているかもわからないが、組織内でも将来を期待されていて、マネージャーへの昇進コースをオンラインで取っている。本人はマネージャーになることにまだ躊躇しているが、オンラインで他の仲間と共有しながら学びあうことは楽しんでいるという。
 
次回は、スマートフォンに視線をあてて、北欧のインフォ-マル/ソーシャルラーニングをご紹介する。
 

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