第37回 上流から見たeラーニング 19 「北欧におけるインフォーマル/ソーシャルラーニング」 前編

2012/04/23

北欧は、高い税金、高度な社会福祉、高度なITインフラ、高度な教育レベルで、ヨーロッパの中でも高い経済競争力を維持してきていた。しかし、近年、顕著な中国のビジネス進出、東ヨーロッパ、トルコからの労働者の増加でグローバル化が大きく進み、今まで自負していた北欧のプライドが少しずつではあるが根底から揺らぎつつある。このような情勢下で、一般市民は日常どのような学びを必要とし、またどのような学び方を求めているのだろうか。今回は、スウェーデンを中心に北欧の一般庶民のレベルから見たインフォ-マル/ソーシャルラーニングを様々な角度からレポートして見た。
 
1.「魔女の山」に導いたソーシャルラーニング
ここは、スウェーデン北部の山上にある「魔女の死刑場」http://www.algonet.se/~hogman/witch%20trial.htmである。車では行けないので、かなりの距離を歩いて登って行かなければ辿りつけない場所である。途中、「魔女の山」と書かれた木の標識を頼りに、細い山道をどんどんと登っていくと、ようやく大きな岩がゴツゴツとある目的地に到着する。周りを見回しても、山また山で、人の住んでいる気配は全くなく、村らしきものは見当たらない。
 
ここで、中世の時代に魔女として殺された女性達は、どんなに大声を出しても、誰にも聞こえないまま死んでいったのだろうなと思うと、谷間からその叫び声が聞こえてきそうで、何となく早くここを去りたい思いが強くなった。なぜ、筆者がスウェーデン北部のこのような不気味な山奥にまで足を運ぶことになったのか?以下、「家系図プロジェクト」を通してスウェーデンで経験したソーシャルラーニングをご紹介しながらご説明したい。


北欧家系図プロジェクトの発足にいたるまで
今回の家系図作成プロジェクトのメンバーは、夫の遠い親戚達で、首都ストックホルムの郊外に住むローランドさんとラングヒルさん夫婦、スウェーデンの北部ハーノサンド在住のブーさんとその妹リズベスさん、そして筆者夫婦という熟年組(最近の高年者は、健康で元気な人が多いので、年寄りのマイナスイメージが強い「シニアー」という言葉は避けて「熟年者」と言い直すことが多くなった)である。大学教授で現役のブーさん以外は全員リタイヤ族である。
 
そもそもこのプロジェクトは、自分達のルーツを明確にするために、ここにいるメンバー達の親が始めたもので、時間ができた子供達がそれを受け継いで「自分達が生きている間に子孫のために」という思いで取り組んでいるわけである。それぞれ、家系図プロジェクト用ソフトウェア「ファミリーツリーメーカー」http://www.familytreemaker.com を使ってはいたが、個々での作業に終わっており、オンライン上での共同作業まではやっていなかった。今回は、今後大陸を越えたオンライン上の共同作業を継続していくための話し合いも含めて、先祖とゆかりのある地と人達を2週間ぐらいで訪れることになったのである。一旦、共通目的が参加者全員が納得の行く形で共有されると、2週間の行程は大学教授で「家系図」史料を一番多く持っているブーさんによって隙間なく埋められてしまった。このようにしてスウェーデン北部を中心とした「家系図プロジェクト」はブーさんをプロジェクトリーダーとして活動を開始したのである。


ソーシャルラーニングの醍醐味

ブーさんをリーダーとして、先祖の住んでいた土地や、教会にある墓地の墓石巡り(写真左)をした。墓地で何をするのかと思っていると、アメリカからもってきた資料と、スウェーデンの親戚の集めた資料をつき合わせながら、墓石の名前の照合をし始めたのである。暑い日ざしの中、汗を流しながら墓石の前でひざまづいて、一生懸命に名前照合をしている4人の姿を見ながら、「モーチベーション」があると、人は何歳になってもここまで「学ぼう」という気持ちになるのだなあと強く思った。墓石の前で、ソーシャルラーニングの醍醐味に触れた感じがした。


 
お互いに情報を持ち寄ったおかげで、この近くに親戚の住んでいることがわかり、連絡すると何人かに会うこともできた。「スウェーデン麻の機織の名人」としてスウェーデンの人間国宝になっているクリスティーさん(グループ写真の右端)もその一人である。
 
 
 
 
 
 

「えっ、祖先に魔女がいたの?」
この2週間の間に何度も新しい発見があったが、やはりハイライトは、自分達の祖先に魔女がいたことである。史料調査のために、ブーさんの案内で、何度も足を運んだのがスウェーデン国立史料館「アーカイブ」である。ピーターソン家の家系図を調べているうちに、魔女として殺害された女性が一人いることが判明した。ピーターソン家は、夫の母方の家系にあたり、史料館のスタッフが手伝ってくれたおかげで、思いもかけない事実が出てきたわけである。全員が興奮し、普段は、あまり感情を顔に出さない大学教授のブーさんもつい、大声が出ていた。さっそく翌日は、中世に魔女裁判と魔女殺害が行われた現場に向かうことになった。これが、冒頭でご紹介した「魔女の死刑場」にまで足を運ぶことになったいきさつである。





明るい雰囲気の「アーカイブ」
「アーカイブ」はスウェーデンには、6ヶ所あり、人と土地の歴史的史料を保存している。スウェーデンだけではなく北欧は19世紀の後半にアメリカに移民した人達が多い。当時の自然の厳しさは筆者の想像を絶するもので、寒さと飢餓で苦しい生活の末「生き残る」ために渡米した農民が多かったようである。筆者が訪ねたスウェーデン国立史料館「アーカイブ」には、何枚もその当時の写真が展示されていた。このような歴史背景にあり、アメリカ人だけではなく、北欧の人達の間でも家系図プロジェクトに関心をもっている人達は多い。人の歴史についての史料は70年以上たったものだけが公開されており、70年経っていないものは、本人しか見られないようになっている。
 
この「アーカイブ」の雰囲気は、建物自体が明るい色調でとてもオープンである。スタッフの人達は気さくで、硬いイメージはない。スタッフの一人ビヨン(Bjorn Thunberg)さんは、ぞろぞろと入ってきた熟年グループに最初、戸惑っていたが、事情を話すと、アメリカと南のストックホルムからわざわざ来てくれたということで、大歓迎をしてくれた。
  
ビヨンさんは、まず、館内の施設の案内、コンピューターでの史料の調べ方、オリジナル史料の読み取り機械の使い方等をまさに手取り足取りで懇切丁寧に教えてくれた。もともとコンピュータのプログラマーであったビヨンさんの仕事は、史料を調べやすいプログラムを作成することであるが、同時に、訪問者に調べ方をわかりやすく説明してあげることも仕事である。
 
 
硬い雰囲気がないので、どんな質問をするのも気楽であることは、筆者達が何度もこの「アーカイブ」に行くことができた大きな理由のように思う。硬い雰囲気は「前向きの学び」を阻害するが、オープンでフレンドリーな雰囲気は「前向きの学び」を促進する。「アーカイブ」の利用者は筆者達のような「熟練組」がほとんどのようであるが、学生の利用も結構多いという。

史料の電子化
現在「アーカイブ」には、「電子化専門ルーム」があり、史料の電子化を急速に進めている。電子化を担当しているのは、ストックホルムに本社のある「アーカイブ・デジタル社」の社員で、マルカス・リンドストルムさんとアナ・フルッソンさんが交代で勤務している。この会社はストックホルム以外の都市にもいくつかオフィスを持っており、古い資料の電子化のデマンドが高いという。


 

オリジナルの史料は手書きなので、大変読みにくいものがある。電子化することによって、大きくしたりして読みやすくなるものが多い。「電子化してくれたおかげで、友人や親戚関係からではわからなかった情報を手に入れることができるようになった」と電子化に感謝しているのは、大学教授のブーさんである。というのは、ブーさんにとって「家系図プロジェクト」は、熟年期に入ってからの趣味として始めたことではなく、すでに子供の頃からやっていたことで、当時、このプロジェクトを手がけていた父親に連れられて、元自分の祖父母が住んでいた家の跡、家族の記録を担当していた教会を訪ねたり、親戚に昔のことを尋ね歩いていたという。
 


スタッフの助け
このように史料が電子化されることのメリットは大きいが、データがただ電子化されるだけでは、「祖先に魔女がいた」というようなびっくりするような発見にはつながりにくい。我々「熟練組み」だけのデータの見方では、恐らく、知らぬままで終わっていたであろう。長年このプロジェクトに取り組んできたブーさんは、「ビヨンさんが一緒に検索をしてくれたので、自分の今まで知らなかった検索のしかた、情報の理解のしかたを学んだ」と、専門家と一緒に学ぶ重要性を話していた。
 



ローランドさんは、自分の曾曾祖母の兄弟を探したくて、自分でサイトを検索していたが、そのやり方がわからなくて、ビヨンさんの助けを借りた。また、せっかく自分の知りたい内容のあるサイトに行っても、オリジナル史料がスキャナーされたものなので、手書きで読みにくい。昔の書き方になじみのあるビヨンさんがいなければ、せっかく探している史料がみつかっても読めないで終わっていたのである。現在、オリジナル史料をテキスト化したものもあるが、テキスト化する過程でヒューマンエラーが起こるので、どこまでテキスト化すべきかが論議されている。
 



次のステップ
最後の日は、2週間の調査でわかったことを皆でもう一度確認しあい、それぞれが、持ち寄った資料と照合しあい、必要な所を更新し、お互いに次にどのようなことをするのかを話し合った。この2週間のおかげで、筆者の夫はアメリカを発つ前に両親から預かった資料は大きく更新できた。ブーさんも、「アーカイブ」で新しく得た情報とローランドさんや筆者の夫から得た情報を追加し、自分の父親から引き継いだ家系図は更に大きくなった。
 
ストックホルムに戻ってから、ローランドさん夫婦がパーティーをしてくれた。プロジェクトを通して判明した親戚も含めて、40人以上の人達が集まってくれた。皆に今回の成果を共有すると今まで知らなかった家族、親戚のことが歴史的にもよく理解でき、「楽しい歴史」を学ぶようだと喜んでいた。今後は、家系図プロジェクトソフトウェア「ファミリーツリーメーカー」http://www.familytreemaker.com を使って、オンライン上で共同作業をすることになっている。ちなみに、この会社は本稿でご紹介したスウェーデンの史料館「アーカイブ」のオンライン版のようなサービスを行っている「アンシストリー」http://www.ancestry.com/とパートーナーを組んでいるので、ブーさんも今後は「アーカイブ」に何度も足を運ぶ必要はなくなるかもしれない。しかし、今回、親戚及び、上記の史料館のスタッフ等とさまざまな人々に会ったが、このような人々との触れ合いなく、オンラインだけでは「魔女の山」にたどり着くことも、40人近い親戚友人と温かい親交を結ぶことも実現しなかったであろう。
 
人と人が顔を合わせて何かを作りあげる力はまだテクノロジーを超えている。ソーシャルラーニングの凄さを思い知らされた2週間であった。
 
ここまでしてなぜ学びたいのか
「家系図プロジェクト」は、2週間という時間、その間の宿泊費、移動費、食費、早朝から毎晩10時過ぎまでの活動というように、大変な時間と労力と経費がかかっている。熟年層にとって、ここまで自腹を切って学びたいと思うモチベーションは何か?
 
このプロジェクトに一番のめりこんでいるブーさんにとっては、自分の知らない過去についての「謎とき」のようなもので、面白くてしかたがない。だから、何時間かけて調べても、遠くに出かけて行っても苦にならない。父親から受け継いだという使命感も大きいのかもしれない。ともかく、苦にならないのである。ローランドさんとラングヒルドさん夫婦のモチベーションは、今まで会ったことのない親戚に会うこと、自分の祖先のことをより知ること、このプロジェクトを通してスウェーデンの北部を旅行できることである。筆者夫婦は、親戚に会うこと、自分の祖先と関連のある場所を旅行すること、祖先の記録を更新することで、自分達の子孫へ貢献できることがあげられる。理由はそれぞれ違っても、共通しているのは、自分が関心のあることについての学びに対しては多少の犠牲も苦にならないということであろう。ソーシャルラーニングの強さは、モチベーションを基本にして成立していることにあることを改めて確信した。
 
次回は、インフォーマルなラーニングを通して起業することを推進する「SV」とよばれる国立教育機関を紹介する。


 

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