第35回 上流から見たeラーニング 17 「資産管理とインフォーマル・ラーニング」 (前編)

2011/11/09

2011年8月8日の週は投資家にとって「わーっ、また?」の連続であった。1週間の間に、株価がまるでローラーコースターのように急激に降下したり上昇したりしたのは、戦後初めてだという。投資のプロでさえも、お手上げの表情で「全く明日の見通しがつかない」と嘆いていた。ましてや、アマチュアの投資家はパニック状態になり「売り」に走ったり、コンピュータが自動的に「買い」のサインを出したりで、人の感情心理とコンピュータのロジックが同時に走っている毎日であった。企業の業績とは関係ない株価の動きであった。
 
このような状況の中で、一番影響を受けるのは、退職後の資産として現職時代にせっせと401Kに投資した団塊世代、ベービーブーマー達である。この1週間、何百万ドルという資産を自分の決断で動かした人達は少なくない。プロの証券会社のブローカーはすべてのクライアントにいちいちアドバイスを与えるほどの時間はなかった。あっという間のできごとだったからである。従って、2百万ドル以上の株を持っていないクライアントはこの間、極端な言い方をすれば放りっぱなしにされ、「売るかどうか、売ったら何に再投資すればいいのか」、自分の判断にまかされてしまうわけである。
 
2008年のリーマンショックのときにほとんどのベービーブーマー達の資産は3分の2になり、今年の7月にようやくもどり始めたかなと思っていた矢先の出来事であった。このような変化の激しいグローバル経済はプロ、アマチュア関係なく、リスク管理を含めて「今までの資産管理のしかた」そのものについて大きな疑問を投げかけたようである。
 
そこで、今回は「資産管理」にスポットライトをあてて、前編ではアメリカの団塊世代がどのように「資産管理」をしているのか、そこにはどのようなインフォーマルラーニングが存在しているのかをさぐってみた。さらに、後編では、インフォーマルラーニングをフルに活用しているオンライン投資会社のビジネスモデルと、これからの教育会社のビジネスチャンスをご紹介する。
 
"I am excited about LEARNING"   

アメリカは、ベービーブーマーと呼ばれる団塊世代がどんどんと「リタイヤ組」に入っており、株を主とした401Kと呼ばれる退職後の個人資産を自分で管理する人が増えている。オンライン投資は、リタイヤ組人口の増加とともに急激に増えている。大手の金融機関のプロに自分の資産をすべて一任してしまう人もいるが、少なくとも一部は自己管理したいという人が多い。また、男性の間では、完全リタイヤ生活をするのではなく、資産管理を自分の「仕事」兼「趣味」としてやりたいという理由でオンライン投資に毎日時間をかけている人達も少なくない。
 
「学びが楽しくてしょうがないの!」と興奮して話してくれたのは、団塊世代の一人、今年73歳になるキャロル・アンドリュースさんである。キャロルさんは、毎月投資家クラブの会合に参加し、グループ投資をしている。このグループ投資を通して、今までとは違う「学び」を経験しているという。どこがどう違うから楽しいのであろうか?「楽しい学び」についてキャロルさんにいろいろと話を伺った。
 


投資クラブ
投資クラブは、友人、家族、仕事仲間らが集まってスタートするが、その中でも特に女性の間で人気があるという。なぜ、このようなクラブを結成するかには、いろんな理由が考えられるが、ある家族は自分の子供と一緒に投資をすることによって、子供が「貯蓄」について学べるからという。また、ある人は、友人と一緒にする方が、よりよい意思決定ができ、投資につきもののストレスを減らし、集中しやすいという。アメリカの高校、大学では、このような投資クラブを作り、数学、経済、ビジネス、社会の授業の一環として利用している。
 
キャロルさんが所属している「チャグリン投資家クラブ」は、アメリカの中西部オハイオ州のクリーブランド市にある。キャロルさんは、たまたま、ローターリークラブのメンバーだったので、その仲間から紹介されて今の投資クラブに入会した。このクラブは、全員で21人で、60歳以上がほとんどだが、4分の1は30歳から37歳の若い人たちである。実は、キャロルさんにとって「投資クラブ」は初めての経験ではなく、20年前、女性だけの投資クラブに所属していたが、途中で辞めてしまった。その理由として、「決定事項がない」、「話し合うだけ」、「買った株価が下がると怒り、その株を提案した人を許さない」ということをあげている。今のクラブでは、毎月の参加者は平均すると16人で、午後7時半から10時半までの会合時間の間に、必ずいくつか決定事項があり、女性クラブとは全く違うという。キャロルさんは「この決定事項の出し方」が気に入っているのである。どのように決定事項が出てくるのかをさらに説明してもらった。
 
世代をクロスした学び
まず、クラブの保有しているポートフォリオの株について各株1分か1分半ぐらいのプレゼンテーションがある。次は、オープン・ディスカッションで、とくにアジェンダを決めているわけではなく、誰か推薦したい株があれば、それについて15分ぐらいのプレゼンテーションをする。プレゼンテーションはやりたい人がやるというのが原則で強制ではない。
 
プレゼンテーションの後、1時間から1時間半ぐらいその株について皆で話し合いをする。キャロルさんは、この1時間から1時間半がとても貴重な学びの時間だという。いろんな視点からの意見がでてくるからである。特に、若い世代のメンバー達は、シニア世代とは全く違う視点から話をするので、キャロルさんにとっては、「目からうろこ」のトピックが飛び出してくる。
 
例えば、"Open Table" http://www.opentable.comは、グループが購入した株の一つであるが、購入した当時からうなぎのぼりで、全員がかなりの利益を得た株の一つである。この株は、ユーザーが求めているおいしいレストランを探してくれ、その予約をするというオンラインサイトの会社で、IPOをしたときに、若い世代の一人がプレゼンテーションで提案してくれたものである。キャロルさんや他のシニア世代からは、思いつきもしなかった株である。シニア世代のメンバー達は現役時代に役員経験者が多くビジネス知識は豊富であるが、新しいIT知識には疎い。クラウドコンピューティングについては、1年半ぐらい前に若い世代のメンバーから教えてもらったのがきっかけで、皆で学びあって今はかなりの知識がある。このようなリスキーな新しい株については、若い世代の知識がかなり貢献している。ちなみに"Open Table"の株は5月に降下し始めたときにクラブで話し合ってすでに売却している。
 
クラブで購入し利益を出した株の一つ"Caterpillar" http://www.cat.comは、シニア世代メンバーの一人が提案したものである。昔の仕事の関係でこの会社についてはよく知っており、中国進出のニュースが流れたときに、グローバル化がこの会社にとってプラスになると判断し、提案してくれたおかげである。このように、若い世代とシニア世代の知恵を出し合って決定をしていく過程は、キャロルさんにとっては今までなかったラーニングのやり方で、これが「ラーニングが楽しくてしかたがない」と感じる理由の一つである。
 
平等で民主的に決める
メンバーによるプレゼンテーションと話し合いが終わると、どの株をグループとして買うかを皆で投票して決める。また、買った株は、「どのようにして売るか」も、皆で話し合ってから投票で決める。決めた結果としての「売買」は、キャロルさんの担当で、シュワーブwww.schwab.comのオンラインサイトで取引している。キャロルさんは、「シュワーブを使うことをBoysに推薦したのは私なのよ」と21人グループの中で紅一点である自分が提案したことが受け入れられたことをとても嬉しそうに話していた。
 
中西部は西海岸より保守的でどちらかというと男性社会がまだものをいう地域である。キャロルさん自身、女性であることで差別を受けてきた経験者である。このクラブの中にいると、女性男性、年齢、職業も関係なく、メンバーの一員として平等に付き合える。クラブの共通目的に向かって自分も貢献していると感じられる。クラブの取引株は、全員で決めたことなので、女性投資家グループのように、株が下がったからと言って、その株を推薦した人を怒ったりということはない。
 
投資クラブにとって、メンバーがWall Streetを相手に最前線で戦っている投資のプロであるか、小さな預金通帳を使っている主婦であるかは、大事なことではない。大事なのは、知恵と情報を集めることで、このことが、自分たちのポートフォリオのパワーになることである。多くの人たちが、キャロルさんと同じように、クラブで投資することの見返りは大きいと述べている。それは、クラブに入ることは、何よりも「楽しい」からである。
 
クラブは学習意欲をかきたてる
キャロルさんは、朝おきるとコーヒーを飲みながら、Wall Streetをオンラインで読んで投資について勉強している。キャロルさんの勉強時間は、毎日平均2時間ぐらいである。言われたからではなく、読みたいので読んでいるのである。他のメンバー達も趣味としていろんな資料を調べたり、読んだりしている。このようにして、メンバー達は、自分の関心のある分野で専門知識を出し合っているのである。
 
キャロルさんやシニア層が見ていて、若い世代に関心するのは学びの姿勢である、話し合い中に何かわからないことがあると即、ブラックベリー、iPhone等のスマートフォンで調査を始めてしまう。このような若い人達の姿勢に触発され、キャロルさんは、ITに対するハードルが低くなり、今までは、「テクノロジーは速すぎて、手のつけようがない」といった姿勢が、「わからないけど、自分にとって便利なものは使いたいわ」というオープンな姿勢になった。現在は、旅行には電子ブックのキンドルKindleを持ち歩いている。
 
45歳になる息子を筆頭に4人の子供の母親で、孫が4人いるキャロルさんは、「Boysと一緒に月一度会うのは、毎日の生活の励みになり、新しいことを学ぶことが楽しくてしかたがない」という。「なぜ、こんなにもクラブを通しての学びが楽しくてしかたがないのでしょうか?他の学びとどう違うのでしょうか?」という筆者の質問に、「とてもインフォーマルだから。もし、このクラブの会合がフォーマルなものだと、私のようなものが質問するのはとても難しいと思いますね。このクラブには、年齢とか、女性男性とか、前にどんな仕事についていたとかは、関係なく自由に話し合える雰囲気があるのは、私にとってとても大事です」
 
インフォーマル・ラーニングのビジネスチャンス
全米には、このような投資クラブは何万とあるが、多くのクラブは、キャロルさんのクラブのように、各メンバーが小額を出し合ってスタートしている。クラブが取り扱っている額は、全米でみると、数百億ドルにも上る額で、趣味のレベルとは言えアメリカ全体で見ると、決して小額ではない。
 
このような投資クラブの増加に、目をつけたのが”Bivio”  http://www.bivio.comである。投資クラブの管理は書類の処理など煩わしいものであった。例えば、自分の持分の株が今どのくらい価値があるのかを知りたいとすると、今までだと、まずクラブの株全部の価値を計算し、自分の持分はいくらかを計算するという作業が必要であった。この煩わしい作業を自動的にオンラインでできるようにしたのが、Bivioである。Bivioは、毎晩、その日の終止値を使って株ブローカーと取引した値を挿入し更新しているので、メンバーは、自分がほしいレポートのところをクリックするだけで、必要な最新のレポートを見ることができる。
 
Bivio は、友人と投資をしやすくするツールキットを提供している。その一つは、メンバーの投資額、利子の支払い額、株の取引数を記録したりするクラブの経理サービスである。年末には、クラブの税金申告も処理してくれる。キャロルさんは、クラブの経理を担当しており、Bivioを使ってグループで得た利益から各メンバーへの配当、税金処理らを行っている。「売買したときの株価を入れるだけで、あとは自動的にやってくれるので、以前のように、いろんな税金申告用紙の書き込み等の手間が省けて助かっている」という。
 
また、電子掲示板とEメールサービスを使って、他のクラブメンバーと一緒に、株について話し合ったり、投資株を投票したりできるようになっている。ここで行われたやりとりはすべて、クラブサイトにアーカイブされている。Bivioの使用料は、3ヶ月は無料で、年間129ドルである。キャロルさんは、今までの煩わしい手作業のことを考えると、「とても価値があるサービス」と熱心に推薦してくれた。Bivioはソーシャルラーニングを支えることで、利益を得ているビジネスのいい例である。
 
今回は、オハイオ州に在住の一人のシニアー女性の視点から捉えた、インフォーマルラーニングをご紹介した。40代前半で離婚して以来、女手一つで4人の子供を育ててきたキャロルさんは、不動産の物件をいくつか持つ現役の実業家である。今にいたるには、土地がら、男女差別等にあって、決して安楽な道を歩んできたわけではないが、今は、全米にちらばっている子供たちの所へ行って孫と遊んだり、詩の本を読んだりして、「生きていることがとても楽しい」と人生を前向きにインジョイしている。73歳とは信じられないような若さは、投資クラブの"Boys"達との楽しいインフォーマルラーニングからきているのかもしれない。
 
 

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