第34回 上流から見たeラーニング16 「ICTから離れたインフォーマル・ラーニング」後編

2011/06/15

効果のあるインフォーマル・ラーニングのエッセンスを求めて(後編)

第二部「カフェ」の力



ワールド・カフェモデル 

英国の医療機関であるノチンガムシャー・ヘルスケアーは、2010年に地域における医療サービスを強化するために、職員と地域の住民を対象に、ワールド・カフェモデルを使った会合を行った。
 
ノチンガムシャー地域に今後提供すべき6つの医療サービスの内容について関係職員全員で話し合いの場をもった。今まで、サービス内容、やり方については、組織のトップですべて決められていて、職員は、その決められたことをただやっているだけだった。今回は、職員と地域の住民が中心になって話し合い、ここで話し合われたことが、具体的なアクションプランとなり、職員は積極的にこれを実行に移している。その結果、サービスが向上したという地域の住民からの感謝の声だけでなく、参加した職員からも、このような話し合いに参加でき仕事にやる気がでてきたことに対する感謝の声があった。 
ワールド・カフェは、日本の読者の皆様にも馴染みのあるモデルであるが、インフォーマル・ラーニングの効果的なモデルとも言える。Juanita Brown(アニータ・ブラウン)氏とDavid Isaacs(デイビッド・アイザックス)氏によって、1995年に開発・提唱されたもので、そのきっかけは、先にご紹介したジェニング氏の気づきとも共通している。当時二人は、知的資本経営に関するリーダーを自宅に招いた。ゲストがリラックスしてオープンに話し合いを行えるように、様々な工夫を凝らした結果、創造性に富んだ対話を行うことができたことが始まりで、その後、その経験から主体性と創造性を高める話し合いの要因を抽出してまとめたものである。
 
ワールド・カフェの基本的な考え方「知識や知恵は、機能的な会議室の中で生まれるのではなく、人々がオープンに会話を行い、自由にネットワークを築くことのできる『カフェ』のような空間でこそ創発される」(ワールド・カフェの日本語のウェブサイトhttp://world-cafe.net/about-wc.htmlより抽出)は、ジェニング氏がピザの会合の場で感じたものと共通している。

やり方の順序:
  1. 本物のカフェのようにリラックスした雰囲気の中で、テーマに集中した対話を行う
  2. 自分の意見を否定されず、尊重されるという安全な場で、相手の意見を聞き、つながりを意識しながら自分の意見を伝える
  3. メンバーの組み合わせを変えながら、4~5人単位の小グループで話し合いを続ける
  4. 参加者数は12人から、1,000人以上でも実施可能
 
 
教育部の役割のシフト:ボトムアップを支援する
 
ノチンガムシャー・ヘルスケアーがワールド・カフェを使い、成果につなげることができたのは、ワールド・カフェがラーニング・モデルとして優れていたことも確かであるが、もうひとつは、トップダウンではなく、ボトムアップを支援しようとする動きが、この組織にあったからである。これは、ワールド・カフェのようなインフォーマル・ラーニングにはなくてはならない、主催者側の心構えである。このとき、ノチンガムシャー・ヘルスケアーの教育部のスタッフは「ファシリテータ」の役割に徹し、参加者ができるだけ動きやすいように、お互いに話しやすいようにということに努めたという。
 
ここで、教育部や人材育成部が、インフォーマル・ラーニングやソーシャル・ラーニングを職場で推進していくうえで大事な心構えをまとめておく。
  • 教育部はソーシャル・ラーニングのオーナーでない :  ソーシャル・ラーニングは仕事そのもの、仕事の流れの中で、お互いに毎日学んでいる個人だけが習得できるものである(Marcia Conner氏、" The New Social Learning"の著者)
  • 「アントノミー (コントロールの反対語)」は強い動機付けである:アントノミーとコントロールは極の反対側に属していて、コントロールはコンプライアンスにつながり、アントノミーはエンゲージメント(積極的な参加)につながる(Dan Pink氏 "Drive: the surprising truth about what motivates us"の著者)
よりよい結果は、"getting out of the way":「もし、いい結果を出したいのなら、プロセスからしり退き、人の動きの邪魔にならないところで動きなさい。自分達で一緒になり、自分達がやりたいようにさせ、そこから出てきたいいものを収穫しなさい」(Andy McAfee 氏"Taking the social media plunge: Learning to let go"の著者)


企業事例:「ラウンジ」の力



インターコンチネンタル・ホテルグループ(以降IHG): リーダー育成
職場で「ラウンジ」を使ったインフォーマル・ラーニングは珍しくない。グーグル社でも部署毎にラウンジは設置されており、社員の自由で闊達な話し合いやコラボレーションを醸成するのに役立っている。家庭的な雰囲気があって、最高6人ぐらいが座れるようなこじんまりした空間である。職場の場合は、話し合いから出てきた大事なことをノートしたり、アイデアを出し合ったりするために、壁がホワイトボードのように書き込み可能になっていたり、ポストイットと呼ばれる付箋紙をまわりにたくさんおいたり、テーブルの上には何か自由にかけるものが何気なくおいてあったりという工夫がされている。
 
IHGは、この「ラウンジ」を、リーダー育成のためにバーチャルな社交の場として設置し、活用することにした。世界中のIHGのマネージャー達が上下関係を感じずに、お互いにつながって意見交換や新しいスキルを学びあうための場である。マネージャー達は、「ラウンジ」を使って、社の戦略を話しあったり、リーダーシップの向上につながるようなヒントを得たりした。リーダーシップ関係の記事は、タイムリーに提供されている。また、仲間や役員レベルの人達と顔を見ながら双方向で話し合ったりもできるようになっている。
 
ここには、この10年間「優れたリーダー」の行動様式についての研究結果をまとめたものが、経験談やヒントとして入っており、「自分が必要としているときに必要と思うものだけ学ぶという」マネージャー達の自主性を尊重して作られている。特に、忙しいマネージャー達にとって何よりも人気があるのは、学習一つ一つのサイズが小さいので、一つの学習に2-3分も時間をかけなくてもいいことである。便利で使いやすい上に、コスト的にも効率性がある「ラウンジ」は the CIPD People Management Award 2009 で Excellence through technologyの賞をとった。
 
 
教育部に必要なファシリテーション・スキル
 
ワールド・カフェでご紹介したように、学習者主体が前提となるインフォーマル・ラーニングでは、教育部としての役割も変化し、社員が仕事をしながら学習しやすいように支援したり、環境をつくったりすることが主な仕事となってくる。教育部のスタッフもこれからは、講師としてのスキルより、ファシリテータとしての「ファシリテーション」スキルがより必要になってくる。一部を下記にご紹介する。
 
安心して参加できる
  • 全員が学習者と感じる(互いに対等の存在であることを認める)
  • 全員に話す機会がある
  • 傾聴する
  • どんなアイデアにも耳を傾ける
  • 相手に対してつねに好奇心を持つように努める
  • 良い聴き手になるためには、互いに助け合うことが必要であると理解する
  • 急がずに、考えたり振り返ったりする時間をとる
  • いい所をさがしてほめたり、フィードバックをしたりする
  • 粗探しや人への批判はせずに、気づいたことは、「どのようにすれば向上する」というポジティブな話し合いに方向を変える
学びを効果的にする
  • グループは最高6人ぐらいまでにし、対話がしやすいようにする
  • グループが6人以上の場合は、最高6人ぐらいのグループに分ける。
  • 気づきや、アイデアを見えるかたちにするために、大きな白紙や、付箋紙、色ペン、ホワイトボードのようなものを用意しておき、書き込みがいつでもできるようにしておく
 
「コントロール」を捨てられますか?
 
どこの会社でも外にもれては困る情報を流してしまう人、つい他人を中傷してしまう人達がいないとは言えない。だから、企業側は規則やセキュリティーを強化し、このような人達がこのようなことをしないようにコントロールをしようとする。企業内教育の責任者達は、インフォーマル・ラーニングのメリットを理屈で理解してはいても、いざ社内で活性化しようとすると、コントロールという域から離れずには取り組みができないというのが実情のようである。従来の研修同様、インフォーマル・ラーニングも管理下におかずには安心ができない。すなわち、厳しい言い方をすれば社員個人の行動に対して信頼がないということを前提とした、取り組みをしようとしているからではないだろうか。ジェニング氏が、これからのCLOの仕事は、「信頼を土台とした文化の醸成」と「オープンな環境の整備」に力を入れることであると強調していたのは、ジェニング氏もこのような「コントロールを捨てきれない」多くのCLOを見てきたからではないだろうか?
 
昨年度から、米国においては、「インフォーマル・ラーニングのフォーマル化」という言葉さえ出ている。トップダウン式にインフォーマル・ラーニングを管理しようとする動きに対し、インフォーマル・ラーニング専門家の人達は、インフォーマル・ラーニングにコントロールが入ると「効果は下がる!」と、大変批判的である。インフォーマル・ラーニングは、学習者の主体性を基本とし、社員への高い信頼度を前提としてうまく機能しているからである。インフォーマル・ラーナーは、たいてい自分で学びの目的を設定し、知りたいと思ったときに学ぶ。学習したかどうかの証拠は、その個人が前にできなかったことができるようになったという能力である。このことを忘れて、「社員の学習の80%はインフォーマル・ラーニングだから、インフォーマル・ラーニングに投資して、管理して、学習効果を測定しよう」と、今までのフォーマル・ラーニングと同じような取り組みをしようとしている。
 
このように、欧米では、インフォーマル・ラーニングをトップダウン式に取り組もうとする企業と、「ファシリテータ」となってボトムアップ式に取り組もうとする企業に分かれている。
 
 
「よりスマートに仕事をする」=「学ぶ」
選択は一つ:「働きながら学ぶ」か「使い物にならなくなる」か



上記の図は、Jay Cross氏とJane Hart氏が職場でのラーニングの進化をまとめたものである。第5段階の組織は、スマートに仕事をしている組織で、ボトムアップの文化が醸成されており、インフォーマル・ラーニングがうまく活用されていて、学びは講師からよりファシリテータや同僚とのコラボレーションが多く、社員は仕事をしながら自主的に学んでいる。
 
この図には、2つの警告がある。一つは、第5ステージに移行していない企業は、ビジネスの変化のスピードに対応できなくなり、企業として競争力が弱まる。もう一つは、ビジネスのスピードが速くなればなるほど、社員は「働きながら学ぶ」か「使い物にならなくなる」かのどちらかを選択せざるを得ない。
 
読者の皆様の組織は今どのステージにいらっしゃるだろうか?


 
 

eLCメールマガジン購読者募集中

日本eラーニングコンソシアムでは、eラーニングに関するイベント、セミナー、技術情報などをメールマガジン(無料)で配信しております。メールアドレスを記入して『登録』ボタンを押してください。