第33回 上流から見たeラーニング 15 「ICTから離れたインフォーマル・ラーニング」前編

2011/05/17

効果のあるインフォーマル・ラーニングのエッセンスを求めて(前編)
  
「2011トレーニング・トップ125社」が米国のトレーニング誌によって今年の2月に発表された。今年選ばれた優れた企業内教育の特徴は、テクノロジーを使ったインフォーマル・ラーニングの効果的な活用である。4位にあがっているヴェライゾン社は、携帯を中心とした通信サービスをする大手企業であるが、MyNetworkというソーシャルネットワーキングのサイトを全社員が使えるようにし、同僚とのコラボレーション、知識とドキュメントの共有、質問を出したり、答えたりする、仕事を一緒にするグループを作れるようにしている。
 
このトレーニング・トップ125社には、ヴェライゾン社のように、ソーシャルネットワーキングを使ったインフォーマル・ラーニングを積極的に推進している企業が数多く入っていた。「5-10年先のトレーニングは?」という質問に対して、トップ125社の教育担当者達のほとんどは、「ジェネレーションYの増加とともに、この傾向は益々強まる一方である」と言う。世界中において、この流れはまだまだ加速することこそあれ、しばらく減速することはないであろう。
 
しかし多くの企業ではソーシャルメディアを導入し、インフォーマル・ラーニングを奨励し活用していきたいと思ってはいるものの、職場でのインフォーマル・ラーニングの実態を把握しきれない、そして把握はできたとしても、そこからどのようにより効果ある形にしていけばいいのかがまだおぼろげである、というのが現状のようである。
 
そこで、今回は、若干これまでと切り口を変えて、ICTから離れた形のインフォーマル・ラーニングの取組みを中心にご紹介することによって、テクノロジーを使う、使わないと関係なく、インフォーマル・ラーニングを企業内で効果的に普及させるためのキーポイントとは何かを考察してみたいと思う。
 
第一部 「ピザ」の力
 
業績につながっているインフォーマル・ラーニングのトップ3
 
教育コンサルタントのJay Cross氏とJane Hart氏を中心にして、インフォーマル・ラーニングと言う言葉は世界中にすっかり普及したが、職場での取り組み状況はどうなっているのであろうか? 
米国の教育リーダー達は2011年の初め、「人材開発育成においてのインフォーマル・ラーニングの重要性は、今後も益々高まっていくことは確実である」という警告とも思えるようなメッセージを受けた。それは、「フォーマルな研修に時間とお金をかけ続けていくやり方は時代遅れ」という裏のメッセージが強く匂っていたからである。
 
米国の企業内教育専門誌「チーフ・ラーニング・オフィサーCLO←Chief Learning Officer Magazine (CLO)?」は、同誌のビジネス・インテリジェンス会(BIB)に参加している企業を対象にインフォーマル・ラーニングの実態についてのベンチマークを行った。さらに、教育調査機関CARAグループが米国の主要企業の教育関係リーダー125名を対象に、「インフォーマル・ラーニングがいかに職場を変えているのか:ソーシャルメディアのインパクト」という調査を行った。上記の裏のメッセージはこれらの調査結果からでてきたものである。
 
調査結果からわかったこと:
  • インフォーマル・ラーニングは「ソーシャルでかつ実際に顔を合わせていて、対話性があるとき」が一番効果がある
  • 参加者の81%はソーシャルメディアは社員にとって価値ある学習の機会を与えるものになるであろうと感じている
  • 参加者の98%はソーシャルメディアが社員の学習や情報へのアクセスの仕方を変えていることに同意している
 
業績につながっているインフォーマル・ラーニングのトップ3:
  • 同僚やチームメンバーでの共有セッションやコラボレーション、同僚とのインフォーマルな会話(参加者の75%が同意)
  • メンターとのインフォーマルな会話(参加者の61%が同意)
  • コーチとのインフォーマルな会話(参加者の61%が同意)
 
ちなみに、「パフォーマンス・サポートの資料やシステム」は53%、「ソーシャルネットワーキングのコミュニティー」は47%という数字であった。ソーシャルネットワーキングがトップ3に入らなかった理由として、CARAグループは、「皮肉なことに、ソーシャル性を売りにしている現在のソーシャルメディアには、対面ではあるようなアイコンタクト、ソーシャルキューと呼ばれるソーシャル性が欠如している」?から」?であるとまとめていた。ソーシャルメディアの可能性には大変関心はあるが、現在の使い方ではラーニングの効果が十分に発揮できていないという全体的な意見であった。
 
では、一番効果のあるインフォーマル・ラーニングとして認められた「同僚やチームメンバーでの共有セッションやコラボレーション、インフォーマルな会話 」に対して、具体的には欧米の職場ではどのように取り組むことによって効果を出しているのであろうか?

企業事例:ピザの力



チャールズ・ジェニング氏は、現在英国にある教育コンサルティング会社ダントン・アソシエート社の常務であるが、2008年までは社員数5万5千人のトムソン・ロイター社(本社はニューヨーク)のCLOであった。
 
2008年にカナダの大手情報提供会社トムソン社とイギリスの大手通信社ロイター社が合併し、社名がトムソン・ロイターとなったわけであるが、ジェニング氏は、それまで、ロイター社のCLOとして世界中の社内教育の責任者であった。莫大な予算権限があり、それを使ってコンサルティング会社の研修の提供、オンライン・ラーニングの導入等、さまざまな社内教育に取り組んできた。しかし、「一番投資効果があった学習は?」と聞かれると、必ず、「ピザ」と答える。それは、たまたまタイでピザを食べながらこれからどのようにしていきたいか等について楽しく皆で将来について和気藹々と話し合ったときに、他の高価なフォーマルな研修やミーティングの中では出てこなかったアイデアや、一緒に取り組もうとする意気込みがあったからである。
 
「食事をしながら皆と話し合うということでは、今までにもやってきていることで、特別なことはない、なのにあの時は、皆が積極的で、やる気いっぱいで、そのときに出てきたことが、その後、着実に実行に移されていた。なぜなのだろうか?今までのやり方と何が違ったのか?」と、思い当たることをまとめてみた。
 
  • まず、ピザということで、立ったままで食べたりもして、最初からインフォーマルな堅苦しくない雰囲気があった
  • 参加者は、強制ではなく、ジェニング氏が「。。。。だがどうしたらいいのだろうか?」と相談のようにして出していた話の内容に関心のある人達だけが参加していた
  • 特に議題を決めていたわけではないが、相談事のようにして投げかけたことについて皆が食べながら話し合っていた
  • お互いに知らないどうしが多かったが、自己紹介は、名前、所属地、専門分野ぐらいで、肩書きによる紹介はしなかった
  • 仲間どうしという意識があった
  • 上下関係を感じないような雰囲気であったので、自由に話せた
  • ジェニング氏は、肩書き上は一番のトップであったが、CLOとしての堅苦しいスピーチ、指図はいっさいせず、どちらかというと、黒子役に徹していた
その後、ジェニング氏は、本国のイギリス、他の海外の支社に行ったときにも、この「ピザ方式」をできるだけ使うようにした。この経験は、ジェニング氏のその後の企業内教育に対する姿勢に大きく影響し、体系づけられた高価なフォーマルな研修に対しての考え方を大きく変えることになった。ピザの会合のように、一見自由に好きなように話しているようで、そこには、学びが存在していて、たまたまうまくすると、参加者に実行に移させるような力がある。職場における多くのインフォーマル・ラーニングの実態は、どこに学びがあるかどうかも不明で、その学びをどう生かすかも曖昧である。学びがあっても知られないまま放置されている学びがたくさんある。
 
ジェニング氏の場合は、たまたまうまくいったピザの体験を分析し、学習の効果につながるいくつかのエッセンスを自分なりに発見した。そして、さらに、他のラーニング・モデルを比較しながら、「効果あるインフォーマルなラーニングとは?」に共通した必要なエッセンスとは何かという課題に取り組んできたのである。
 
Peer Roundtableモデル




「ビジネスのスピードと現在の経済不況の中で、効果のあるインフォーマル・ラーニングとは?」という質問に対して、現在教育コンサルティング社の役員であるジェニング氏は、" Peer-to-Peer Learning"と即答した。目的に合わせていろいろなモデルがあるが、Peer Roundtableモデルは、シンプルでわかりやすく、即応用できるラーニング・モデルである。主な目的は、同僚やチームメンバーでの共有セッションやコラボレーションであるが、社内だけではなく、顧客や、他の会社の人達と意見交換しながら、ある問題について話し合ったりするのにも効果的である。以下にこのモデルを簡単にご紹介する。
 
Peer Roundtableの参加者人数は、最高7人ぐらいが理想的。参加者は、招待をされて参加したいと思った人達だけ。社外の人が入る場合は、競合社でないこと。会の進行には、ファシリテータが一人必要で、利害関係のない社外か、他の部署の人で、ファシリテータとしてのスキルのある人にやってもらうのが理想的。時間としては、半日ぐらいかけるのがいい。
 
やり方の順序:
  • 参加者全員が3分ずつ自分達の現在の状況やイシューについて話す
  • 共有されたイシューの中から、みんなで話し合うイシューについてランキングする
  • トップにランキングされたイシューの担当者は、イシューについてさらに詳しい話をする
  • グループ全体で、このイシューについてより理解するために、質問を出し合う
  • グループ全体でイシューに関連した体験を共有する
  • 時間があれば、ランキングで2位になったイシューについても同様に行う
 
CLOの役割のシフト:「信頼を土台とした文化の醸成」と「オープンな環境の整備」
 
ジェニング氏は、「ピザ」の会をきっかけに、全社の学習そのものの見直しをし、70/20/10モデルhttp://www.princeton.edu/hr/learning/
というプリンストン大学が出している下記のようなラーニング・モデルを取り入れた。
  • 70% 日常生活、仕事での経験, 仕事や問題解決を通しての学習
  • 20% フィードバックをもらったり、ロールモデルとなる人を観察したり、その人と一緒に仕事をしたりすることを通しての学習
  • 10% フォーマルな研修
このモデルに沿って、予算、時間、人、エネルギーの分担を行った。すなわち、フォーマル・ラーニングからインフォーマル・ラーニングへ大きくシフトしたのである。
 
70/20/10モデルを実践しているうちに、ジェニング氏は、自分の仕事の内容が大きく変わってきたことに気づいた。今までは、研修探し、研修開発、講師の育成、研修場の維持、研修のデリバリーのしかたというフォーマル・ラーニングに関わっていた仕事に自分の多くの時間が費やされていたが、インフォーマル・ラーニングにシフトしてからは、現場に行って社員の働く様子を観察したり、休憩している様子を観察したり、プロジェクトリーダーと話しながらビジネスイシューを感じ取ったり、役員達の危機感の話に耳を傾けたり、それについて役員達がどうコミュニケーションをしているのかを観察したりすることが多くなった。食堂や休憩室に足を運ぶ回数が増えたが、同時に皆がどんな話をしているのか、どのようなラーニングがそこにあるのかを感じ取れるようになった。
 
ロイター社で、トップ・ダウンな雰囲気、環境の中では、インフォーマル・ラーニングの効果は発揮できないと実感したジェニング氏は、現在、教育コンサルタントとして、CLOあるいは教育トップに、これからの仕事は、研修プログラムを管理するということではなく、「信頼を土台とした文化の醸成」と「オープンな環境の整備」であるとアドバイスしている。
 
ジェニング氏があげたインフォーマル・ラーニングを効果あるものにするためのエッセンスとなるキーワードは、信頼、オープンな環境、オープンな対話、フラットな関係、自主的、仲間どうし、楽しいで、以前に本稿でも取り上げたグーグル社の企業文化を思い出す。
 
このようなキーワードのある企業文化と環境がなければ、インフォーマル・ラーニングはうまく効果を出さないということであるが、読者の皆様の会社にはこのような文化がしっかり醸成されているだろうか。

 
 

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