第26回 上流から見たeラーニング 8 「ヨーロッパにおける新しいスタイルの仕事の仕方 後編」

2009/03/02

3.ヨーロッパ全体における新しい世代の好み


1) マイクロソフトが一位、グーグルが二位
今年の5月にファイナンシャル・タイムズ紙は、「2008年のヨーロッパにおけるベストな職場トップ100」(www.ft.com/bestworkplaces2008、このレポートの筆者による日本語での簡単なまとめはhttp://journal.mycom.co.jp/articles/2008/07/25/europe/index.html )を発表した。今年の大手企業別トップ10(従業員数500人以上、日本であまり知られていない企業名は、カタカナに直さずにそのままアルファベット表記)は下記の如くである。
1. マイクロソフト
2. グーグル
3. シスコ
4. 3M
5. Inpuls Finanzmanagement
6. WL Gore & Associates
7. SMA Technologie
8. Grundfos
9. Roskilde Bank
10. PwC

特記すべきは、マイクロソフト社が1位、グーグル社が2位の順にトップ4位までが、ヨーロッパの企業ではなくアメリカの企業で占められたことである。伝統と歴史を重んじるヨーロッパの国々の従業員がなぜ、ヨーロッパにあるアメリカの企業を「ベストな職場」と評価したのであろうか?

大きな理由として考えられるのが、テクノロジーの進化によって「仕事のしかた」が大きく変化していることである。特に優秀な若い世代は、テクノロジーを利用した「新しい仕事のしかた」をして、「職場での勤務時間ではなく、アウトプットとしての成果を評価してくれる職場」を求めている。このような優秀な若手の社員を満足させることのできるような職場を提供しているのが、ヨーロッパの他の企業の従業員と比較し、年齢層の若い従業員達(X、Y層)が多い上記のIT企業である。

今回の調査結果は、ヨーロッパの「新しい世代」が好む職場文化が大きく変動したことを指摘している。以下に、調査で一位になったマイクロソフト社を中心に、ヨーロッパの「新しい世代」が好む職場文化の特徴についてまとめてみた。

2) 「オープンな文化」と「上司や上層マネージャーとのオープンなコミュニケーション」を好む
この調査結果の3分の2は、無記名の従業員の回答を基にしたものであるが、今回の調査でわかったことは、従業員は「オープンな文化」と「上司や上層マネージャーとのオープンなコミュニケーション」を何よりも高く評価していることである。ある社員は、「上司だけではなく、上層部のマネージャーたちは、自分がアドバイスやフィードバックを求めると、それに対して、オープンに対応してくれる」と、上下関係を取り除いたフラットな関係をとりあげ、ある社員は、「上司や上層部のマネージャーは、情報を隠し立てせずに、会社のゴールや結果を共有してくれている」と、風通しのいい社風を強調している。

マイクロソフト社のオランダの社員の10人のうち9人までが、マネージャー達を信頼する理由として「ちゃんとした質問に対しては、どんな質問でも正直にきっちりと答えてくれる」をあげている。従業員は、マネージャーとテクノロジーの専門家に自由にアクセスをしたり、マネージャーの机に行って、インスタントメッセージを送ったり、メールを送ったり、電話を使ったり、また、マネージャーの予定にアクセスし、予定が空いているかつまっているかを見ることもでき、新入社員は、「こんなに、オープンな気風の会社には勤めたことがない」とマイクロソフトのオープン性にびっくりしている。「マネージャーとの信頼関係」がいかに「オープンな気風」の職場つくりに貢献しているかがよくわかる。

3) 「新しい仕事のしかたをサポートする」
今年マイクロソフト社が高い従業員満足度を得たのは、上記のオープンなコミュニケーションだけではなく、従業員が望んでいる新しい仕事のしかたをサポートし、ワークライフ・バランスの向上に努めている姿勢にもあると調査結果は指摘している。

例えば、「Fun」は週末だけに存在するのではなく、「職場で楽しむFun」ということの大事さを強調しており、毎月第二金曜日に「ハッピーアワー」が設けられており、フォーマルな会議の後、皆が楽しく飲んだり食べたりすることになっている。また、職場にはゲームルームがあり、Xboxのビデオゲームをすることができ、希望すれば、借りてうちに持ってかえることも可能である。このようにいかにも若い世代の好むワークライフの実現に努力している。

また、マイクロソフト社はテクノロジーに慣れ親しんでいる新しい世代がいかにも好むであろうような「ワークライフの向上のために新しい仕事のしかたを支援する」ことを目的に、独自の技術革新を行った。オランダでは「新しい仕事の世界」“The New World of Work”というオフィスビルが創設され、すでに今年の4月から従業員たちは、このビルを職場として利用し、“The New World of Work”のコンセプトを試験的に試みている。この試作ツールの導入によって、従業員は会社のITとモバイル機器を活用し、ワークライフをより柔軟に設計しなおすことができるようになったと言う。(詳細:http://www.microsoft.com/netherlands/laathetzien/aspx/Profile.aspx?LiveID=cid-6ad18a8faa312662

4) マイクロソフト社における「新しい仕事の世界」“The New World of Work”とは?
この新しいビルへの移動に対して、このオフィスで仕事をしているKさんは、「今までのオフィスの移動は、書類、コンピュータ等諸々を移動し、机の中を片付けて大変だなと言う思いだけでしたが、今回の移動に対しては、3-4年前から新しい仕事のしかたに対する自分たちのマインドセットを準備してきていましたから、今まで学んだことすべてを活用するときがいよいよ来たという興奮でいっぱいでした。『一つのオフィスの中で、ひとつの机』というような『古いスタイル』の仕事のしかたから、『モバイルに仕事をする』という『新しいスタイルの仕事のしかた』ができるようにするには、自分達が開発してきたツールをどのように生かせるのか、いよいよこのオフィスビルで未来を実験できるときがきたという興奮でした。」と当時を振り返って話している。

このオフィスのコンセプトは、次の3つのことが基本になっている。まず、個人の仕事(個人のためだけではないが)を実行していくのに必要な活動ができること。次に、人間、テクノロジー、物理的な要因の3つが最適な形で共和したコラボレーションができること。そして社外にいるモバイルの従業員がバーチャルなコミュニケーションができることである。「ざっくばらんに言うと次のようなことです。仕事は家でも、オフィスでも、空港でも、バーからでもできること。オフィスとノートブック、スマートフォンを通してバーチャルにつながっていること。昼より夜仕事をするほうが向いている従業員は、自分のスタイルに合わせて仕事ができるというようにパーソナルライフ(週末だけではなく)とワークライフとのバランスをみつけることができる職場です。」とKさんは説明している。

「自分専用の机はありません。従って入社最初の日に家族の写真をもってくる必要はありません。もちろん、必要に応じて自分用のスペースを確保することはできます。 このビルには、カラフルな部屋、自然照明のある部屋、うちにいるようにリラックスできる部屋というように、異なった仕事のスタイルにあわせた異なった部屋があります。だから、昨日は一人で集中して仕事をしたかったが、今日はプロジェクトチームと仕事をする必要があり、明日は、600人の部屋でコンフェレンスを開く必要があるといった場合でも、すべてOKです。『いつもこのように仕事ができたらなあ』と思っていた仕事のしかたができるところです。」とKさんは話す。

4.カスタフらしい発展のしかたと今後必要な人材

1) 起業家を育成し、零細企業を援助
このように、調査に参加したヨーロッパ諸国の若い世代の好みは、イヴァンさんのようなカスタフの若者と共通したところが多々あることに気づく。EUのメンバーになることをこの2年、3年後に控えているクロアチアにとって、今後企業や組織が「ベストな職場」となるには、上記にあげた若者の好みを無視することができないことに気づき、今からアクションをとっていくべきであろう。なんらかのアクションをとらないことは、せっかく育成した優秀な若者達が海外の企業に流れていってしまうというリスクをとっているのと同じである。小さな町カスタフは小さいながらも、すでにいくつものアクションをとりはじめている。

9月の末にカスタフの町の集会場(「ロージア」と呼ばれ、16世紀から存在している石柱と石畳の会場、各村、町に必ずある)で、全国から選ばれた20数名の高校生、大学生を対象とした「イノベーション賞」の授与式がバンド演奏の後行われた。この小さな町カスタフに数多く詰めかけたテレビ局、ラジオ局、新聞社等の報道陣に対して、名誉あるメダルを首にかけた受賞者達は、国から受けた奨学金を将来どのように使いたいかの抱負を語っていた。

リエッカ市の大学で夫婦そろって教鞭をとり、カスタフの住民である教授夫妻は、「あのような若者がこれからのクロアチアには必要です。あのような若者を養成し、若者達の起業を援助するのは、我々の義務です。テクノロジーだけではなく、科学的、文化的、社会的に革新的なアイデアをもった若者を養成することは、クロアチアの地方の市町村の発展に欠かせません。カスタフでこのような教育をテーマにした大きな式を開催するのは、カスタフという町を魅力的に感じ、この町で働きたいと思う若者を増やすことにあります。この10数年、優秀な若者達はチャレンジある仕事を求めて、ザグラブ(首都)に移っていきました。しかし、今、都会の生活の難しさを身にしみたのか、都会組が、地方にユーターンしつつあります。それは、地方の良さと、地方のビジネスチャンスの増加を感じ始めたからだと思います。地方でビジネスを始めようとする意気込みが高まっている今、優秀な人材をひきつける活動は大変重要だと思います。カスタフは決して裕福な町ではありません。貧困でもありませんが、共稼ぎをしながらやっと生活をしている人々がほとんどですが、自分達の町をよくしようという思いは皆強くもっています。だから、町の住民はいろんな形で協力してくれています。」と町の将来を思う気持ちを力説してくれた。

2) うわべではなく中身で勝負

カスタフには、観光者向けの大きなサイン、土産物屋といったものがなく、その意味では長い歴史を商売に観光者向けに作り変えられた町ではない。住民がより住みやすいようにはされているが、できるだけ昔のままを残した町である。町の財政はほとんど、目に見えないコミュニティーの発展に費やされている。その証拠に、「こんな町に」と感嘆するぐらいに充実した立派なラジオのFM放送局や図書館がある。ラジオ局は丘の上にある古い教会の一部を改装したもので、外から見ただけではラジオ局があるとは気づかずに通り過ぎてしまう。しかし放送範囲はクロアチアの国の北半分と規模が大きく、局員も経験豊かなプロ(ザグラブからのユーターン組)がそろっている。図書館も外から見るとペンキの色が薄れてきた古い建物に過ぎないが、中は、広々として明るく、豊富な書籍が整然とそろっており、図書館士のミレーラさんがいつも優しく笑顔で迎えてくれる。利用率も高く、常に小さな幼児連れの母親から、学生、老人までが静かに利用している。

今30代と思われるカスタフの住人であるミレーラさんは以前は企業に勤めていたが、ストレスが多く自分のライフスタイルと性格にあっていないと判断し、大学に行きなおし図書館士の資格をとって、今の職についたという。数ヶ国語が堪能で幅広い知識と視野をもちあわせたミレーラさんさんは、 「いろんな人達がきますが、自分との接触を通して、その人達が新しい知識を得たりして喜んでくれると、 小さな形でも人の役に立っているということが嬉しいです。 小さな子供たちにはより世界を知ってもらうような本を紹介できたり、ご老人には、新聞以外にもインターネットの世界があることを紹介できたりもできます。自分の好きなことをしながら人の役に立てるような仕事ができることを心から感謝しています。」と自分がいかに幸せであるかを嬉しげに話してくれた。

カスタフの町は、この図書館のようにみかけではわからないが中身の濃い町である。ミレーラさんは、「町の発展は必要ですが、カスタフらしい発展のしかたが必要だと思います。小さな町は、小さな町なりの発展のしかたがあるはずです。」と静かに話してくれたが、これがカスタフの町の発展のキーであろう。

3) カスタフらしいコラボレーション
カスタフの人達は昔から「コラボレーション」が上手である。時間があれば、毎日オールドタウンの広場のカフェに来るのは、フランスやイタリアのように道行く人達を見ることが目的ではなく、社交、情報交換、ネットワーキングが目的である。コーヒーを飲んでいると必ず知り合いがやってきて、その知り合いが友人を連れていると、お互いに紹介しあい、また知り合いが増える。何か新しいことをやろうとしているときは、他の人の意見がきける。そして、一緒にやれることはそこで話し合って決まっていく。1990年代にシリコンバレーのスタンフォード大学の近くで、このようなカフェをまねた集会があった。当時、そこには、革新的なアイデアをもった起業家と投資家が集まって、ワインを片手にお寿司をつまみながら、意見交換をしたことが思い出される。事実、そこからいくつもの大きなビジネスが生まれた。

「自分達だけでできないことはできる人と手を組んでやる。一人一人の能力、知識には限度があるが、皆が集まればできないことも可能になる」はカスタフで培われたイヴァンさんの基本的な仕事のしかたである。次の世代にあたる若者たちは、イヴァンさんの世代ほどヒューマン・ネットを重要視しないかもわからない。同じようにカスタフのカフェに行ったとしてもバーチャルなカフェで友人の「ブログ」を読んだり、「ビデオブログ」を見たりしながらバーチャルに仕事を増やしていくかもわからない。しかし、ここでひとついえることは、日本やアメリカの若者が一人で、インターネットカフェでSNSを使ってバーチャルな世界に没頭しているようにカスタフの若者がカスタフのカフェでできるかというと、それはまず無理である。知り合いに会わないことはまずないので、必ず誰かが挨拶してくるからである。次の世代の若者達は、イヴァンさんのような先輩と一緒にカスタフのカフェに立ち寄る回数を重ねることで、リアルなヒューマン・ネットの価値を認識し、その利用のしかたを知らぬうちに身に付けていくであろう。このような「カスタフらしいコラボレーション」のしかたは、どんなにテクノロジーが進んで若者の仕事のしかたが変わったとしても、このコミュニティーにいる限りなくならずに受け継がれていくであろう。

4) 英語を追加しグローバルなコラボレーション
カスタフでは、幼稚園から英語を第二外国語として導入しており、グローバルな人材育成に力を入れている。もともと語学に強い地域で日常生活にクロアチア語、イタリア語、ドイツ語、ロシア語が使われていたが、これからのカスタフの発展には「グローバルなコラボレーション」、「情報化社会」に通用する語学として英語を重要視している。カスタフに1ヶ月滞在し、大学教授夫妻、ミレーラさんたちと話しをしているうちに、冒頭で述べた「他の小さなオールドタウンとあまり変わりのない小さな町で、なぜ国を代表するような国際行事、文化行事が立て続けに開かれるのだろうか?」というなぞが解けてきた。「カスタフらしい発展」には、教育程度、語学力の高い人材、先祖から受け継いだ歴史ある土地、文化をフルに活用しつつ、革新的なアイデアをもった起業家を育成し、質でグローバルに勝負できる中小企業を創造することを目指しているからである。1年を通して、国際行事が計画されているが、言語の差を苦にせず国際的なコラボレーションを推進することによって、世界のカスタフにしようとする意気込みはたいしたものである。

5.総論
今回は、カスタフという小さな町を通して「ヨーロッパにおける新しい世代の求める仕事のしかた」についてご紹介したが、特に日本が学ぶべきことを以下にまとめてみる。
1) まず、「グローバルなコラボレーション」を目指した英語力の強化への努力である。筆者が7ヶ 月間ヨーロッパから日本を見ていて痛感することは、「グローバルなコラボレーションが今後も 益々重要になってくるのにもかかわらず、グローバルにコラボレーションができるだけの英語力の ある人材が足りないこと」である。優秀な人材がそろっているのに、勿体ない話である。企業でも 力を入れてはいるが語学はやはり子供のときからスタートするのがベストである。日本の政府は、 カスタフのように英語を幼稚園から導入し、将来のグローバルな人材育成に力を入れていくべきである。
2) 次に、リアルなインターアクションの強化である。どの国よりも速く携帯社会が進んだ日本では、リアルなインターアクションが希薄になりつつあるように思う。特に若い世代に対しては、「お客様の前に出ても言葉足らずでぶっきらぼうに聞こえるような応対のしかたをする」とか、「職場で隣に座っている同僚にも、メールで挨拶したり口で言えばすむようなことをメッセージでおくったりする」という年上のマネージャーの不平を耳にする。若い世代は、放っておくとリアルな社交の場よりSNSを使ったバーチャルな社交の場で時間を過ごすほうを好む傾向にある。小学校から携帯の世界になれている若い世代に、1日研修で特訓しても無理である。カスタフのカフェのように誰かと必ず挨拶をせざるを得ないような「リアルなカフェの場」を職場に設置し、毎日の生活の中で習慣として身に付けていけるような職場環境を提供して、リアルとバーチャルな人間関係のバランスをとりもどす必要があるのではないだろうか?
3) 3) 「上司と部下とのオープンなコミュニケーション」ができる職場文化を醸成すること。日本も、企業価値の向上のため、「経営方法の見直し」、「成果主義の見直し」、「人材育成の見直し」とさまざまな努力がなされているが、「企業文化、風土」を変えていくことの難しさはどの企業もみにしみて感じているのが現状であろう。「今までの仕事のしかた」、「上司と部下」の関係のあり方らは、伝統と歴史が長ければ長いほど困難な作業である。しかし、事実として、団塊世代の退陣とともに入ってくる新しい世代の好みは、アメリカ、ヨーロッパの若者達とそんなに異なっていないのではないだろうか?
4) スマートフォン等モバイル機器を使って仕事、eラーニングができる職場環境にすること。アメリカでは、ノートブックを持ち歩いている若者がまだ多いが、携帯が進んだ日本では、スマートフォンのよりいっそうの利用がこれからの若者のライフスタイルにあっているのではないだろうか?オランダで試験的に行われているマイクロソフト社のオフィスのコンセプトはこれからの日本のオフィスのあり方を考える上で参考にすべきであろう。
 
カスタフは小さな町で、日本の発展状況とはかなり異なっている。しかし、「いまだに、年功序列制で官僚主義が強い、人間関係を何よりも大事にする」は以前の日本社会と共通しており、日本と同じように長い歴史、文化を保持している町の発展のしかたにはいくつか共通点があり、日本もおおいに見習うべきものがいくつかあった。

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