第25回 上流から見たeラーニング 7 「ヨーロッパにおける新しいスタイルの仕事の仕方 前編」

2009/02/02

透き通るように青いアドリア海に面したクロアチア北西部の丘の上にある小さな町、カスタフ (www.kastav-touristinfo.hr)。よほど詳細な地図でないかぎり、この名前をみつけることはできないくらいに小さな町で、近所の人の晩御飯、息子の恋人が誰であるかが、すぐ知れ渡ってしまうぐらいに密なコミュニティーの町である。一見静かなだけで何もない町のように見えるが、町の年間行事日程はびっしりで、町の集会場(「ロージア」と呼ばれ、16世紀から存在している石柱と石畳の会場、各村、町に必ずある)のある広場にはTV局、ラジオ局等の報道陣がほとんど毎週のようにおしかけている。広場にある3つのカフェのテラスには、天候に関係なくいつも人が集まっている。3つしかないレストランでは毎晩のように生のミュージックが流れ、週末は、結婚式のあとのレセプションが広場の路上で行われ、アコーディオンの生の演奏でみなが踊ったり歌ったりしている。

筆者がこの町に来て、2週間目に不思議に思ったのは、まず「他の小さなオールドタウンとあまり変わりのない小さな町で、なぜ国を代表するような国際行事、文化行事が立て続けに開かれるのだろうか?」、次に「なぜ、寒くてもカフェのテラスに好んで座るのだろう?」、そして「若者達はどうしてカフェに集まってくるのだろう?」である。

 

これらのなぞを解明すべく多くの人達を取材しているうちに、明るい音楽と笑い声の裏にあるいくつものカスタフの抱える課題の層が見えてきた。一見、昔ながらの文化と歴史を守りつつのどかに生活しているように見えるカスタフにも、EUの影響、資本主義、民主主義、グローバリゼーションの波が毎日のように押し寄せられ、「新しい世代の好みの変化」が特に大きく浮上している。前回のレポートではアメリカの職場における新しい世代Y層についてご紹介したが、今回のレポートでは、カスタフという小さなアドリア海の町で活躍する若者たちを中心に、ヨーロッパの新しい世代の仕事のしかた、 学習のしかた、eラーニングのあり方についてまとめ、日本への提言を最後に入れさせて頂いた。

今回のテーマも前・後編に分けてお送りする。

1.カスタフのかかえる課題

1)若い人達の町離れ
小さな町カスタフは、20年ぐらい前は観光客も少なく、まさに静かで古いだけがとりえの町であったが、それでも人々は何とか生活ができていた。しかし、17年前ユーゴスラビアから独立後、国が仕事を提供し収入が確保されていた時代は去り、地方の仕事の数は少なくなり、首都のザグラブによりよい仕事を求めて町を去るという若者の町離れが起きた。現在、カスタフ近隣の都市は、観光化、産業化が進み経済状況はよくなり、仕事の数は増加しつつあり、ひと時のように若者がザグラブに集中して移るという現象はなくなっている。しかし、カスタフのようなオールドタウンには教育程度の高い若者が魅力に感じる仕事が少なく、若者の町離れは続いている。クロアチアは文盲率が低く教育レベルが高い国で、20代の若者はクロアチア人としてのプライドが高く、女性も男性もキャリア意識が強い。カスタフ生まれで大学を2年前に卒業し近隣の都市で働いているプイッチさん(仮称)は、「多くの組織がまだ官僚的で、新しいアイデア、仕事のしかたを受け入れてくれる上司が少なく、自分を育成してくれるような環境の職場ではない。」と従来にはなかった職場文化を強く求めている。

2)戦後と戦前の労働者のメンタリティーの違い
クロアチアは、まだEUのメンバーになっていない。1991年から 1995年まで戦争という苦い経験の末、ユーゴスラビアから独立し、社会主義国家から資本主義国家へと移行し続けているが、旧体制と新体制が共存した社会体制である。「旧体制から脱皮しきれない」ということでさまざまな社会問題が生まれている。社会主義国家のときは、失業率はほとんどゼロで誰もが仕事があり、収入が保障されていた。しかし、独立後、国営の会社が民営化され、多くの失業者を創出した。現在、クロアチアは、肉体労働者は隣国からの移民によってまかない、知的労働者国に変貌しようと努力しており、仕事の質が変化している。

民営化の影響で仕事を失い現在大学教授であるライカさんは、このような失業者に対して、「新しい職は、英語力とコンピューター等新しい能力を必要としていることが多く、私のように45歳以上の人達にはハードルが高い」と同情的である。ちなみにライカさんは、以前は国営造船会社でドイツとの契約業務に携わっており、経営学だけではなくドイツ語、イタリア語、フランス語、ラテン語、英語が堪能で、ビジネス経験も十分であるが、「まず、年齢制限で、自分の能力を生かせる仕事につくことが難しい」と言う。

一方、32歳の女性弁護士であるエバさんは、「仕事がないのではないのよ。仕事はあるけど、努力をしてまでその仕事に就こうという意欲がない人が多いことが問題だと思うわ。失業者の人達は、いまだに、社会主義国家時代のメンタリティーで国が面倒をみてくれるのを待っている。私に言わせれば、時代が変わっているのに、それについていけないで、文句はいうけど、努力はしないという怠け者が多いのよ。クロアチアは大きく変化していることを自覚して、仕事は自らみつけるか創出していかなければならないことに気づいていない。。。」と、手厳しく失業者の人達を評価している。

首都であるザグラブの政府の経済統計局に勤めるサーシャ(仮称)さんは、「旧体制では、贅沢さえしなければ基本的な生活が保障されていたので、一生懸命に働こうとする国民性に欠ける。益々資本主義に移行している現在、国資本の会社がプライベートな資本家に売却されるケースがあいついでおり、失業率は増加しているにもかかわらず、旧体制で国が失業者の生活を支えているので、国益は減少していることに対して国民は無知でありすぎます。」と、エバさんと同じように40歳以上のジェネレーションに対して批判的である。

3)テクノロジーに強い世代
大学教授でクロアチア学校教育の政策に関わっているバルジャックさんは、「今のクロアチアでは、幼稚園からコンピューターが導入されており、生徒の方が教師よりテクノロジーのことをよく知っているので、教師を馬鹿にすることがあり、問題になっています。今までは教師は質問されたら何でも答えられる存在でしたが、テクノロジーの使い方については『知らない』と言わなければならないことが多くなっています。また、他の専門知識についても、インターネットを通して子供たちの方がよく知っていることがよくあります。でも、これは、子供達が生意気になったと文句を言う前に、教師自体の生き方、働き方、メンタリティーに問題があると思います。『教師の言うことは絶対的』という時代はもう古きものになっているにもかかわらず、未だに、旧体制の権威にしがみつこうとしている教師がまだたくさんいます。自分の知らないことはテクノロジーに強い子供たちから学ぶということができない教師がたくさんいます。」と、学校現場におけるジェネレーション・ギャップの問題について述べていた。

2.カスタフの新しい世代の特徴

1)「国に頼っているのではなく、自分の将来は自ら切り開く」
エバさんは、カスタフとリエッカ市に弁護士事務所を構えており、朝早くから夜遅くまで仕事をし、「休暇は今のところ1年に7日しかとれそうにない」と、スマートフォンを片手にスポーツカーを運転しながら語る。エバさんのように「国に頼っているのではなく、自分の将来は自ら切り開く」という自覚のあるカスタフの若い層は、ともかくよく働く。

エバさんの恋人であるドラージェンさんは、カスタフの町でレストランと貸しアパートを経営している。すべて親からの経済的な援助はなく、自力でパートナーをみつけローンを組み、「毎月ローンの支払いで後は何も残らない」と言いながらも、元気に走り回っている起業家である。休むまもなく忙しいドラージェンさんであるが、レストランで開かれる結婚式のレセプションのために、朝早くから2時間かけて対岸にある島まで美味しい蛸の買い付けに行くことをなんとも思っていない。「魚市場から仕入れる蛸とは違うんだよ。これを食べて喜んでもらいたいからね。」とうわべでなく質にこだわるプロ意識をみせていた。

観光局に勤めているイヴァンさんも、エバさん、ドラージェンさん同様よく働くエネルギッシュな若者である。カスタフで国際行事のあるときは、寝るまもなく早朝から夜中の3時4時まで駈けずりまわっていることがほとんどである。しかし、イヴァンさんの口から愚痴を聞いたことはない。常に「一人でも多くの人に、カスタフ、クロアチアのことを知ってもらい、いい思い出をいっぱい持って帰ってほしいだけです。自分と接触した人達が、友人、家族に話しをしてくれたら、その人達はカスタフ、クロアチアを訪れてくれます。人とのコネクションは、唯単に、観光客を増やすということではなく、新しいビジネスチャンスが生まれる可能性がおおいにありカスタフ、クロアチアの発展につながります。」と、プロとして自分の町、国のために自分が貢献しているというプライドをほのめかしていた。

ご紹介した3人の若者のように30代前後から40代前半の世代のカスタフ人は、「町を変えていく、国を変えていくのは自分達である」という意識が強い。アメリカで言えばX層にあたる世代であるが、小学生のときに戦争を経験し、中学、高校、大学は、社会主義国家から民主主義、資本主義国家に切り替わってからの教育を受けた層で、親に経済的に頼れない層である。米国、日本のこの世代で、「自分たちが国を何とかしなければ」と強く感じている人々は少ないのではないだろうか?


2)インターネットとヒューマンネットをスマートフォンで駆使するインフォーメーション・ワーカー
イヴァンさんは、昨年クロアチア国の「情報マン」に選ばれ表彰(全国で一年に一人だけ)された。「クロアチアのことならイヴァンに聞け」と皆が尊敬しているだけあって、クロアチアのすみずみのことまで知識が豊富である。どのようにしてここまでの知識を得たかという質問に対して、「インターネットとヒューマンネットですね。」とスマートフォンを片手に言い切る。イヴァンさんは、インターネットは確かに情報収集になくてはならないものだが、ヒューマンネットから得る情報の質の高さにはまだかなわないと言う。「仕事の関係上、活字化されていない人間のもっている知識、知恵が必要なときが多々あり、ヒューマン・ネットのおかげで、誰も提供できないような情報を提供してあげることができる。新しく人一人を知ることは、自分の知識を6倍に膨れ上がらせてくれる」とヒューマンネットのパワーに対する信条を話してくれた。

イヴァンさんが仕事が終わってからカスタフのカフェに立ち寄ったときに、わざと外に座るのは、通り過ぎる知り合いに挨拶ができるからである。「職場は離れているのに、なぜわざわざカスタフのカフェに立ち寄るのか?」という筆者の質問に対して、「カスタフのカフェは、人に会う絶好の場だからです。ここに来れば、必ず知り合いに会えます。」と答えてくれた。
毎日顔を合わせる友人もいれば、半年振りに会う高校時代の友人もあるが、顔を合わせて何となく話をすることで、お互いに情報交換ができる。友人が旅行したいところがあってその情報を知りたいと言ったときに、コーヒーを飲みながら、「スマートフォン」にある「検索エンジン」を使って教えてあげることができる。「オフィスで仕事の話しをするより、カフェでこのように話すときのほうが仕事のチャンスに結びつくことが多い」と仕事上、カフェの持つ重要性について話してくれた。イヴァンさんは、話しながらも「スマートフォン」は常に片手に持ち、しょっちゅうチェックしており、友人が自分の「ブログ」に、イヴァンさんのおかげでとてもいい旅行の滞在先がみつかったことを書いたとメールメッセージがきたので、さっそくその「ブログ」をあけて読んでいた。もう一つのメールは、以前に世話をしたアメリカ人の「旅行ブログ」を読んで連絡してきたという見知らぬアメリカ人からである。

このように、イヴァンさんにとっては、「スマートフォン」を片手にもっている限りオフィスだけが職場ではない。

また、イヴァンさんは、国の観光紹介をするため、クロアチアを代表してヨーロッパ諸国でよく講演をするが、どこに行っても受けがいい。このことに対して、イヴァンさんは、「自分がみなによく評価されているのは、決して質問に対して自分が何でも知っているからではないんですよ。勿論『知らない』場合もあります。大事なのは、自分が知らなくても、どうすれば情報を得られるかを知っていることです。自分が調べてから後ほど情報を提供するか、情報先を教えてあげるようにしています。今はインターネットがありますから、効率よく情報を得る方法さえわかっていれば、即、回答を提供できます。それに私には協力なヒューマンネットがありますから。。。」と、自信満々に答えてくれた。

仕事はオフィスにいるときだけではなく、人と対応しているとき、車で移動中のときもあるので、イヴァンさんにとって「どこでも、いつでも」情報収集と提供ができるスマートフォンは欠かせないツールである。研修に参加して知識を増やすことも大事であるが、そのとき、そのとき、必要に応じて得ていく知識はより効果的に使えるので、グーグルのような検索ツールなしで仕事をすることは考えられないという。「質の高い情報をより速く」得て自分の知識にすることは、イヴァンさんのような仕事のプロには欠かせない競争力で、ヒューマンネット、インターネット、そしてスマートフォンは言わば「三種の神器」である。

3)語学に強いインフォーメーション・ワーカー
この小さな町に9月のはじめヨーロッパ各地から100名近くの有名なジャーナリスト達が集まってテニストーナメントが行われた。このトーナメントは、開会式と懇親会は4つある町のレストランの一つで行われたが、主催者であるカスタフ市の代表の女性が英語、イタリア語、ドイツ語、クロアチア語の4ヶ国語で挨拶した。その後、スポンサー関連者、ジャーナリスト達がそれぞれの母国語で挨拶した。びっくりするのは、通訳なしで、5、6ヶ国語で会が進行していることである。懇親会においても、ハンガリー、スロベニア、オーストリア、イタリア、ドイツ、チェコ共和国、スロバキアのジャーナリスト達の会話は数ヶ国語が入り乱れているが、お互い通訳なしで理解しているという。これが「ヨーロッパ」なのだと、日本やアメリカにないヨーロッパの力を垣間見た。

 

これだけ、言語が異なるにもかかわらず、テニストーナメントに参加したジャーナリスト達は言語は大きな問題ではないという。さまざまな国に征服され、征服するという歴史を繰り返してきているヨーロッパ人にとって国内で数ヶ国語ができることは少しも、特別ではない。クロアチアでは、観光局で職を得るには、5ヶ国語が話せて、業界経験が最低5年ないとだめだと言われている。カスタフの住民のほとんどは、年齢に関係なく最低3ヶ国語(クロアチア語、イタリア語、ドイツ語)を話す。今は、英語がそれに追加され、幼稚園から英語教育が推進されている。ちなみにイヴァンさんは、6ヶ国語が堪能である。

このように語学が堪能なヨーロッパ人にとっても、グーグルはなくてはならない学習ツールである。トーナメントに参加していたハンガリーからのジャーナリスト、ジョルジー氏は、世界の最新情報に常に敏感でなくてはならないので、グーグルなしで自分の仕事はできないという。社内の検索エンジンもあるが、ワールドワイドで即得られる情報量には、たちうちできないという。検索結果が、ハンガリー語でなく、ドイツ語、英語、その他で出てくることがほとんどであるが、グーグルの翻訳機能を使うことによって問題ではないという。グーグルの翻訳は必ずしも、「きれいで正確な翻訳」とはいえないが、数ヶ国語がわかるジョルジー氏にとって、「きれいな翻訳」は必要でなく、最新の情報で、キーワードがあれば、文法的な間違いは「理解しよう」とすればたいした問題ではないと言い切る。「母国語にきれいに翻訳された情報」を待っていてはジョルジーさんのような仕事はやっていけない。ハンガリーの多くのジャーナリストはこのようにして情報を収集しているという。
 






4)新しい世代が好む職場
イヴァンさんは、以前は他の事務所に勤めていたが、自分の能力を認めてくれない上司とうまくいかず、思い切って将来を考えて今の職についた。他のEU諸国で同じような仕事をしている仲間と比べると、給与は決してよくないが、今の仕事に満足しているという。「オーストリアから3倍、4倍以上の給与の仕事の話がきたこともあります。でも、今の上司は、自分の能力を認めてくれ、新しいアイデアに耳を貸してくれます。今の自分のオフィスは勤務時間は各従業員が話し合って決めることになっています。勿論行事や同僚の都合によって変わりますが、私のスケジュールは、基本的には週休3日とれるようにしています。仕事は楽しいですが、仕事以外の時間も大事です。大学のときに『生産性』ということについていろいろと論議しました。ワークライフ・バランスは大事だと信じていますので、今の職についてから、この案をまとめて上司に提出し、今のような勤務時間体制ができました。このようなフレキシブルな勤務時間体制のある組織はまだ、少ないと思いますが、私と同じような思いをもっている若者は多いと思いますよ。」と、イヴァンさんの親の世代では考え付きもしなかったような仕事のしかたを当たり前と捉え、給与よりも「上司との関係」、「ワークライフ・バランス」を優先させる、若者の新しい仕事に対する姿勢を説明してくれた。

上記でご紹介した3人のように自分の仕事に満足している若者は決して多くない。能力的には自分のほうが優れた仕事ができるのに、年功序列制度がまだ強く、「成果を出していない年上の上司がのさばっている職場を見ていると、このままでは、自分の将来だけではなく、クロアチアの国の将来はどうなるのかと心配せざるを得ない」とテクノロジーにも強く語学力にも優れている優秀な若者の声もよく耳にした。「もっと自分の力を認めてほしい、もっと公平な制度になってほしい、上司ともっとオープンなコミュニケーションがしたい」は若手の職場に対する希望である。

このようなクロアチアという小さな小国で見られるような優秀な若手の人材の好みは、他のヨーロッパ諸国の好みと比較するとどうであろうか?

次回の後編では、まずフィナンシャルタイムズの「ヨーロッパにおけるベストな職場トップ100」における上位企業を紹介し、その特長を通じてヨーロッパの若手が求める新しい働き方を更に見ていく。

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