第22回 上流から見たeラーニング 4 「Googlersはなぜ去らない? 後編」

2008/08/06

前編では2年連続でBest Company to Work For in America(アメリカで従業員が一番働きたい会社)で一位に選ばれたGoogleが、どのように優秀な従業員たちを雇い、育て、流出を阻止しているのかについて、その基本的な考え方や方針などについて紹介した。
後編ではより具体的な取り組み内容について紹介していく。

1.サリバン氏のミッション(2):Googler達に「ハッピー」でいてもらうために(続き)
Web2.0のツールを活用したユニークなキャリア開発 
Web2.0のツールを代表する検索サービスの会社だけあって、キャリア開発のやり方もWeb2.0的である。コラボレーション、共有、ディスカッションを大切にするというGoogle社の文化はキャリア開発にも影響を与えている。Googler達は日常の職場生活の中で、コラボレーション、共有、ディスカッションをよりやりやすくするために、いくつかのWeb2.0のツールを使っている。Googler達にとっては、特にeラーニングをやっているとか、ラーニング2.0をやっているとかの意識はなく、自然な仕事の流れの中でそのようなツールを使っているに過ぎない。このようにGoogle社では、フォーマルな研修プログラムより、インフォーマルな日常の職場生活の中でGooglerが成長していくことをサポートすることに力をいれている。以下はそのいくつかの例である。

・技術者のキャリア開発をサポート
Google社には「革新的に、何でも試してみる」という文化があるが、エンジニア達は、自分の時間の20%を「新しい製品、新しいサービスの開発」や、「現在提供しているものを強化できるようなものを考え出す」ために使うようにすすめられている。この「20%の時間」の結果は、試作品のベーター版としてGoogle Labs website (labs.google.com)に載せられている。いくつかはまだ評価中であるが、ベーター版を卒業したいくつかは、現在のグーグルの製品、サービスの一部として提供されている。一人のエンジニアは、「この会社はオープンで進歩的な環境がある。個人として、あるいはチームの一員として貢献し、成長していくことをサポートする環境が整っていて、一人一人が成長する機会を与えてもらっている。会社がこんなに大きくなっているのにもかかわらず、自分は大事にされているとか、会社は自分のことを考えてくれているといつも感じている。」と社員の成長をサポートしているGoogle社に感謝していた。

 engEDU(エンジニア研修グループ)は、 オリエンテーションと研修クラス、メンタリング、キャリア開発、チューターサービスを提供しており、これらはすべてエンジニア達によって、エンジニア用に作られたものであることに特徴がある。 Codelab チュートリアル・シリーズは、エンジニア達が、新しいグーグルのテクノロジーについて速く学べるように工夫されており、 常時オンラインモジュールは更新されている。

「 Google's engineering tech talk program」、別名Tech Talk を定期的に開いている。世界的に知られているエンジニアを社内外からよんでアイデア、ベストプラクティス、テクニカルな知識、スキルを広いトピックにわたって共有してもらうことが目的である。Googler達は自分たちでこのようなセッションを計画し、他のオフィスにいる人達もビデオコンフェレンスで参加できるようにしている。すでに世界中のGoogler達にも、Google Video と YouTube を使って、多数のセッションを提供してきている。エンジニア達が自分のアイデアを高いレベルのテクニカルな仲間達に流し、流れてきたアイデアに対して、お互いに議論しあい、自分たちの考え方をより広めるのに役立てている。

・TGIF定例集会を会社全体のコミュニケーションと学習に活用
TGIFは、Google社で毎週金曜日に行われるインフォーマルな集会のことで、この先1週間の予定や、大きな行事についてなど、ここで対象となるトピックは多伎に渡っているという点では、他の会社の集会とあまり代わり映えはないが、Google-yなのは、最後に必ず質疑応答のセッションがあり、どんな質問をしてもいいことがルールになっているという点である。2007年に Google は TGIFをグローバルに拡大し、一つのチームの TGIF を世界中のオフィスのGoogler達が参加できるようにWebキャスト している。時差の問題で参加できない人達には、そのときのTGIFをアーカイブしていつでも後で見れるようにしている。このようにして、場所と時間に関係なく、世界中のすべてのGoogler達が質問を TGIF に出せるようにしている。直接に質問ができない人はEメールで出し、出てきた質問に対しては、他のGoogler達が「自分たちの仕事にとってどれだけ大事なのか」を投票して決めて対応するようにしている。

また、四半期カンパニー制度にあわせて、Google社には上級レベルのエグゼキュティブが出る大きな戦略集会と、これと別に前の四半期の会社の業績を評価する集会がある。このような集会は、組織として四半期に達成できたことを皆で祝うという目的と、新しい四半期の目標を紹介するという目的がある。Googler達は、TGIFの集会の場で会社の戦略的な方向と業績についてトップのリーダーシップについて問う機会が与えられている。実務体である現場のチームは、自分の部署だけの集会をシニアーメンバーと一緒に催すことができる。例えば、エンジニア・チームは、四半期ごとに、技術部の上級副社長を入れた全員集合会議がある。

ハイテクの会社であるGoogleがなぜこの様に大事な時間をとってローテックのTGIF会議を重要視するかというと、「会社のニュースに関しては、上から下に流されるEメールより、上のリーダーたちから直接に顔ををあわせて伝えてもらうことを社員は好む」というトップの考え方を反映しているからである。勿論、公の場で質問や意見を言うことが苦手な人もいる。それで、Googleでは、Webを利用して定期的にアンケートを出し、さまざまなトピックに関して従業員の意見をきくようにしている。仕事への満足度アンケート、技術部向け営業部向けのアンケートはすべて無記名形式にしており、このアンケート結果から、向上すべき点をみいだし、プログラムをつくりなおしている。ここから出てきた大事な結果は社内Webサイトに発表し、 マネージャーは自分のチームとそれについて話し合いをすることになっている。

・部署間の壁を越えたコラボレーションを通してのキャリア開発
質疑応答を大切にする」という上記のTGIFのやり方でもわかるように、Googleは、意見を出し合って共有することによって自己の成長につなげたり、組織の向上につなげたりする過程をさまざまな形で職場に導入している。

社内用ブロッギングのツール:社員が自分のブロッグができるように、社内用のブロッギングのツールがある。個人的な話、仕事のプロジェクトの近況報告、自分が気がついたことを共有するなどに使われている。ブロッグは社内専用で、このようなオンラインフォーラムを作ることによって、部署間の壁を越えた社員同士の交わりを、組織の階層関係なくやることを進めている。 

ホワイトボード文化:ホワイトボードに、将来のグーグルの製品からグーグルでの職場生活 にわたるまで広い範囲のトピックについてディスカッションできる。グーグル社のあらゆるところに、大きなサイズのホワイトボードが備わっている。

フィードバックを提供する文化: Googler達は、Google社のWebサイトからGreat Place to work インスティチュートという機関のイントラネットである MOMA とリンクし、オンライン上のアンケート にフィードバックを入れたり、社内のプログラムや問題について、担当者達にフィードバックを提供したりしている。また、Google社内には、「Googler 提案ボックス」がいたるところに設けられていて、仕事のことだけでなく、追加してほしい新しい飲み物にいたるまであらゆる提案を出すことができるようになっている。

e “Google-o-meter”コラボレーションに活用:Google社では、まず新製品と新機能を出すと、Googler達がその製品をまず使ってみて、開発したエンジニア、マネージャーに使い心地についてフィードバックを出すという過程がある。全社員が製品開発プロセスに関わっているといっても言い過ぎではない。このように社員とコラボレーションすることによって、「ユーザー側にたった製品を出す」という自分たちのミッションも達成しているのである。さらに、e “Google-o-meter” という新しいプログラムを開発し、会社の変化や向上に関するアイデアをポストできるようにし、社員たちはそれをみて、いい案か悪いかなどの意見を入れ、それがページにでてくるようになっている。

ワークライフ・バランス
サリバン氏はGoogle社のように急成長した会社にとって「ワークライフ・バランス」は大変大事な要因であると認識している。早朝、夜遅い会議はできるだけ避けるようにしているし、自宅からも電話会議で参加できるようにし、それにかかる機器や費用は会社がもつことになっている。フレックスアワー制度、在宅勤務、同僚が緊急事態に休暇がとれることを考慮した休暇寄付プログラム、冒頭で紹介した社内にあるグルメレストランで毎日無料で朝食、昼食、夕食ができることが始まり、オイルチェンジ、洗車、フィットネス・センター、銀行、病欠に日数限定なし、入社1年後27日有給休暇、入社1年以内の女性は出産休暇12週間、入社1年以上の女性18週間、男性用の育児休暇として出産後1年以内に7週間、歯医者を含めた医療設備があり職場での無料健康診断(目、コレステロール、インフルエンザ予防接種等)と、社員の立場にたった数多くの試みが実施されている。

2.Googlerを魅了して去らせない大きな理由
以上、サリバン氏はCCOとしての自分のミッション「ユニークな企業文化を維持する」、「Googler達にハッピーでいてもらう」を達成するためにさまざまな取り組みを行っているが、冒頭で触れた創立者達の危惧に対する対応としてはまだ十分ではないことも認識している。「Googler達が会社に居続けるかどうかは、給与やストックオプションがキーでないことだけは確かです。では、何がキーかというとまだはっきりとはいえません。今も優秀なGoogler達がいつか去るという心配はありますし、将来も尽きることはないと思います。」だからこそ、サリバン氏は、パーソナルタッチで「どうですか?自分にとっておもしろいことをやっていますか?今やっていることが好きですか?もし、そうでなければ、この職場での生活をより豊かにするもの、あるいはよりやりがいを感じるものとして何かひとつかふたつをあげてください。」というように一人一人に話しかけるようにしているという。

Googlerであることのプライド
持ち株を売却し億万長者として退職できる立場にあるGooglerの一人は、どうして去らないのかという質問に対して「Googlerであることにプライドをもっているから」であると答えている。Googleの検索結果はいくらお金を出してもその優先度は変わらないという「徹底した民主主義」を基本にしたビジネスの姿勢は社内だけでなく、世界中のユーザーからの信頼につながっている。ユーザーとして筆者も感じることであるが、Googleはどこか「正義の味方」、「万人の見方」的なものを漂わせている。お金や権力に屈しない会社で働くと言うことは、爽快で気持ちがいいものである。多くのGoogler達が、Googleで仕事をすることで、自分が社会に役立っていることを感じ、会社の活動を通して地球の将来に貢献していると感じている。例として次のような活動を挙げている。

・「アクセスビリティー」
「すべてのユーザーに情報へのアクセスを」はGoogle社のミッションであるが、Googleの定義する「すべてのユーザー」とは「身障者」も含まれている。2007年の1月に「Accessibility Fixit」という身障者のユーザーを対象とした体験イベントを開催した。このイベントでエンジニア達は身障者達と一緒に一日を過ごし、身障者の立場にたって「アクセスビリティー」の問題点を経験することによって、Googleの製品をより身障者に優しいものにしていこうという気持ちになる。日本の企業としては、リコー社が「アクセスビリティー」の問題に取り組んでいるが、この分野に取り組んでいる数少ない企業の一つである。

・地球温暖化減速への貢献
ソーラーパネル・プロジェクトはGoogle社がクリーン・エネルギー源をサポートするプロジェクトとして行っているいくつかのプロジェクトの一つである。マウンテンビューの本社にはいくつもの建物があるが、建物の屋根すべてにソーラーパネルを敷き、1.6メガワットを発電している。そのほかにもハイブリッドカーの普及に協力したり、このような活動は将来より増加する予定であり、このようなGoogle社の姿勢はGoogler達の社会全体への関わり方にも影響を与えている。 

・教育を受ける機会をコミュニティーに
Googler達 が社内で受けているのと同じような教育的な恩恵を社外に向けても提供しようとする努力がある。2007年にTeach For Americaという教育推進団体と協力して学校教育の改善に力を入れている。Teach For Americaで採用された学生を2年間のインターンシップとして受け入れ、すべての条件を満たした学生は、その後、正社員として採用されるという制度である。このようにして、教育を受ける機会と仕事をする機会を 多くの学生に提供するようにしている。

・Fun(楽しいから)
Googlerであることのプライドとして、社会への貢献ということだけでなく、ある社員は「Funがあるから」とも言う。Google社はGoogler達が集まって仕事以外のことでもいろいろと話し合う場を提供することを大事にしている。同じ会社主催のパーティーをしてもGoogleのパーティーは他の会社と比べると際立っている。ただ、豪華にお金を使ったパーティーではなく、Googler達の創造性と意外性をフルに活用した独特のパーティーをする。2006年は「GoogOlympus」と称してサンフランシスコのピアー48という波止場を使って8つのテーマパークを作り上げた。すべて、Googler達の発想を生かしたものである。このような、普通の企業では考えられないようなイベントを実施するところに、「この会社にいる価値がある」と考える社員も少なくない。

3.総論
「アメリカで一番働きたい会社」に2年連続1位にランキング されただけでなく、ウェブサイトは、一番人気のあるサイトとしてランキングされ、広告費からの収益はうなぎのぼりで、株価は一般人の手の届かない高いレベルを維持というように、いまや、インターネット検索サービス・プロバイダーとして揺るがない王座についているGoogle社であるが、最近話題になったマイクロソフト社のヤッフー買収劇でも明らかなように、王座につくということはその座を狙って常に脅されるということでもある。「ユニークな企業文化」が今のGoogleの王座を支えていることは疑う余地もないことであるが、将来の座を支えてくれるかどうかは疑問である。
Googleの創立者が「ユニークな企業文化」をいかに重要視し、その維持のためにサリバン氏のようなCCOを雇うなどして努力してきてはいるが、今年になって創立者の「企業文化」に対する考え方も少し変化しつつある。それは、Google社自体が、YouTubeが加わり、現在 DoubleClick買収交渉中というように、Google社の核といわれていた創立当時からの「Google文化」を組織の隅々まで押し付けることはできない環境になってきているからである。YouTubeは独自の文化があり、DoubleClickもGoogleとはかなり違う文化を持ち合わせた会社である。歴史的に見ても、文化が揺らぐと内部の優秀な人材が流れる可能性は高まる。2008年1月のCNNMONEYのインタビューに対して、ペイジ氏は「創立当時のユニークな企業文化」の維持を強調していたのに対して、ブリン氏は「ユニークな企業文化」の維持ではなく向上することに目的があることを強調していた。ビジネス環境の変化に対して、Googleの「ユニークな企業文化」がどのようにGoogle-yに発展していくのか今後のサリバン氏のお手並みが楽しみである。


■本記事の参照サイト

Best Companies 2007 & 2008
http://www.money.cnn.com/magazines/fortune/bestcompanies

"Why Google is No. 1"
"How to get hired by a 'best' company"
http://www.money.cnn.com/magazines 

Google社概要
http://www.money.cnn.com/magazines/fortune/bestcompanies/2008/snapshots   

Best Place to Work For
http://www.youtube.com/watch?v=j6h-gm01Fb0

Life at Google
http://www.google.com/support/jobs/bin/static.py?page=about.htm  

The great place to work for
http://www.greatplacetowork.com/best
http://www.greatplacetowork.com/best/100-best-2008-Google.pdf

Meet Google's Culture czar, CNET News.com
http://www.znet.com
http://www.new.com

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