第21回 上流から見たeラーニング 3 「Googlersはなぜ去らない? 前編」

2008/05/27

今年、Google社は昨年に続けて、フォーチュン誌によるBest Company to Work For in America(アメリカで従業員が一番働きたい会社)で一位に選ばれた。「従業員にあれだけの高い給与とストックオプションを出せば、誰だって働きたい場所として選んで当然で、高い収益があるからできるんだよ」と言う声が聞こえてきそうである。確かに、Google社は、高い給与と、ストックオプション、優れた報酬制度、誰もが羨ましがるような職場環境を従業員に提供している。特に、会社のカフェテリアで朝、昼、晩無料で食べることができる高級レストランも顔負けの高い質の健康食は有名である。しかし、Googleが2年連続で名誉ある栄冠を獲得するにいたったのは、高い収益があったからではなく、実は、創立者サーゲイ・ブリン氏、ラリー・ペイジ氏が数年前から抱いている危惧と大きく関係している。

Google社は、今年(2008年)で創立9年になるが、2年前から自分の持ち株を売却することのできる時期に入っている「Googler」達が何人もいる。創立以来働いてきている「Googler」達は、売却すると億万長者で、働かなくても悠々自適な生活を送ることができるくらいの株を保有している。さらに、これら「Googler」達は、「Googleに働いていた」という履歴だけでも引く手数多で、再就職先には事欠かない。すでに何人もの元「Googler」達が、自分の好きなことをやろうと起業家として活躍している。創立者の危惧とは、Googleを作ってきた優秀な人材「Googlers」(Googleの社員の呼び名)達の流出である。

現在、シリコンバレー(カリフォルニア州マウンテンビュー)の本社には毎日1300の履歴書が送られてくる。離職率は4.3%で、他のシリコンバレーの会社と比較するとダントツに低い。それでも、ハイテク業界全体が「Googler」達の流出を今か今かと見守っている。このような現実に対して、創立者であるサーゲイ・ブリン氏、ラリー・ペイジ氏は、将来を見据えて、「Googler」達の留保に「企業文化」を中心にさまざまな手を打ってきている。その結果がBest Company to Work For in America(アメリカで従業員が一番働きたい会社)で2年連続一位という栄冠につながっているのである。

今回は、このように一見微動だにしないGoogle社がもっている危険性に対して、トップであるブリン氏、ペイジ氏が「企業文化」を戦略的にどのように活用し、「企業文化」が教育とどう関連していて、そこにテクノロジーがどう活用されているのかについて考察してみた。

1.CCO "chief culture officer"を導入
ステーシー・サビデス・サリバン氏は、2006年の夏からこの新しいポジションCCO(HRのディレクターも兼務している)についている。CCOは企業文化の最高責任者ということであるが、創立者であるラリー・ペイジ氏とサーゲイ・ブリン氏が提唱し導入されたものである。アメリカでもこのようなタイトルを導入している企業はまだ数少ない。サリバン氏のCCOとしてのミッションは、「Google社のユニークな企業文化」を維持し、Googler達に「ハッピー」でいてもらうことである。CCOの導入は、将来Googler達の流出の可能性を見越して創立者が考え出したタイムリーな戦略と言える。CCOに就いてから、サリバン氏はミッション達成のためにどのようなことを実施してきたのであろうか?
以下、サリバン氏がCOOとして創立者と一緒にやってきたことについてご紹介するが、その前にブリン氏、ペイジ氏が大事にしたい「ユニークなGoogleの企業文化」とは一体どのような文化なのかについてまずまとめたいと思う。

Googleの企業文化
・オープン・ドアー・ポリシー
Google社は、「高い信頼関係、低いポリティックス」をモットーにしており、Googler達はどのマネージャーにも直接にアプローチして問題について話あいをすることができる。創立者であるブリン氏、ペイジ氏自身が創立以来実践してきているので、現在の透明なマネージメントプロセスが存在し、マネージャーと社員との高い信頼関係はできあがっているのである。
・こじんまりした会社
「オープンドアーポリシー」のような文化は、HP社の場合もそうであったように、「こじんまりした会社」である間はやりやすいが、組織が大きくなればなるほど難しくなっていく。そこで、Googleでは、新しいオフィスを開いたときに気をつけているのが、創立以来の「こじんまりしたオフィス」の機能を継承することである。創立当時にあったようにGoogler達が自由な発想で自由に話し合えるような職場環境を維持することである。
・「お互いを尊重しあう」 
Google社では、民主主義を徹底しており、他の会社ではトップダウンで決められるものを、「昇進は仲間の評価で決まる」、「技術的な意思決定は技術者がする」というように、社員の意見を尊重して物事が決められている。
・コラボレーションを通してイノベーションを醸成する
イノベーションの醸成はGoogleの大事な文化であるが、社員一人一人がイノベーションへの貢献者であることを徹底している。他人まかせにするのではなく、自分のできることやりたいことを通して、会社に(あるいは社会に)貢献していこうという姿勢をGoogler達に期待している。従って、Googler達は、自分の部署間だけでなく、組織の壁を越えて、グローバルに自分が関わりたい仕事につくことが可能である。組織の壁、力関係が、Googler達の気力を消失させることなく、コラボレーションがやりやすいようにしていることがGoogleらしい職場文化と言える。
・仕事をしながら「Fun(楽しさ)」がある職場
Googler達のストレスの解消につながり、協調性があって創造性にあふれた思考ができるようにという創立者の想いから醸成された文化。2006年の「Googleパジャマデー」は、世界中のGoogler達がパジャマとスリッパ姿で仕事をした日であるが、スーツを着なくても素晴らしい仕事ができるのだということをGoogleらしく表明したということで有名な話である。
・ ビジネスから得た富と資材を意味ある形で共有する
地球温暖化問題をはじめとし、世界、社会への貢献をめざしており、Google社の「ソーラーパネル・プロジェクト」は、アメリカの企業の中では、職場で実施されている「ソーラーパネル・プロジェクト」としては一番大きい規模のものである。Googleのウェブサイトにアクセスすると、そのときから24時間前までのソーラーパネルによる発電量を一般家電機器のキロワット数と比較して見ることができる。
また、ハイブリッド車を購入した社員には$5000を返すというインセンティブプログラムを導入することによって、ガソリン効率車普及にも貢献した。(このメッセージは十分に伝わったということで、このプログラムは2008年からは中止となった)
・"don't be evil"
Google社の企業文化の核となっている創立者の思想である。直訳的には「悪者になるべからず」ということであるが、この言葉には、「企業として悪いことをしないで儲けよ」、「儲けたものを独り占めしないで社会に還元せよ」、「自分がされて嫌なことは他人にもするな」等多くの深い意味が含まれている。 “Don’t be Evil” からきている高いビジネス倫理観は、Google社でリーダーとなる大事な要因としてどの社員も明確にわかっている。フォーチュン誌のアンケート調査に協力した99%の回答者は、ビジネスプラクティスにおけるマネージメントは正直で倫理的と回答している。Googler達「お互いを尊重」、「秘密を守る」、「グーグルのアセットを守る」、「カスタマーや取引先との関係、社会に対してのGoogleの貢献、等を大事に思っている」と回答している。

2.サリバン氏のミッション(1):ユニークな企業文化を維持するために
サリバン氏は、企業文化を無理なく維持していくには、Googleにあった社員かどうかの人選が大事であると考えている。従って、Google社にはユニークな人選プロセスがある。

「Google-yな人材」をみつける
Googleに合った社員をみつけるために、リクルーティングの行事を利用し、女性や今まで見過ごされていたマイノリティーの人達にアプローチして、Googleについて関心をもってもらうような努力をしている。社内には、 Employee Network Groups (ENG’s)という、同じ目的、興味を持った人達が集まって意見交換をしあう社員主催のグループがあることを知ってもらい、グーグルが、さまざまなバックグラウンドをもった優秀な人材をいかに重要視しているかを強調するようにしている。現在ENGとしては、女性エンジニアグループ、黒人 Googler ネットワーク、スペイン語系Googlerネットワーク、アメリカインディアンGoogler、その他がある。2006年から、いくつかの大学への奨学金制度を実施し、人材発掘に努力している。
このような社外活動の目的は、「オープンで協調性のある職場文化 をもった会社で成功をおさめていくことができるようなGooglerをみつけること」、「Googlerでない人達に対して、創造性のある考え方、革新性、学ぶ、Fun楽しむということを知ってもらうこと」である。一人のENGのメンバーは「このような行事は、問題解決をしたり、速く考えたりすることが楽しいという私達と同じような考え方をもつ人達を魅了するようにデザインしてあるので、自分にとって将来のGoogler達と知り合えるいい機会なんです。」と、個人的にこのような行事に参加している理由を話していた。

「Google-yな人材」を雇う
アメリカのGoogle社の社員数は、現在パートタイマーを含めて8100人強で、本社には毎日1300人の履歴書が送られてくる。Googlerは「スマート、創造的、起業家精神がある」とよく言われるが、Google社は、さまざま人種、バックグラウンドから優秀な人材を選ぶことに努力している。では、これだけの応募者の中から最終的にはどのようにして選んでいるのであろうか?
サリバン氏が社員採用の最終の決め手にするのは、「Google-y(グーグルらしい)かどうか」である。サリバン氏は、「Google-yな人」のことを、「偏った考えかたではなく広く物事をとらえることができ、新しい環境、変化に対応でき、地位や上下関係に囚われないで、やるべきことをきちんとやりとげることのできる人」と定義している。サリバン氏は実際の面接がはじまると、面接相手に「今から、当社で働いて成功を収められるかどうか、楽しんで仕事ができるかどうか、成長していけるかどうかという点について評価をしていきたい」ということをまず伝えると言う。「私たちは、今までとは違う考え方ができ、正義感が強く、会社のためだけでなく世界のためにもいいことをやろうとするGooglerを育成しようとしています。このことが、弊社の大きなミッションである『世界中どこからでも情報がアクセスできるようにする』と結びついているからです。面接の時点においては、仕事をする能力が十分に備わっているかどうかはここまでのスクリーニングの過程で分かっているので、これに関する質問は一切しないことにしています。その代わりに、個人的な好みとか、過去の経験とか、自分が本当に自分の能力を最大限に発揮してきたことはどんなことかというようなことについて質問します。」と最初から「Goole-yな人材」を採用することが戦略的にいかに大事であるかを説明していた。

新入社員Nooglerに対する研修
上記のような厳しい採用過程を通って「Goole-yな人材」として採用された新入社員は、Nooglerと呼ばれ、Googleならではのオリエンテーションを体験する。Googleは、イノベーション、コラボレーションを企業文化として重要視し、チーム精神を養成することに力を入れている。Noogler達は、入社1週間の間に、TGIFという毎週金曜日に行われている全社員出席の集会で、「Google-yなチーム精神」に触れる体験をする。Noogler達は、Nooglerハットというプロペラ付の帽子をかぶり、自分のことに関する質問(自分が決める)を書いたプレートを首にかけて、集会場の一番前に座る。創立者であるサーゲイ・ブリン氏とラリー・ページ氏の音頭で、大きなスクリーンにNooglerの名前を一人ずつ出しながら紹介し、全員で歓迎をするという行事である。
また、Googleは社会貢献も大事な企業文化としているが、Noogler達は、新入社員のオリエンテーテョンでGoogle助成金等ボランティア活動の関わりかたも体験する。Google助成金はNPO団体に無料の宣伝サービスを提供しているが、Google社の製品であるGoogleAdwordsを使ったオンライン広告を何百ものNPO団体に寄付している。

3.サリバン氏のミッション(2):Googler達に「ハッピー」でいてもらうために
社員の幸福感に関するアンケート調査
Google社では、5-6年前に、サーゲイ・ブリン氏、ラリー・ページ氏から「社員がこの会社で仕事をしていてどれだけ幸せを感じているのか、また、社員にこの会社で働き続けてもらうにはどのようなことが必要なのかを知りたい」という希望があって、3-4年前から毎年世界中の社員に対して「幸せに関するアンケート調査」を行っている。創立者達は、このアンケートの調査で「社員の会社に対するコミットメントがどれだけあって、コミットメントのレベルが高い、低いを決めるのは何なのか、社員、上司、トップ層の人達にとって大事なものは何か」をみつけようとしたのである。その結果として、Googler達にとって大切なのは、ストックオプションや給与の増額よりもキャリア開発であることが判明した。それ以来、キャリア開発により力を入れていくことになったのである。

Google社における教育プログラムとキャリア開発
Google社はキャリア開発にかなり力を入れていることは、2008年のフォーチュン誌のアンケート調査に応じた回答者の 92% が 「自分のキャリア開発のための研修をしてもらっている」、97%は「自分の仕事に必要なリソースと機器を提供してもらっている」と回答していることでよくわかる。Googler達は、年間研修時間として120時間が与えられている。大きく教育プログラムを見ると、キャリア開発、個人やチームプレゼンテーション・スキル、コンテンツ開発、ビジネス文書作成、スピーチ、 フィードバックの提供のしかた、? マネージメント/リーダーシップ、無料外国語レッスンと多岐に渡っている。2007年にスタートした大統領候補者スピーチシリーズでは、2008年の大統領候補者であるJohn McCain、 Hilary Clinton,? Bill Richardson, Ron Paul等がすでに本社に来て講演をしている。
さらに、2007年には、「グローバル・ラーニング・ディベロップメントチーム」 をワールドワイドに拡大するため、新しいディレクターをいれ、「Google University」を導入した。この「Google University」を中心に、グーグルの将来のリーダー育成のための「新しいリーダーシップ開発プログラム」等この先何年かの会社全体の教育プログラムを開発し、質の保証を統括し、教育プログラムの規模を拡大しつつある。

上、前編としてGoogleのユニークな企業文化を維持するための「人」への取り組みについて、その考え方や方針、取り組みの大きな部分について紹介してきた。後編では日常的な、より細かい取り組みについて紹介したい。Web2.0を代表する企業らしくユニークな取り組みをしており、読者の皆様にも興味を持って読んで頂けると思う。

■本記事の参照サイト
Best Companies 2007 & 2008
http://www.money.cnn.com/magazines/fortune/bestcompanies
"Why Google is No. 1"
"How to get hired by a 'best' company"
http://www.money.cnn.com/magazines 
Google社概要
http://www.money.cnn.com/magazines/fortune/bestcompanies/2008/snapshots   
Best Place to Work For
http://www.youtube.com/watch?v=j6h-gm01Fb0
Life at Google
http://www.google.com/support/jobs/bin/static.py?page=about.htm  
The great place to work for
http://www.greatplacetowork.com/best
http://www.greatplacetowork.com/best/100-best-2008-Google.pdf
Meet Google's Culture czar, CNET News.com
http://www.znet.com
http://www.new.com

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