第20回 上流から見たeラーニング 2「社員が働きたい職場造り」に活かすeラーニング 後編

2008/02/22

前編ではGROWプログラムの内容についてレポートしたが、後編ではそれを支えるシステム面をレポートしてみたい。

1.ビジョン実現に貢献しているeラーニング・ツール
前編で述べたように、GROWプログラムでは、ユーザーである社員は、コーチング、研修、情報収集等を必要に応じて利用できるので、どれがeラーニング・ツールで、どれが検索ツールという意識はない。では、実際にはどのように社員が自分のコンピュータのスクリーンを使って高い生産性のある仕事をしながら、かつGROWプログラムにも参加しているのかをシステム的にみてみたい。

同社には、5つのコールセンターがあり、シントラ社(www.syntora.com)の「アジェンティビティー」というパフォーマンス管理システムを使っている。「アジェンティビティー」は「アナリティックス機能」とeラーニング機能が入っていて、特徴としては、リアルタイムで生産性のトラッキングができ、エージェントのパフォーマンスをマネージャー等にレポーティングでき、自動メッセージと、自動トレーニング配信機能が組み込まれている。このシステムは、Avayaのコール管理システム、? Pipkins Vantage Point社のワークフォース・スケジューリングシステム、社内? CRM (Customer Relationship Management)システムに連動されており、エージェントの平均会話時間、売り上げ量など、リアルタイムの測定情報等のKPI(Key Performance Indicators)を表示し、各エージェント、マネージャーのダッシュボードで見られるようにしてある。これによって、ある時間における各エージェント、グループの生産性が即わかるようになっている。また、パフォーマンスの測定履歴はエージェントのスコアカードに反映され、分析結果の詳細については、Web上のレポートが作成される。

ダッシュボードはパフォーマンス測定結果だけではなく、自動メッセージシステムとしても使われている。例えば、エージェントの個々のパフォーマンスで規定より低いという兆候をシステムが察知すると、システムは、即そのエージェントに、ある特定のeラーニング・モジュールを「コーチング・ヒント」として自動的に送るようになっている。

このシステムには、スケジューリング管理システムと連結しているので、eラーニング・モジュールは、そのエージェントのスケジュールにあわせたタイミングで自動的に送られるようになっているので、一番忙しいピーク時にeラーニング・モジュールが送られることはない。同社のeラーニングのコンテンツは限りなく最小サイズに作られており、上記のように、プッシュ型で自動的に配信しやすくなっている。

eラーニングはプッシュ型だけではなく、プル型でも利用されていて、ダッシュボードにある"L for learning"をクリックすると、研修部にリンクしているので、GROWプログラムに参加している社員は自分の知りたいことについて質問をしたり、コーチにアクセスしてリアルタイムで話すこともできる。また、同社の研修は限りなく最小サイズで提供できるよう工夫されているので、カスタマーとのやりとりの中でわからないことが出ると、そのことのみについて、自分のスクリーンからオンラインで短い研修をとり自分の探していた答えをみつけることができやすい環境になっている。

eラーニングは職場でも自宅でも受講できるようになっている。GROWプログラムに参加している社員の一人ワード氏は、NewHorizon社が提供しているビジネスコース、マネージメントコース、マイクロソフトのWindowsやWORD、Excelなどのソフトを使うためのたくさんのコースを受講し昇進し続けている。また、もう一人の社員ギラスピー氏も、今の職に就くまでに、コミュニケーションスタイルのようなソフトスキルを中心に受講し、今は次のポジションを目指して、リーダーシップのクラス(集合研修とWBT)を受講している。

同社は、毎年世界中のコールセンターを対象に優秀な企業を選んで賞を与えているICMI(International Customer Management Institute)から、2006年にグローバル・コールセンター最優秀賞を獲得した。この受賞には、GROWプログラムとうまく連動させた上記システムの上手な利用が大きく寄与しており、効率性、生産性だけを追い求めてシステムを利用しているのではなく、社員をやる気にさせる仕組みの中でシステムを使って生産性を上げているところに特徴があると言える。

2.eラーニングに関しての今後の展望
在宅勤務のホームエージェントを増やす予定なので、eラーニング利用は確実に増加すると予測している。アドック氏は、「コースは、40時間コースというような長いものでなく、よりチャンク化(細分化)し、オンラインで何でも質問できるようにし、答えが出てこない場合は、ヘルプセンターへメールで尋ねられるようにして、ナレッジセンターの利用率を上げたいと考えています。『何でもきける』ということが大事です」とナレッジセンターの充実が必須と考えている。ナレッジセンターは常に更新され、社員が使えば使うほどコンテンツが充実していく仕組みで、質問の内容によってカスタム化されて、社員が必要とする情報が増え、Just-In-Timeラーニングができる。

現在データをもとにした意思決定プロセスをカスタマーリレーション管理に利用(データマインニング・テクノロジーを利用したCRM)しており、それは、パフォーマンス管理システムに連動されているので、eラーニングにもつながっている。エージェントはダッシュボードを使って、顧客サービスに役立つと思う意見やアイデアを入れると、CRMに連動されているので、それらは、生産マネージャー、マーケティング・マネージャーのもとに送られるようにもなっている。このようにタイムリーなラーニングのフィードバック・ループは常に改善しながら、全社的な顧客フォーカスを実施している。

このように、同社のeラーニングは、「電子紙芝居」のイメージからはかなり遠ざかり、業務、キャリア・パスに直結したラーニング・システムとして進化している。

3.トップのビジョンとの整合性
テクノロジーはますます速いスピードで進んでおり、eラーニングの業界においても検索テクノロジー、ソーシャルネットワーキング・テクノロジー等、Web2.0を含めた新しいテクノロジーが注目を浴びている。しかし、ここで大事なのは、どんなにこのような新しいラーニング・テクノロジーが素晴らしいものであっても、企業の価値創造に貢献をしないと、企業は投資をしないということである。以前のように、移動費の削減、教材開発費の削減といったようなコスト削減は、「将来を考えている」今の日本の経営層にはそれほど魅力はない。何が魅力かというと、数値的な企業価値だけではなく、企業価値のプレミアムにつながるものであり、それは、経営者のビジョン、経営理念に関わってきて企業毎に異なってくるものではないだろうか。今まで、eラーニングのベンダーは、「これもできます、あれもできます」という「できるテクノロジー」を強調し過ぎ、使う側の企業の夢を軽視した「できるテクノロジーの押し付け」的なところがなかったであろうか?

シントラ社の営業マンがアジェンティビティーの素晴らしさを「数値的な業績結果をもたらす」ことだけを強調して売り込もうとしていたら、アドック氏は首を縦に振らなかったであろう。アドック氏が抵抗なく大きなシステム、eラーニングの導入に踏み切っているのは、経営に携わる側の一人としていだいている自分のビジョン「社員が働きたい職場造り」の実現に役立つと判断したから、その素晴らしさを買ったのである。「人間は誰でも自分のやりたいことを応援してくれる人には抵抗しない」という原点に立ち返り、企業の投資の決断をするトップのビジョンに耳を傾けるのも、ベンダーの一つのアプローチではないだろうか?

4.プログラムの成功への秘訣
アドック氏は「GROWプログラムは、革新性と創造性をもった人材育成に貢献しているので、組織を豊かにしている」と評価している。このようにGROWプログラムが成功している秘訣について、アドック氏は「社員が自分の意思でそのポジションに就いてやってみること」の大切さを強調していた。多くの社員は、同僚がGROWプログラムに参加しているのを見て、自分も参加したいと思ってGROWプログラムに参加している。事実「GROWプログラムがあるので、この会社を選んだ」という社員が多い。同社のマネージャー達は部下に、「自分は今後どう成長したいか」ということを常々質問して、GROWプログラムを通してその解決に助力するようにしている。その結果、「会社が個人の成長をサポートしてくれている」と感じている社員が多い。

GROWプログラムを利用している社員のワード氏は「自分がニーズを感じ、学びたいと思うには、ただラーニングがありますといわれてもダメです。GROWプログラムのように、次のポジションのために自分の今の仕事から離れて見習い仕事をさせてくれるということが実際に行われていることを自分の目で見て、初めて働くためのモチベーションが高まります。他の企業のような『次のポジションにつくには、大学で学位をとってきなさい』という方法では、社員のモチベーションはそれほどあがりません。この会社は、あなたは事務職だから事務だけをしていればいいというように、社員を型にはめようとせずに、他の仕事をする機会を与えてくれます。社員は非常に忙しいですが、その機会は昇進にも結びつくので、やる気がおきます。このように、昇進の機会は、自分の努力だけでその機会をつかむようにしているのではなく、昇進に必要な能力をつけられるように会社が環境を整えてくれるところは、非常に感謝しています」とGROWプログラムによる昇進制度に対する経験を話してくれた。

5.最後に
1-800フラワーズ・ドット・コム社の多くの社員は、末端の電話オペレーター要員として入社し、GROWプログラムを通して今の地位に至っている。まさに「花の種に水をあげ肥料を与え大事に育てていく」のがGROWプログラムだと言える。アドック氏のビジョン「社員が働きたい職場を造る」は、GROWプログラムという「社員と会社のモーチベーション」が合体したしっかりした人材育成の仕組みにeラーニングのような「IT」を活用することによって、着実に実現に近づいている。

今は中堅企業であるが、組織が大きくなればなるほどトップの思いが、なかなか隅々まで伝わらないのは、成長企業の抱えるチャレンジである。しかし、アドック氏のように、一人一人の社員を大事に育て、「社員が働きたい職場を造る」というわかりやすいメッセージはこれからも組織に浸透し、同社の「人を大切に思う気持ちを大切に」という企業文化とともに根付いていくであろう。

DLCメールマガジン購読者募集中

デジタルラーニング・コンソーシアムでは、eラーニングを含むデジタルラーニングに関するイベント、セミナー、技術情報などをメールマガジン(無料)で配信しております。メールアドレスを記入して『登録』ボタンを押してください。