第18-4回 欧州総括編(4/4)ヨーロッパにおける「情報化社会に対応した」人材育成 最終編 デンマークの労働市場と知的生産者育成モデル

2007/10/22

デンマークの高い経済成長結果の秘密と「eラーニング」の役割
これまで数回にわたり、日本では余り知られていないデンマークの経済力の秘密を、国の施策面からの観点と、ダニスコ社という一企業の人材育成の実態から探ってみたが、以下に人材育成面からみたデンマーク企業の共通点をまとめてみた。

「高い知的生産者」を育成
「知的生産者」の育成というところで国の動きと企業の動きがいかに歩調があっているかがわかる。国が「ITインフラ」、「フレクシキュリティー」制度という大きな枠組みと環境を提供し、それを各企業がうまく利用しながらそれぞれの企業文化を活かして「高い知的生産者」を育成して、活用している。しかし、ただ国力、競争力だけのためにロボットのように「コンピテンシー重視」で人を育成しているのではなく、個人の「幸せ感」を大事にして「ワークライフ・バランス」を保障していることは、忘れてはならない点である。国、企業、そして個人のモーチベーションの3つがうまく機能しているのが、デンマークの高い経済成長結果の秘密である。このうち、どれが欠けてもこの経済成長モデルは国の成長モデルとして機能しないであろう。

コンピテンシー開発と社員の「エンプロイアビリティー」
ダニスコ社のようにコンピテンシーの向上を企業価値に入れてあるという会社は、デンマークでは多い。10社のうち、9社は同社のようにコンピテンシー開発の優先度が高く、社員は、入社して一年の間に何らかのコンピテンシー開発を終了している。デンマークは他のヨーロッパ諸国と比較しても、同じ給与額に対して、コンピテンシー開発への投資額が最も高い国の一つである。国際分析機関の IMD (International Institute for Management Development) によると、コンピテンシー開発の優先度が高い国として、世界で3位である。デンマーク企業におけるコンピテンシー開発のやり方は、ダニスコ社の「ダニスコ・ラーン」の利用のしかたをみてもわかるように、社員のキャリア開発と連動しており、しいては、社員の「エンプロイアビリティー」に大きく貢献している。社員の現在と将来の仕事と責任に対して必要なトレーニングを会社と社員が話し合いながら計画を作っていくもので、トップダウンではない。

変化への速い対応ができる人材
デンマークの社員は、何か問題があると、上司の指示をまたず、まず自分で対応してから上司のガイダンスを求めるという特性がある。ダニスコ社の会社の風土にもあるように、多くのデンマークの会社は、上下関係をなくし、組織をフラット化し、組織の壁を除去し、対話を重要視している。社員は働く時間を自分で決めたり、自分の仕事は自分で決めるというように、社員の自由を尊重しているが、それは、社員が自分の行動に責任を持っているという社員に対する信頼によるものである。デンマークのマネージャーは、部下の意見を訊くことになれており、委譲が上手であるとも言われているが、それは、「対等な対話を大事にする企業風土」があるからに他ならない。その結果として自律性のある社員が育成され、「スウェーデンやドイツの社員より動きが速い」と自慢するデンマーク知的生産者の育成につながっているのである。これが、スウェーデンやドイツより速いビジネスのアジリティーの謎の解明で、経済成長においてトップになった理由の一つである。日本でも「コミュニケーションで育てる」という人材育成が取り入れられ、普段でも上下関係のない「さん付け」にすると言ったようなやり方を実施している企業が増えているが、このような企業は、デンマークのような情報化社会における「知的生産者」の育成モデルにより近いものといえる。

イノベーションを生む会社の特徴
デンマークの企業のトップは「イノベーション」は情報化社会の武器であることを認識し、ダニスコ社のように企業文化にしてしまっているところが多い。従って、多くの企業は人材育成のしくみの中に「イノベーション」が生まれるしくみを入れ込んでいる。チームワークを大事にしたコラボレーションによるラーニングが日常業務の中にみえないぐらいにあたりまえになっているのはその一例である。デンマークの社員は、物事を多数決で決めないで、対話で決めていくので、上下関係なくアドバイス、意見を求める企業文化がある。デンマークの企業が「イノベーション」を武器として世界と競合できるのは、上記の企業文化に加えて、進んだITインフラをうまく利用し「イノベーション」を生む人材育成に力をいれているからである。ダニスコ社の「ナレッジ・ラボ」のような人間の感覚機能を考慮し感情に訴えるようなeラーニング・ツールとか、「バーチャル・チーム」のような自分の体験を共有し、コラボレーションをサポートするようなeラーニング・ツールは、このITインフラと企業文化の両方があって活用できるeラーニング・ツールのいい例である。

eラーニングの捉え方:社員の日常生活の一部である
ダニスコ社の事例をみてもわかるように、デンマークの企業のeラーニングの捉え方は、会社の成長、社員の成長に関連している日常のラーニングをサポートするツールである。企業文化、企業戦略を支えるものもあれば、社員の「ワークライフバランス」を支えるものもある。「コストの削減につながる。。。というツールがあるからどう使おうか?」という発想ではなく、「イノベーションを産む文化をつくるには、どんな人材が必要で、どのようなツールが役に立つか?」という発想で、ラーニングを特に研修といったかたちで切り離すのではなく、あらゆる角度から会社の成長、社員の成長に役立つITを活用したすべてのラーニングという捉え方である。

特に、デンマーク独自の「フレクシキュリティー」制度は、他のヨーロッパ諸国のどの国よりも、「ワークライフ・バランス」を保障し、在宅勤務、時差出勤をやり易くしているので、「eラーニング」の役割は大きい。したがって、社員が、うちにいながらライブで「専門家の話」に参加したり、「バーチャルチームでアイデアを出し合いながら学ぶ」というようなラーニングの場にアクセスできることは大事である。自宅での「eラーニング」は仕事とみなさないという会社の多い日本では、「プライベートな時間まで仕事をしたくない」という意見をよくきくが、デンマークの多くの企業は、仕事時間ではなく、仕事のアウトプットを重要視するので、社員がどこで、いつやるかはあまり問題ではない。

このように、デンマークでは、ラーニングそのものが、従来のように「研修」だけではなく、日常の同僚、上司、顧客との「対話」、自宅での「バーチャルチームとのミーティング」で学ぶこともラーニングという捉え方が浸透しており、「対話」、「イノベーション」、「コラボレーション」をサポートする「eラーニング」ツールへの関心はより高まるものと思われる。
 

ヨーロッパにおけるeラーニングの動向
イギリスの「eラーニング」コンサル会社のキネオはヨーロッパで著名なコンサルタント数名に2007年の動向について予測してもらっているが、そのキーポイントを下記にまとめてみた。

  • インフォーマル・ラーニングの認識が高まり、マネージメントはインフォーマル・ラーニングをサポートしはじめる

  • 「会話」と「振り返り」を通して学ぶということが重要視され、グーグルノートのようなツールが注目される

  • 多くの社員が、「時代に遅れることないようにプロとしてのキャリア開発を自律的にする必要があり、そのためにパーソナルなブログ、RSSリーダー、ソーシャル・ネットワークのツールを使っていくことが必要である」ことに気づいており、このようなツールが日常業務の中で見えないような形でやれるようになることを望んでいる

  • 職場でのウィキやブログの利用は増える

  • プッシュ型からプル型へ移行することによってよりラーニングはパーソナル化される

  • ワークフローベースのラーニングの増加

  • セカンドライフのようなゲーム的な学習環境の利用が増加

  • テクノロジーより、ラーニングとラーナーに注力

「ラーニング・オーガニゼーション」という形で成長しようとしている企業ほど、デンマークの企業と同様に「eラーニング」という言葉と、社員の日常業務活動との切り分けはなくなってくると思われる。

総論
今回は、デンマークという国、企業の成長、人材育成という大きな視点から随所でeラーニングの役割にスポットライトをあててみるという今までとは違うアプローチでレポートしてみた。それは、デンマークの場合、eラーニングだけを切り離してレポートしても、その存在価値がよく理解しきれないのではと判断したからである。「eラーニング」が社会の動き、経済の動きといかに関係しているか、そしてそれが、国の成長、企業の成長、個人の成長とどう関わっているかということを無視して、コスト削減といったROIだけに焦点をあてても成功事例にはならないからである。

このようにデンマークをレポートし、筆者自身「時代の変化に対応する」ことの意味を強く学んだ。デンマークはビジネスのグローバル化によって、社会そのものをこの変化に対応させなければならないと国のトップが気づき、2005年に対応策を実施し、企業もそれに足並みをそろえた。その結果「情報社会国家」世界一位になった。小国だからできたといえばそれまでであるが、国のトップと企業のトップのリーダーシップに負う所が多いと思う。時代の変化、社会の動きを見据えた行動をとれるリーダ達の存在は無視できない。

2007年になってからも、デンマークは他のヨーロッパ企業に先駆けて革新的なビジネスモデルを創出している。コペンハーゲンに本社のある投資銀行SAXO BANKは、3月にセカンドライフにバーチャルな本店をおくことにし、バーチャル銀行員で業務を行っていく予定である。これに伴って、セカンドライフを利用したラーニング利用も増加することは疑う余地はない。このように、デンマークの企業は新しいことを恐れず、やってみる、だめならば、また次のことをやるエネルギーがある。そして、そのときの勝負する市場は国内ではなく、常に世界を向いている。しかし、このエネルギーは社会制度、ITインフラ等の国のバックがあるからこそ出し続けることができるのである。

日本は「情報化社会に社会が対応すべきだということに気づいている指導者が少ないし、この遅れをなんとかしなければならないのだという論調も少ない」と小松氏が冒頭で指摘していたが、デンマークのやり方がそのまま日本に通用しないまでも、日本の情報化社会の発展に対して何らかのヒントになれば幸いである。

お蔭様でご好評頂きました欧州編は今回を持って終了致します。ご愛読有難うござました。次回からはまた新しいテーマでeラーニングに関する最新事情を報告します。

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