第18-2回 欧州総括編(2/4)ヨーロッパにおける「情報化社会に対応した」人材育成 (後編)デンマークの労働市場と知的生産者育成モデル

2007/08/21

ダニスコ社の人材育成ケーススタディー
ここまで、経済競争力につながる高い質の知的生産者の育成のしくみを政策面からみてきたが、では、企業内人材育成という観点で見た場合、このような国の施策は実際のところどのような形で一つの企業に反映されているのだろうか?また、デンマークの企業の競争力といわれている「イノベーション」と「変化への速い対応スピード力」は、どのような人材育成を通して出てくるのであろうか?デンマークの大手の優良企業であるダニスコ社に焦点をあててみた。(また、アメリカの子会社であるバイオテクノロジーの会社、ジェネンコア・インターナショナル社の人材開発部副社長であるジェームズ・スジョルズマ氏とは、2006年にインタビューをする機会があったので、アメリカの事情も入れながら、以下にご紹介したいと思う)

1.ダニスコ社会社概要
同社は、デンマークのコペンハーゲンに本社のある食品素材メーカー(甘味料等)で、1989年に創立された。社員数1万7千人で、46カ国に支社、子会社がある。

ダニスコ社は、次の5つの企業価値があり、企業価値の実践のために「ダニスコウェイ」という行動規範がある。
1. 革新的である
2. 対話を信頼する
3. コンピテンシーを築く
4. 価値を創造する
5. 責任感ある行動をする

同社では、このような企業価値をDNAとしていくためにさまざまなアプローチで人材育成に取り組んでいる。eラーニングがうまく活用されているものを織り交ぜながら、そのいくつかを下記にとりあげてみた。

2.イノベーションを生むしくみ
「知識ベースカンパニー」を標榜する同社にとってイノベーションは「ビジネスの心髄」である。企業の価値の中でも一番高い価値である。イノベーションを創造できる会社となるために、「ダニスコウェイ」は、「社員は、何かをするときに、新しいアイデア、方法に対してオープンなマインドであたる」、「社員は、イノベーションと継続的な向上に向けて知識と創造性を活用する」を行動規範として明示している。このようなダニスコウェイが実行できるような人材育成として、同社では「グローバル・イノベーション・ネットワーク」制度と「ダニスコ・ナレッジ・ラボ」というバーチャル・ラーニング・ラボが活用されている。

 グローバル・イノベーション・ネットワーク
「グローバル・イノベーション・ネットワーク」制度は、ナレッジ・マネージメントとナレッジ共有を通して社員が競争力のあるソリューションを顧客に提供するのに必要な知識開発を行うことを目的として作られた制度である。プロフェッショナルな人材ネットワーク制度で、全社的に、30以上の「ナレッジ・チーム」がある。ナレッジ・チームの目的はひとつの専門分野で生まれた新しい知識や開発されたものを、世界中のカスタマーのためにコミュニケートすることにある。すべてのイノベーション・サイト(イノベーションが生まれたチームのいるサイト)の代表者は、年に2-3度地域レベルのミーティングで顔を合わせ、知識や体験を共有しあう。対面のミーティング以外の時は、バーチャルな場で意見交換している。

2004年には、ナレッジ・ネットワークシステムが導入され、このシステムを使ったグローバル・ミーティングがあった。CEOも自ら参加し「グローバルなイノベーションにナレッジ・マネージメントがいかに重要であるか」をコミュニケートした。世界中から参加した100人以上の社員は、「社員全員が自分の知識を皆と共有し、お互いに学びあうことで、カスタマーにより速いソリューションを提供する」ことをコミットした。このようなシステム利用推進活動の効果もあり、現在は、このシステムを利用したコラボレーション学習がグローバルに日常の仕事として行われている
 

  • 製造工場のナレッジチーム例: 「グローバル・リング・チーム」

    • 工場でリングチームを作る
      ある専門について担当者3人程度が集まり、一人をリーダーとして話し合う。

    • 各地の工場のリングチーム・リーダーが集まりグローバル・リング・チームを作る

      • 工場間の競争ではなく、学習の共有というコラボレーションが主眼

      • グローバル・リング・チームは1カ月に1回ビデオや電話を使ってコンフェレンスを行い、3カ月に1回は対面コンフェレンスを行う


ダニスコ・ナレッジ・ラボ
「クレージーと思われるようなアイデア、びっくりするような知識、ユニークな問題解決」は同社にとっては、日常の仕事をやっている中で出てくるものである。今まで社内で培われた知識(感覚的な分析、グローバル動向、複雑な分析、)を共有し、気づきを通して学んでいける場が必要ということで、ダニスコ・ナレッジ・ラボ(具体例:Visit the Knowledge Lab website )というバーチャルラボを構築した。これは、今までの経験を単なる文章説明ではなく、聞いて、見て、触って、感じてという人間の感覚機能をできるだけウェブで体験して学んでいくやり方である。ただ単なる情報を収集のサイトとしてではなく、「何だろう、やってみたことがないけど、やってみよう、味わってみたい、面白そう」というアプローチで活用すると大変面白い体験学習となり、実際に自分がいろいろと試してみないと意味がないようにデザインできている。

アメリカのジェネンコア社の人材開発部副社長であるジェームズ・スジョルズマ氏が「eラーニング」を導入する際に人間の感性に訴えるようになっているかどうか、アクセスがしやすく、簡単に接続できて、プログラムの使い方も簡単になっているかどうかということに注意を払っている」と言っていたが、その理由が、「イノベーション」が生まれやすいような学習環境を提供しようとしていることに大きく関係していることがよくわかった。同社にとって「eラーニング」の利用理由は「コスト削減」より「革新的である企業」という企業文化との「整合性」にある。

3.対話を通しての人材育成
ダニスコ社では、対話は、ビジネスの継続的な成長になによりも欠かせないものとしており、社員に対しても対話で育成することを重要視している。

社員のキャリアはトップダウンではなく、話し合いで決める風土
同社には、全社員を対象にし上級管理職が1年に1度本社から出向いて2日間かけて、社員と直接に話し合うという制度がある。一人一人の社員と会い「その人が何を達成したか」、「何か自己開発できる機会とは」ということを中心に、今までとは違う角度で社員を見て、話し合いを行う。「どんな新しい仕事と、どんな機会がほしいのか」、「従業員の関心、スキルをどう活かせるのか」、「職種や職環境を変えることで、モチベーション高く仕事をしていけるのか」などを、この2日で見極めていく。

上級管理職達は日常業務に追われ、じっくりと部下のことを考えることがなかなかできない。だからこの2日間で「テッドは同じチームにこの仕事を2年間やっている、少し、バーンアウトしているね。他のチームで、テッドのもっている強みを生かしたらどうだろう? どのようなプロジェクトが彼に向いているだろうか、テッドは継続的に自分自身が成長しチャレンジしていく機会をあたえられているだろうか? テッドの次のステップはなんだろう?」というようなことを考える。現在、360度評価を入れたオンライン評価ツール等が、このような育成活動に利用されている。

このように上級管理職達が、社員一人一人の特性を見極めながら適合した仕事を考え、どのように個人のスキルを生かし、個人にやりがいを感じるような仕事を提供できるかを社員と対等に対話する機会が社内にあることは、上下関係をなくし、組織をフラット化し、組織の壁を除去し、イノベーションを醸成するのに大きく貢献している。事実、一社員があるアイデアがあって、副社長がこのアイデアについてのいい話し相手だとすると、直接話を持っていくことができる。

このように対等な対話を大事にする文化は、企業にイノベーションをもたらすだけではなく、一人一人の社員の自律心を養うのにも貢献している。対話を通して、社員は自分の会社への貢献度、成長を感じ、自主的に自分の仕事、キャリアにおける決定をし、自分の決定に対して自己責任がとれるようになる。 

欧州編総括号(前編)はこれで終了。次回からは欧州編総括号(後編)を発行いたします。

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