第18-1回 欧州総括編(1/4)ヨーロッパにおける「情報化社会に対応した」人材育成 (前編)デンマークの労働市場と知的生産者育成モデル

2007/07/12

工業化社会からから抜けきれていない日本
eLCの会長、小松氏は、日本は時代の変化に以前として気が付いていないと日本の情報化社会への対応の遅れを手厳しく評価している。実際、前回でもご紹介したように、2006年にEUが主導で調査した「国全体のIT化ランキングレベル」(E-Readiness)では日本は世界の中で21位であった。(世界経済フォーラムのグローバル・ITレポート2006-2007によると日本は14位)、当然10位には入っていると思い込んでいた多くの日本のITメーカーには以外な結果であった。

小松氏は、その調査結果とは関係なく、「情報化社会に社会が対応すべきだということに気づいている指導者が少ないし、この遅れをなんとかしなければならないのだという論調も少ない。これまではわかりやすい具体的なシステムが無かったので、日本を遅らせているのではないかと思う。アメリカはベンチマーキングしてみている」と日本の対応の遅れの理由を分析していた。確かに、上記のEUも数年前からベンチマーキングをして、必要性を把握してから、IT化へのさまざまな施策を実施してきているおかげで、2006年のランキングでは、上位10位はシンガポール、USを除いてすべてヨーロッパ諸国であった。

今回は、EUの「国全体のIT化ランキング」(E-Readiness)の調査、世界経済フォーラムのグローバル・ITレポート2006-2007ともに一位であったデンマークに焦点をあて、デンマークが「どのように国として情報化社会へ対応してきたのか」、「デンマークの企業はどのように情報化社会で必要な人材育成をやっているのか」、「2007年のヨーロッパにおけるeラーニング動向」を最後に入れて、全体を2回に分けて企業事例をご紹介しながらレポートしたい。また、今回のレポートは「eラーニング」からの切口ではなく、国の経済競争力につながった「情報化社会で必要な人材育成」という切口で国の動きと企業事例を考察し、その中での「eラーニング」の活用事例という形でまとめてみた。

なお今回から4回に分けて欧州編を総括します。是非最後まで目を通して下さい。

デンマークの競争力
デンマークの情報化社会への対応の成功を証明しているものは、上記の「E-Readiness」ランキングトップという結果だけではない。2006年の10月にはコペンハーゲン市がスカンディナビア諸国の150の市の中から「未来都市」ランキング1位に選ばれた。その理由としては、「研究環境が最適、ITと通信インフラ環境も最良というデンマークのビジネス環境」と、「高い教育レベルをもったフレクシブルな労働者市場」があげられている。また、世界経済フォーラムのグローバル経済競争力をランキングしたGlobal Competitiveness Report 2006-2007によると、デンマークは世界で4位(スイス1位、アメリカは6位、日本は7位)であった。

このようにデンマークは、小国であるにもかかわらず、この1-2年の間に、IT化では世界トップ、経済競争力もトップレベルにのしあがったが、その秘密はどこにあるのだろうか?デンマークならではのビジネスモデルがあるのだろうか?デンマークの「高い教育レベルをもったフレクシブルな労働者市場」は、どのようにしてできあがったのだろうか?「高い教育レベルをもったフレクシブルな労働者」とは具体的にどういう意味なのであろうか?それが、企業の人材育成とどう関係しているのであろうか?今まで、社会福祉国家の進んだ農業国家として以外あまり目立たなかったデンマークであるが、このように農業国家から情報化国家へみごとに脱皮したデンマークに対して、いくつも疑問が沸いてくる。この疑問を解明するのにまず、国全体の社会変革の動きに焦点をあててみた。

「知」を競争力とする国の政策
1990年代にアジアや東ヨーロッパの諸国からの経済的な圧力は、デンマークにも押し寄せてきたが、高い給料、高い生産性という従来のデンマークの経済モデルは、この圧力にはびくともしなかった。むしろ、それが追い風となり、新しい経済、新しいアウトソーシングの場が登場し、デンマークの企業の競争力が強化された。しかし、「グローバリゼーション」という大きな圧力には、さすがのデンマークもこのままでは経済的に生き残れないという危機感が大きくなり、2005年には、ラスムッセン(Anders Fogh Rasmussen)政党の下で、「デンマークを成長と知識と起業化精神をリードする社会にする」ことを目的とした10年プロジェクトがスタートした。(http://www.danishexporters.dk/scripts/danishexporters
すなわち、徹底的に「知」を資源としたモデルへの変換である。「知」で「情報化社会」での経済競争力を培っていこうということで、大きく4つの戦略がうち出された。

  • 「教育を最優先し、教育レベルが世界で通用するトップレベルの国」

    • 国語、数学、科学、英語において高い教育レベルのある人材を早く社会に創出する。

  • 「情報化社会をリードする国」

    • 国のGDPの1%をR&Dの助成金にあてる、企業のGDPの3%はR&Dに投資する。研究は革新的で、世界に通用するもの。研究結果は、新しいテクノロジー、プロセス、製品、サービスに還元する。

  • 「起業家精神をリードする国」

    • ヨーロッパの中で、毎年、新しい会社の創立数が一番多い国にする。世界でスタートアップの会社が一番大きな国にする

  • 「先進的なイノベーション社会にする」

    • デンマークの企業、機関を世界で一番革新性のある組織にする。

このような「知を資源とした」経済力強化戦略は功をなし、メディコンバレーの発展につながった。「メディコンバレー」は、コペンハーゲンの北部あたりからスウェーデンの南部一帯に位置し、バイオテクノロジーとそのR&Dで有名で、そこには125社のバイオ関係会社、大学、研究所がある。「メディコンバレー」で働く人達の3分の2以上が高い教育レベルをもったデンマーク人達で占められている。

また、これらの戦略で打ち出されたキーワード「高い教育レベル」、「情報化社会」、「起業家精神」、「イノベーション」は、企業文化としてとり入れている会社が多く、デンマーク企業全体に共通したビジネス風土になっている。また、デンマークの企業はグローバル・ビジネスをターゲットにしているので、英語を共通言語としている。新入社員には、eラーニングを使ったりして英語教育を徹底して行っているというのも、この戦略の効果である。

労働者のモービリティーを支える国の政策
しかし、デンマークがUS、日本、ドイツという経済大国を経済競争力で越えた理由は、この4つの「知を資源とした」経済力強化戦略の実施だけではなく、もう一つ「社会福祉制度の改革」にもある。他の経済大国と同様、団塊世代の退職数が増え、労働者数が減っていくという問題に対応するための施策であった。この二つのアプローチの結果、現在の「Flexicurityフレクシキュリティー」制度が生まれた。これは、「Flexibility」と「 security」を一緒にした言葉で、国の社会福祉制度がサポートすることで企業が社員を雇用したり、解雇したりすることをしやすくした制度である。労働条件は、どの国よりも高いレベルで保障されており、デンマークの国民だけではなく外国人、海外で働くデンマーク人にもあてはまる。従って、海外からの高い質の労働者も安心してこの国で働けるわけで、労働者の「モービリティー」が高いわけである。

IMD、ワールドバンク、OECD等の世界機構の国際調査結果によると、デンマークの労働者市場は世界で一番フレクシブルな市場の一つであると言う。デンマークでは、毎年、25万の仕事がなくなるが、同時に、少なくとも同じ数の新しい仕事が生まれている。結果として、離職率がかなり高くても、80万人が毎年新しい仕事についており、事実、今日の就職率は歴史上一番高いという現象になっている。

このように、デンマークのビジネス環境はダイナミックに常に変化しているが、人もダイナミックに動き変化し、新しい環境に俊敏に対応できるしくみになっているところが、他のヨーロッパ諸国と違う強さである。このダイナミックな環境に強い高い質の人材が確保ができるという保障が、多くの国際企業を魅了し、高い給与、高い税金を払ってでもデンマークにオフィスをもつことを躊躇させない理由である。

- 次回 後編へつづく -

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