第11回「企業の見えない知的資産をパフォーマンスにつなげる学習システム」

2005/07/28

インテグレイティド・ラーニング・システム

VISAインターナショナル社のVPであるジェイコブ氏は、昨年のインタビューで「今後のeラーニングへの展望として、ナレッジナレッジ・センターとしてより成長することの期待が大きい。コミュニティー・オブ・プラクティスでプラクティスを共有したりして、世界中の社員から学び合うことが可能な環境にしたい。毎日の自分の仕事に直結したものを、職場で仕事をしながら学べるように"インテグレイティッド・ラーニング"をより推進するつもりである」と話してくれた。

「インテグレイティド・ラーニング」は、インフォーマル・ラーニングや新しい学習システムの話をしているときによく耳にする言葉であるが、そもそもどのようなラーニングのことを意味しているのだろうか?今回は、新しい学習システムとしての「インテグレイティド・ラーニング」にフォーカスして調査してみた。

インテグレイティド・ラーニングとは?
ユーザーである冒頭のVISAインターナショナル社のジェイコブ氏は「インテグレイティド・ラーニング」を下記のような学習環境が提供できるナレッジナレッジ・センター的なシステムと言っている。

1.コミュニティー・オブ・プラクティスという場で、社員のプラクティスを共有できる。

2.世界中の社員から相互に学び合うことができる。

3.毎日の自分の仕事に直結したものを、職場で仕事をしながら学べる。

「インテグレイティド・ラーニング・システム」のベンダーでありかつユーザーであるHP社は「インテグレイティド・ラーニング、は適切な方法で、必要な時に、組織の中で必要としている所へ、必要な教育をデリバリーするためのend-to-endのアプローチである。インテグレイティド・ラーニング・システムは特定のニーズに合わせて、コンテンツ・サービス、ラーニングのインフラ・サービス、ソリューション・サービスをタイムリーに提供できるシステムである。」と定義している。
また、「インテグレイティド・ラーニング・システム」のベンダーとして知られているニュー・ホライゾンズ社は「学習者を学習ライフサイクル(評価、学習、強化、サポート、テスト)のすべてのステージで導いていけるような学習アプローチで、集合研修、eラーニング、サービスを一つにしたものである。eラーニングは同期型のライブクラスと非同期のWBTがある。」と定義している。

さらにASTDの説明を見ると、「ILS (integrated learning system): インストラクション用に使われるソフトウェア、ハードウェアとネットワークを一緒にした一つのシステム。システムは、カリキュラムやレベル毎に整理されたレッスンを提供するだけではなく、評価ツール、履歴の記録ツール、レポート作成ツール、ユーザー情報ファイルツール(学習ニーズ、学習者の進捗状況、学習者の履歴の維持等に役立つ)等が含まれる」とある。

なぜインテグレイティド・ラーニング?
HP社のインテグレイティッド・ラーニング環境開発を担当しているOliver Tian氏 は、「ナレッジ・ベース経済のダイナミックな市場において、ラーニングはスピードと効率性において競争力の源泉となる。多大な仕事量に対してリソースは限られているという職場の現実の中で、インテグレイティッド・ラーニングのアプローチを使うことによって、社員が事業目標を達成するためのタイムリーなコンピテンシーを身につけることができるような継続的なラーニングを作り、デリバリーできるから。」と、学習スピードのベネフィットを強調してから、さらに学術的な観点から次の4つのベネフィットを追加している。

1. 学習者が必要としている内容のみを学習することで、新しいスキルを応用できるまでの時間を短縮 できる。

2. 知識の獲得と伝達を効率的にできる。知識を小さいカプセルの中に入れることによって、更新や収集がやり易くなる。

3. 学習方法の選択肢があるというフレキシビリティーは、学習者の知識を獲得しようというモーチベーションを高める。

4. コミュニティー・オブ・プラクティスは離職率を減らす。同じ関心のある社員達は自分達のコミュニティーを作ろうとし、その中では会社が競争力として利用できる価値ある知的資産が形成される。このようなコミュニティーに属している社員は、帰属意識が強くなり、お互いに職場に留まるように作用することが多い。

インテグレイティド・ラーニングの環境が整うと、さまざまな学習メディアとスタイルをブレンドし、効率的に学習プロセスをスピードアップできるような研修とジョブ・サポートをデリバリーできるようになる。このような環境下において、社員は自分の学習スタイルと目的に合わせて、広範囲に渡る学習方法を選択できるようになる。すなわち、フォーマル、インフォーマルの両方のラーニングの選択が可能になるということである。
 前回のレポートで、ユーザーはインフォーマル・ラーニングに高い関心を持ち始めているということに触れたが、一つのシステムで、フォーマル、インフォーマルの両方のラーニングができるインテグレイティド・ラーニング・システムというのは、ユーザーにとって願ってもないシステムということになる。

ベンダー別製品の例
では、具体的にはベンダーはどのような学習システムを「インテグレイティド・ラーニング」と称しているのだろうか?いくつかのベンダーの製品の中身を比較してみたいと思う。

HP社
システムは大きく次の3つのコンポーネントから構成される。

コンポーネント:
1. HPオンライン・フォーラム:ITのプロの人達が集まって問題解決、意見交換ができる場。ITリソースセンターを使っている50万人の仲間から御互いに学びあうことができる。
a. ITリソース・センターはITプロ向けの大きなナレッジソースを提供する機能をもち、インストラクター主導型のオンライン研修、セルフペースのWBT研修や書籍、マニュアル、白書、さらにテーマ毎のディスカッション・グループ等にアクセスできる。

2. HPバーチャル・クラスルーム:インストラクター主導型のオンライン研修で、参加者はインターネットと別のオーディオ・コネクションに同時に接続されていて、インストラクターや他の参加者とリアルタイムに話ができる。

3. eラーニング・オン・タップ:eラーニング用のホスティング・サービスのこと。ユーザーはホスティングの心配をせず、インストラクター主導型の研修を必要な時に随時にリアルタイムでコスト的に効率性のあるデリバリーを受けることができる。

ゼネレーション21社
「エンタープライズ」という製品は、ナレッジマネージメントとラーニングを一緒にした「インテグレイティド・ラーニング」システムである。コンテンツ開発ツールが入ったLMSとLCMSを一緒にしたもので、オンラインと集合研修の両方をサポートする。特許申請中の「ユニバーサル・ナレッジ・オブジェクト」テクノロジーにより仕事(実際に学習が行われる場)をしている社員へ「一口サイズ」(オブジェクトのサイズが小さいという意味)の情報 をデリバリーできる。社員は、必要なときに即時に「一口サイズ」の情報を取り出すことができる。その際、仕事は中断されることはない。

システムは大きく次の3つのコンポーネントから構成される。

コンポーネント:
1. the Knowledge Manager (LMS)
a. 登録、請求書作成 、スケジューリング、教材、メンター等のリソースの指定場所 はすべてウェブ上で管理ができる。
b. 自分用の「ロール」を設定でき、職務によって複数の「ロール」 (例えば、Aさんは、ある新規事業の プロジェクトにおいて、「プロジェクト・マネージャー」で「役員への新技術説明」、「顧客へのプレゼン」等いくつかの「ロール」がある)を設定することもできる。

2. the Knowledge Assembler (content development tool)
a. 提供されるオーサリング・ツールを使って、誰もが簡単にかつスピーディーにコンテンツの開発ができる。
b. ナレッジ・オブジェクトを使って、自動的にコース資料を更新できる。
c. 他のロケーションにいる人達とリアルタイムでコラボレートしてラーニング・コンテンツを共同開発ができる。
d. SCORM、AICC、その他のスタンダードに準拠しなければならないコンテンツに対してプラグ&プレイできる。

3. the Knowledge Navigator (user interface)
a. ユーザーがすでに知っているコンテンツを自動的に排除することにより、「速い学習」が可能となる。
b. 「インスタント・ナレッジ」にデスクトップや他のワイヤレスのデバイスを使ってアクセスすることにより、ユーザーがスケジューリングされた 必要な情報を受信できる。
c. チャット、メッセージ・フォーラム、eメール等でコラボレーションができ、 同期型の学習が可能となる。
d. レッスン、マニュアル、その他のパフォーマンス・サポート用の情報は、ライブラリー資料として即時に検索できる。

ニュー・ホライゾンズ社
「インテグレイティッド・ラーニング・マネージャー」という製品は、事業戦略に結びついた学習ソリューションを個人にもグループにも提供でき、予算に合わせて研修方法を決めることができる。個人のスキルの評価、進捗度の履歴を管理し学習に対する集中力を増加させるとともに、会社全体の研修管理が可能となる。
このシステムは、学習ライフサイクルをカバーするコンポーネントから構成される

コンポーネント:5つの学習ライフサイクル
1. Assess パーソナルなコンサルテーションと評価テスト

2. Learn 最適な研修の方法
a. クラスルーム 集合研修とWBTを一緒にしたブレンド型
b. オンラインでのインストラクター主導の同期型クラスルーム
c. セルフペースのWBT

3. Reinforce 学習強化のための参考資料、ヘルプデスク等

4. Support  パーソナル化したサービス〔各学習者は自分専用のポータルサイトがあり、それに関するテクニカルなサポートを受けることができる〕 とリソース へのアクセス

5. Validate サーティフィケーションのテスト等

Thomson NETg
コンテンツ、テクノロジー、サービスを一つにした最高の形のソリューションである。インパクトの高いデリバリー、インプリメンテーションが易しく、自分のビジネス・ゴールに特化した最先端の企業研修とプログラム開発ができる。

システムは次の3つのコンポーネントから構成される。

1. コンテンツ
a. eラーニングコース:自分のニーズに合わせて自分でカスタム化できる。
b. eレフェレンス文献: just-in-timeに必要な情報にアクセスできる。
c. 24時間提供されるメンタリング・サービス :リアルタイムでの個人サポートがある。
d. 集合研修の資料:集合研修の学習経験と同じ質を保証できる。
e. コース・カード:職場での参考資料として使える便利な速見表を提供する。

2. デリバリー・テクノロジー
a. LMS、LCMS、VCS(Virtual Classroom System)、オーサリング・システムのことを言う。
b. 必要な時に、必要とする場所で、最適な方法で学習プログラムにアクセスできる。

3. 戦略的サービスコンサルティング・サービス
a. ニーズ分析、カリキュラム開発、カスタムコース・コンテンツ、ニーズに合わせた評価を行う。

SABA社
「インテグレイティド・マネージメント・システム」という製品は、新しいアカウンタビリティ・ベース手法とプロフェッショナルなサービスを用いて、一つのシステムから世界中の社員へ必要な研修を提供することができ、企業と個人の最高のパフォーマンスの達成に貢献できるとしている。
ラーニング、パフォーマンス、タレント、アナリティックス、コンテンツ・マネージメントから構成されるインテグレイティド HCM(human capital management)である。

IBM社
「The IBM Lotus Learning Management System」という製品は、ダイナミックな職場に直結した企業ポータル戦略の一部として学習環境を構築できる。ベネフィトとして、人事と人材管理に関してのレポーティングとトラッキングができる、コンピテンシーを基本にした学習ソリューションを開発できる、ブレンディド・ラーニングの設計が可能、社員が必要な時にリソース、情報を提供できるとしている。
システムは次の4つのコンポーネントから構成される。

コンポーネント:
1. ラーニング・マネージメント・サーバー
a. 集合研修と研修リソースの管理ができる。
b. コース・カタログ管理:多人数と個人登録や、プロフィールをベースとした登録をサポートする。
c. カリキュラム、サーティフィケーションのサポート
d. 学習者のロール(職責)を分析し、それに合わせたレベルにアクセスできる。
e. ユーザー・インターフェースのカスタム化ができる。
f. 空席待ちリスト、eメールやカレンダー掲示で案内を出すことができる。

2. コンテンツ・デリバリー
a. ユーザーへデリバリーするコンテンツの管理ができる。
b. 学習者の進捗状況のトラッキングができる。
c. AICCとSCORMに準拠している。

3. オフラインの学習クライアント
a. モバイル・ワーカーに適している。
b. 学習者がコースをダウンロードする。
c. 進捗状況は学習者が再接続したときにアップロードされる。

4. オーサリング・アセンブリー・ツール(AAT)
a. 研修トピックと活動を記述したコース概要を作成する。
b. オプションとしてアクセス可能なコースの関係付けを作成する。
c. 集合研修やライブ・バーチャル・クラス(LVC)を 入れたブレンディド・コースを作成する。
d. サード・パーティのコースウェア・コンテンツを取り込みできる。

これらのシステムを調査して分かったことであるが、コンポーネントの組み合わせはベンダーによって異なるが、多くのベンダーが他社のベンダー(ベンダーの数は複数になる場合が多い)の持っている良いものを自社のものと一緒にして一つの「インテグレイティド・ラーニング」システムとして使えるようにしていることが言える。

インターオペラビリティーの問題
2004年の第四回目のレポート「ユーザーが求めている学習システム」でシステムの統合化の動きを御紹介したが、あれから1年以上が過ぎ、確かに統合化は進んだ。実際、大きな企業は、この1-2年の間で、社内に存在しているいくつものシステムを一つのシステムにしようと大変なコストと労力を費やしている。ソフトウェア、ハードウェア、ネットワークは一つの統合化されたエンタープライズ・システムとなり、すべてのビジネスはこのシステムを使ってやることになった。当然の流れとして、ラーニングもこのビジネスシステムを使ってやることになった。すでにいくつかの企業は、統合化のフェーズが終わり、システムの使い方を全社員に研修するフェーズに入っている。しかし、ここで多くの企業が直面している問題がある。それは、インターオペラビリティーの問題である。

現在統合化に対して、SCORM、AICC、その他のガイドラインはあっても、インターオペラビリティーの保証ができないのが現実である。VISAインターナショナル社のようなカスタマーの要求に対応できるようなシームレスなラーニング・ソリューションを出すためには今のままでは充分ではなく、より一層の開発努力が必要であることは、多くのベンダーの認めるところである。そんな中で、スキルソフト社は、SAIL (SkillSoft Alliance for Integrated Learning)を提唱した。スキルソフト社はご存知のように、コンテンツ・リソースの会社であるが、インテグレイティド・エンタープライズ・ラーニングのテクノロジーを無償で提供している。SAILは、スキルソフト社のパートナー用にコンテンツ・リソース、LMS、他のラーニング・テクノロジーをシームレスに御互いに統合化するためのプログラムで、Oracle, Pathlore, Plateau, SABA, SumTotal Systems, THINQ社が現在メンバーである。メンバーはインターオペラビリティー・ラボにアクセスでき、製品を市場に出す前にテストができるという。

一つの大きなシステムを使ってすべてのビジネスをやっていこうとしているユーザーの動きに敏感に対応して、サム・トータルの社長Kevin Oakesは「ソフトウェア製品はカスタマー・エコシステムの中に他のビジネス・アプリケーションと統合化できるようにオープンなフレームワークを提供し共存できなければならない」と言っている。スキルソフト社とSabaの共通のカスタマーであるデロイト・コンサルティングLLP社のグローバルCLOであるNick van Damは「いいとこどりをしてできた製品を買おうとしている我々のような会社にとって、ラーニング・ソリューションのコンポーネントを統合するときにテクニカルな問題のないことは絶対条件である」と強調していた。

「いいとこどり」をした結果としての学習システム
このようにユーザーには選択肢が広がったが、同時に選ぶ側の責任も大きくなったと言える。「インテグレイティド・ラーニング・アーキテクチャー」を作るということは、次のような選択をしなければならないということになる。

1. LMS、 LCMS、 HCMS、 KMS、 コンテンツをどのようにミックスにするか?

2. 企業のIT戦略とそのシステム・アーキテクチャーはどうするか?
例えば、インフラ・データとストーレッジの構成はどうするか等

3. デリバリーに関わる以下のコンポーネントをどう選択し組み合わせるか?
a. バーチャル・クラスルーム(スピーディーな同期型学習)
b. EPSS (参考文献、本、ビデオ、ジョブ・エイド等)
c. パフォーマンスのメンタリング (メンターがOJT)
d. 実際に御互いの顔を見ながらの学習(インストラクター主導型)
e. WBT(非同期型学習)
f. 学習者の学習状況の評価

選択肢の広がった今、どのように「いいとこどり」をするかによって、自分の企業の経営に貢献できるようなシステムかどうかが決まると言える。ベンダー側のインターオペラビリティーが洗練されてくると、以前のように、ベンダーの責任にするということはできないのである。

 

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