第12回「ヨーロッパにおけるeラーニングの市場とサプライヤーの動き(1)」

2005/12/28

 「日本国内でのeラーニング普及が本格化しない原因の一つとして、米国的な組織論、人材育成論、ITの活用法が、日本企業、組織には受け入れにくいのでは」という声が、日本のeラーニング関連者の間で聞かれる。そこで、今回からは、ヨーロッパに視点をおいてレポートをまとめさせて頂くことになった。

ヨーロッパにおけるeラーニング市場についてまとめるには、ヨーロッパ協同体(EU)について少し触れておきたいと思う。現在、EU加盟国は25カ国で、総人口はワールドバンクの2002年の統計によると、中国、インドについて3番目に大きく3.8億人で日本の約3倍にあたる。ちなみにアメリカの人口は2.9億人で、面積で比較するとEUの3倍の広さになる。

今回のレポートでは、ヨーロッパ全体のeラーニング市場について、偏りがなくまとめられた最新の資料として、2005年に発表された"Study of the -learning suppliers' market in Europe"

http://www.europa.eu.int/comm/education/programmes/elearning/
doc/studies/market_study_en.pdf
 

2003年11月から2004年9月まで約1年をかけてデンマーク・テクノロジカル・インスティチュートが中心に調査したECのレポート)を参考にし、「ヨーロッパ全体でみたeラーニング市場」、「サプライヤーの特徴」を中心にまとめてみた。(通貨単位は換算レートが変動しているが、ユーロ=130円 $ドル=118円を基本的に使用)

I.ヨーロッパのeラーニング市場の成長状況と日米との比較

1.eラーニング市場として競争力のある国
2005年に出されたECの「ヨーロッパにおけるeラーニング業界市場レポート」によると、スウェーデン、フィンランド、ノルウェー等の北欧諸国が上位で次に、イギリス、スイス、アイルランド、オーストリア、フランス、そして次は以外であるが、チェコ、ハンガリーで、その下にドイツとなっている。このレポートでは、他の東ヨーロッパ諸国は将来性が高いと推測していた。

2.過去のeラーニング導入状況比較
2002年に出されたBizmedia社(イギリスの出版会社でナレッジ・マネージメントを中心としたeラーニングソリューションを提供する会社)の「ヨーロッパeラーニング・マーケット・サマリーレポート」によると、EU(当時15カ国)の社会人を対象とした研修のうち、45%はクラスルーム形式、15%はブレンデッド・ラーニング(「eラーニング白書2005/2006年版」によると、現在日本ではブレンデッド・ラーニングの概念は定着しているとある)で、10%がeラーニングだけを利用しているという。また、同様のレポートで、組織(会社、政府機関、専門学校等)が研修に投資する額を比較してみると、機器等テクノロジー関係は、全体の30%、コンテンツとサービス関係は15%で共に2000年より右肩上がりで増加している。現在、EU、米、日本ともに共通して言えることは、大手の企業程Eラーニングの導入率が高く(大手のIT企業は導入率が80%以上)で、ブレンデッド・ラーニングが全体の研修の半分以上である。


EUのデータ:「Bizmedia 社 2002年レポート」
日本のデータ:「ALIC 2004年の調査レポート、企業内教育における利用動向」を参照
USAのデータ:「2003年トレーニング誌とIDCデータ共同調査」


3.ヨーロッパの市場規模の動き
さまざまな資料は存在しているが、これらのデータは方法論と情報源の透明性に欠けていて、正確に把握するのは大変困難である。しかし、"Study of the -learning suppliers' market in Europe"は、独自の分析等と照らし合わせ、おおよそで50億ユーロ(約6500億円)が妥当な数字であると判断している。それに対し、アメリカと日本のeラーニング市場規模は以下の表に示した。



4.セグメント別に考察したヨーロッパのeラーニング市場
ヨーロッパのeラーニング市場としては、大きく次の5つのセグメントが考えられるが、eラーニング市場と一口に言えるものはない。多くのサプライヤーは、教育研修という大きな傘の下で、これらのいくつかのセグメントをまたいで、製品、サービスを提供しているのが現実であるが、セグメント別に考察することで、全体的な市場状況を把握してみたいと思う。(数値は2005年に発表された"Study of the -learning suppliers' market in Europe"を参考)



1)職場学習(企業内教育)市場:
(ここでは、企業だけではなく、官公庁の職場も含めているので、職場学習というセグメント名にしている)



日本、米、ヨーロッパにおけるeラーニング市場の成長率は違っていても成長パターンはよく似ていることが上記の比較でわかる。ただし、ヨーロッパの場合2004年の回復は企業向けの社内教育というよりも政府関係の職員研修からの収益によるものであるというのが実態である。

2)学校(初等中等)教育市場
ヨーロッパ諸国の教育制度は国によって大きく開きがある。共通点として挙げられるのは、義務教育は16歳までで、教師の年齢層が高い(教師の3分の2以上は40歳以上)ということである。

eラーニング市場としては、職場学習市場に次いで2番目に大きい市場である。ヨーロッパのほとんどの国では、各学校、地域レベルで購入するかどうかの判断が下されていて、その全体把握をするのは難しいので、残念ながら、学校市場に関する詳細な数字はないが、恐らく2003年の市場サイズは、10億ユーロぐらいと推定されている。テクノロジーの購入はほとんどの国が政府の予算に頼っている。コンテンツ市場に関しては、今まで、はっきりとした成功モデルが存在していない。ほとんどの施策は各教師が教材開発をすることをサポートすることが基本で、外注することは数少ない。BBCのような国営放送局が予算を出して教材開発することが多い。ほとんど政府主導型で、利益を目的としない組織が活躍している場合が多い。

3)高等教育(大学)市場:
2003年のヨーロッパの高等教育におけるeラーニングへの投資額("Study of the -learning suppliers' market in Europe"の研究チームの見積もり資料を参照)は、テクノロジーに6千万ユーロ(約78億円)、コンテンツとサービスに4千万ユーロ(約52億円)で、全部で1億ユーロ(約130億円)になる。

ほとんどの大学は詳細な数字を発表していないので、高等教育における収益を試算するのは大変困難である。しかし、数百万ユーロ(数億円)に達するか達しないかの数字ではないかと推定できる。アメリカの場合、教育コンサルティング・研究会社であるeduventures Inc.によると、2002年には35万人の学生(アメリカの高校を卒業した人達の全人口の2%弱)がオンラインで遠隔学習プログラムに登録しており、市場としては2002年から2003年(学年度)には$25億ドル(約2900億円)サイズで、2004年から2005年には$42億ドル(約4900億円)にまで成長すると予測されており、これは、年率31%の成長率である。あくまでも、推定数字をもとにしたもので確証できるわけではないが、上記の数字をみると、ヨーロッパの2003年のこの市場のサイズはアメリカの約20分の1しかないことになる。

2003年のイギリスのHEFCE(イギリス高等教育助成金機関、  http://www.hefce.ac.uk) のレポートによると、ほとんどの大学はブレンデッド・ラーニング型で、オフキャンパスの学生にだけ提供するというやり方をしている大学は数少ない。テクノロジーとしては、学生と教授用のVirtual Learning Environments(VLE)と 管理用のManaged Learning Environments (MLE)が使われており、MLEの半分以上が大学内で開発されたものであるが、9%はアウトソーシングで、18%がシステムベンダーから購入したものである。VLEの50%は大学内で開発されたもので、ベンダーとしてこの市場に進出しているのは極僅かである。アメリカのブラックボード社とWebCT社(共にWebコース用のオーサリング、デリバリー、管理等のツールを提供する会社で、今年の10月12日に合併の計画を発表した)がそのほとんどで、後は数えるぐらいだが、イギリスのGranada Learnwise社(イギリスのマルチメディア関連の教育リソースを提供する会社)、 First Class社(カナダのオープンテキスト社の子会社で、オンライン上での協調学習用のコミュニケーションツールを提供)、ドイツの Hyperwave社(エンタープライズ・コンテンツ管理のインフラとWebコンフェレンス環境を提供する会社)がある。

今後の動きとして注目すべきシステムは、Moodle(http://moodle.org)のようなオープンソースである。これは、オンライン学習コミュニティーを構築するためのコース管理システム(CMS)で、ソフトウェアとサポートサービスを無料で提供している。Moodleによると、ヨーロッパ全体の大学に広がっており、世界中に138カ国、7万5千以上の登録ユーザー数がある。ヨーロッパでサイトが一番多いのがイギリスで130サイト、次がスペインの92サイトでイタリア、ドイツの順になっている。このように、オープンソースの利用が拡大すると、大学のオンライン学習の売上増加は期待できないことになる。大学における市販のプラットフォーム・テクノロジーの売上率の鈍化は、「オープン・ソース・プラットフォーム」がより広範囲で受け入れらるという新しい大きな流れに入ったことを意味する。

4)職業教育訓練(VET)市場:
この市場は、2003年の試算では、0.5億ユーロ(約65億円)しかなかった。市販のシステムを購入しているのは、高等教育機関全体の3分の1以下で、後は、カスタム化かアウトソーシングの形でシステムをもっているという(2004年のHEFCEのML調査レポート)。

成長が見られるのは2つで、一つは専門学校の改革を目的とした公的に補助金を得ているプログラムで、基本スキルの向上、義務教育以上の資格取得のためにeラーニングを利用することを推進している。もう一つはICT(情報コミュニケーションテクノロジー、ヨーロッパではITよりもICTを敢えて使っているようである)スキル向上、そして職場での実践力育成のためのプログラムである。

5)家庭市場:
高等教育機関が個人向けに提供しているもので、eラーニングの家庭での利用はヨーロッパで増えていると言える。これらの受講者は必ずしもキャリア-・アップを目的としたものだけではなく、自分の時間とお金を使って仕事と関係のないコースをとっている人達もいる。特にイギリスのUK Open Universityはそのいい例である。残念ながら、ヨーロッパ全体に渡っての受講者数、受講科目等の統計資料は現在ない。

このように一般社会人が家庭学習としてeラーニングを利用するケースも増えているが、これらの社会人を対象とした学習コンテンツは出版社、放送局が提供している。この種の市場は伸びると期待されているが、現在は無料サービスなので、どれだけビジネスとなるのかは定かではない。エジュテインメントとしては、Pan Vision社(スウェーデンのゲームソフト会社)は企業向けと家庭向けのコンテンツを提供している。

この家庭学習市場の伸びは、高齢層と低い年齢層の受け入れ具合、ブロードバンドの広がり具合、アクセスコストの低下、さまざまなメディアへのアクセスの容易さによって左右されるという。

II.EUのサプライヤーの特徴

1.国内的な動き
Eラーニングのサプライヤーは零細企業(従業員が10人以下)がほとんどで大変流動的である。このことは、eラーニングに限らずEU全体で言えることである。すなわち、数限られた一部の大手企業以外、eラーニングの対象カスタマーはほとんど中小企業である。また、eラーニングの中では大手企業とみなされている企業でさえも、eラーニングだけをビジネスとしている企業は数少ない。もともと、出版業界、ICT(情報コミュニケーション・テクノロジー)業界からeラーニングに進出しているというケースが多い。大手のIT企業がeラーニングに進出しているというケースが多いというところでは、日本と似ている。

多くのサプライヤーは過去数年にわたって赤字経営を続けており、利益を計上していたのはほんの僅かで、大きなeラーニングサプライヤーの合併が相次いでいた。このような事情で、投資家のサプライヤーへの将来性に対する信用度が低く投資額は少ない。コスト削減のため、人員削減、R&Dの予算カット、しいては低賃金の他の国へ(アジア、他のEU諸国)アウトソーシングしているサプライヤーもいる。しかし、小さく、ローカルでニッチマーケットをねらっているプレーヤーは落ち着いている。

最近の政府関連組織の職場改善プロジェクトにともなって、eラーニングの需要が高まり、サプライヤーには明るいニュースではあるが、この中に入りこむには、自分達以外の企業を含めた大変複雑な構造の中で長期にわたってビジネスをする必要があるので、決して楽な成長にはつながっていないのが現実である。

2.国を超えたグローバル・サプライヤーの動き
企業内教育関係のLCM(Learning Content Management),VL(Virtual Learning)等のテクノロジー関連では、サム・トータル社、サバ社、IBM社、高等教育関係では、ブラックボード社、WebCT社のような国際サプライヤーがマーケットリーダーとして君臨している。西ヨーロッパ諸国のサプライヤーの中で特に飛び抜けたセグメントのシェアを握っているサプライヤーは存在していない。新しいEU加盟国の場合は、全体的にはシェアはまだ低いが、いくつかの大きいグローバル・サプライヤーが市場セグメントに足場を作っており、速いピードでそのセグメントのシェアを拡大しつつある。時期尚早で確言できる段階ではないが、これらのグローバル・サプライヤーは、チェコスロバキアの例のように、市場としては小さくても、他の古くからのEU加盟国と比べるとはっきりと優位な立場にたっていると言える。

コンテンツ関連サプライヤーはヨーロッパ全体的に同じようなパターンが見られる。それは、いくつかの市場セグメントで、数少ない大手のコンテンツ提供会社(出版会社、企業向け学習コンテンツ提供会社等)と、ほんの僅かな国内中小企業と、数知れない多くの零細国内企業が競争しているというパターンである。

まとめ
以上、今回は、ヨーロッパのeラーニング市場をセグメント毎に見た場合どのようになっていて、サプライヤーはどのようなビジネスをやっているのかについてまとめてきた。確かに、市場規模、成長度を見ると、ヨーロッパは、日本と同じようにアメリカを追っているのが事実である。しかし、その成長のしかたがアメリカとはかなり違うことがこの調査でわかった。かなりの政府主導型であること、eラーニングだけをビジネスとしている大きなサプライヤーがいないこと、初等中等教育市場でビジネスとして成長しにくいこと、また、モバイル・コミュニケーション(特にスカンジナビア諸国)への強い関心を示していること等は、日本に近い印象を受けた。

次回は、ヨーロッパのeラーニング市場が伸び悩んでいる理由、それへの対策として現在行われているEUの施策、今後の市場の動きとそれに伴う問題点、そして今後のヨーロッパのeラーニング市場成長につながる提案について、日米と比較しながらまとめる予定である。

DLCメールマガジン購読者募集中

デジタルラーニング・コンソーシアムでは、eラーニングを含むデジタルラーニングに関するイベント、セミナー、技術情報などをメールマガジン(無料)で配信しております。メールアドレスを記入して『登録』ボタンを押してください。