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第10回「企業の見えない知的資産をパフォーマンスにつなげる学習システム」
キャピタルワークス調査会社によると、どのような学習が仕事にインパクトを与えたかという質問に対し、インフォーマル・ラーニングから学んだという回答が87%(職場で学ぶ40%、同僚から学ぶ20%、メンター(コーチ)から学ぶ11%、その他16%)で、フォーマル・ラーニングから学んだという回答はたった13%であるという。社員の経験、知識は企業にとって大事な資産と言っても過言ではないが、その資産の87%は「インフォーマル・ラーニング」から得ているものとすると、それらは顕在化されないまま「暗黙知」として存在していることになる。この2年の間にeラーニング関連者の間では「インフォーマル・ラーニング」への関心が非常に高まってきている。それは、企業が目に見えていない資産の効果的な活用の重要性にようやく気がついてきたことに他ならない。特にアメリカではベービー・ブーマーの退職時期に突入しているが、彼らが持つ顕在化されていない「企業の重要な資産」をどう引き継ぐかという課題を持っている。
1.社員はどのようにして学習しているのか?
営業マネージャーのトム(仮の名)は新規ビジネスの大事なお客様とのミーティングを明日に控え、予備知識として顧客情報とマーケット情報を必要としている。トムにとってはこのお客様は初めてで、自分の手持ちの顧客情報だけでは充分ではなかったので、マーケティング部にいる知り合いのジムに電話で連絡をした。あいにくジムと連絡が取れなかったので、eメールで明日必要な情報の入手についてメッセージを入れておいた。ジムからの情報が明日のミーティングに間に合うかどうかわからないので、インターネットのグーグルを使ってもう少し調べることにした。夕方、ジムから連絡がありこのお客様について必要な情報を得ることができた。トムはジムと話をしている間に、自分では気がついていなかった大事なこともジムとの話から聞き出すことができ、このことは結果としてお客様との話をスムーズに持っていくのに大変役に立った。
トムのように仕事をしながら新しい知識とスキルを学ぶというOJT方式は決して新しいことではないが、今は昔のそれに「速いスピード」が加味されている。営業担当者はリアルタイムで情報を得る必要がある、何故ならカスタマーはリアルタイムで返事を期待し、営業サイクルはリアルタイムで動くマーケットに対応しなければならない。企業が自分の必要としている情報をリアルタイムで入手できるようにしていない場合、社員は必要な情報をインターネット等の社外の手段を使って入手するよりしかたないということになる。ビジネスのスピードが速くなればなるほど、社員は自分の仕事に必要な新しい知識とスキルが必要になってくる。社員がパフォーマンスを維持するには、「自分の仕事に直接関連のある内容のみを必要な時に短期間で学ぶ」必要があるにもかかわらず、仕事を離れてフォーマルな研修に参加して学習するための時間を割くことができなくなっている。このことは、どんなに素晴らしいコースを開発したとしても、タイムリーにそれを必要とする社員に提供しない限り、そのコースの価値はなくなるということだ。さらに言えば、従来の「研修」というフォーマルな形態の「ラーニング」に頼っていたのではビジネスのスピードに追いついていけないというのが現実である。このような状況から、社員はフォーマル・ラーニングに対して価値をおかなくなってきているのである。
2.では「インフォーマル・ラーニング」とは?
フォーマル・ラーニング、インフォーマル・ラーニングとはどのようなものかを整理してみる。
- フォーマル・ラーニング
人材開発部が提供する研修プログラム、ワークショップ、セミナー、大学のコースなどに参加して学習する方法である。社員はたいてい、職場を離れてこれらのプログラムに参加する。
社員が自主的にこのプログラムをとるというより、上からの要請でとることが多い。一つのコースを終了するのに、ある一定の時間を要する。 - インフォーマル・ラーニング
職場で分からないことがあったときに同僚や先輩に聞いてみたり、ある仕事のやり方について先輩のやり方を観察したり、同僚と休憩時間に仕事のことについて話しをしたり、カスタマーからの質問に答えたり、社内のヘルプデスクを使ったり、思考錯誤をしながら学習する方法である。
自分が学びたいから学ぶということが学習の動機となるが、社員同士での昼休みの何気ない会話から思いもしなかったことを学んだりするというように、この「学び」は必ずしも意図的なものだけではなく、アクシデンタルなものも含まれる。
3.なぜインフォーマル・ラーニング?
インフォーマル・ラーニングの特長について、マイクロソフト・ラーニングの教育コンサルタントのボブ・モシャー氏は次のことをあげている。
- Immediacy イミディアシ-(直接性)とRelevancyリレバンシー(関連性):自分に直接関連のあることのみを学べる。
- Fast Learning:必要な時に、非常に短い時間で学べる。
- 学習者主体:自分にとって意味あるものを、自主的に学ぶことができる。 また、冒頭の教育コンサルタントのジェイ・クロス氏は次のことをあげている。
- パーソナルである:仕事に直接関係しているものと関係していないものを含めて、自分に直接関係のある学びを対象としているという意味である。
- 自主的に学ぶ
- 学習者は自分の学習に自己責任を持っている:ここでの自己責任は、「この学習をすべきかどうかを決める責任」、「この学習は成果があったかどうかを決める責任」、「この学習の後、何をすべきかを決める責任」が含まれている。
- ソーシャルである:英語の「ソーシャル」という言葉には「社交的」、「人との接触、交わり」という意味があるが、「一人で学ぶのではなく人から学ぶ」というメッセージと「いやいやではなく自分から学ぶ」という2つのメッセージがここに入っている。
このように、「インフォーマル・ラーニング」は、「自ら学ぶ」、「知りたいから学ぶ」という人間本来の自然な学びの姿勢を基本としている。どんなにコンテンツが素晴らしくても、学びたいと思うモーチベーションがなければ、時間をかけてもそれは学びとして残らず、結果として仕事へのインパクトが小さいということになる。
さらに、アジレント社の社長成松氏は、「企業にとっては、パフォーマンスに対する社員個人のアカウンタビリティーを求めており、自己責任で学ぶ社員が必要である」、「どんなにeラーニングのテクノロジーが発達しても、最終的には人間には学ぶモーチベーションが大事」と言い、「自己責任」と「モーチベーション」の重要性について述べていた。「インフォーマル・ラーニング」の環境を整えるということは、社員が自分のモーチベーションで、責任を持って自分の仕事のために学んでいく環境を整えるということであり、また、そのような社員を自然に育成していく環境を整えるということでもある。
4.インフォーマル・ラーニングをサポートする学習システムとは?
現在インフォーマル・ラーニングをサポートする学習システムとしてベンダーが提供しているものでは、どのようなものがあるのだろうか?
具体的な例を見ると、お互いに機能として重なっているところが多々あるが、「ラーニング・コミュニティー」と「パフォーマンス・サポート」と、大きく2つのアプローチで提供されている。
1. |
コミュニティー・オブ・プラクティスとは シスコ・システムズ社の副社長のケリー氏は今後の学習環境について「インフォーマル・ラーニングは会社全体で増えていくであろう。会社は社員がどこでも、学習できるような学習環境を創ることが大事で、それのためのツールを提供しなければならない。(例えば、同僚と一緒に廊下で話した内容を情報として他の関連者にWebサイトで共有するというような環境)」と言う。現在シスコ社では、インフォーマルなコンテンツとしてビデオや「ライブリンク」という製品を使ってミーティングのインフォーマルなコンテンツを顕在化し、共有するようにしている。「ライブリンク」は企業の知識を顕在化し、共有し、再利用することを目的としたコラボレーションとコンテンツを管理するソフトウェアである。Webベースのオープン・アーキテクチャーを使っており、一つの安全なレポジトリーを使って会社全体の人、業務プロセス、情報を関係付けることができる。 |
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2. |
パフォーマンス・サポートとは EPSSは、職場でのパフォーマンスをいつでも必要なときに他の人間の手間をとることなくサポートをしてくれるシステムとして1990年代より存在しているものであるが、WebをベースとしたEPSS (Web-based performance support system WPSS)は、次のような機能を提供している。
製品化されているインフォーマル・ラーニングをサポートする学習システムを調査したところ、さらに以下の例があったので概要を紹介する。 ベンダー例SkillPort: SkillSoft社のシステムで、カスタマーが関心のあるもののみをフォーマルとインフォーマル・ラーニングの形で提供できる。
ベンダー例On Demand Rich Media(ODRM): Brainshark社のビジネス・コミュニケーション用ツールで、オーディオ、ビデオ、グラッフィックス、ビジネス・ドキュメント、その他ビジュアル資料等を組み合わせたものを、オンデマンドで見ることができる。マーケティング、新製品案内とデモ、営業、社内コミュニケーション、研修、eラーニングに利用できる。Wainhouse研究所は、今年の1月にODRMの市場は2007年までに10億ドルまで成長するという予測を発表した。この市場成長のドライバーには5つのキー要因(5C)がある。
ベンダー例Knowledge Now: Thomson NETg(Thomson Corporationの一部)社のグローバル企業を対象にしたナレッジ・オンデマンドのスイート・システムで、社員にも会社にも「ナチュラル・ワークフロー」をサポートする多種の機能が入っている。
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5.未来の学習環境とその学習システム
このようにすでに多くのベンダーが企業の隠れた知的資産を顕在化し共有することでパフォーマンスの向上につながるような優れた製品を出している。今まで出番の少なかった「インフォーマル・ラーニング」は、いろんな形で今後フォーマル・ラーニング以上に重要な役割を持って登場してくると予測される。 VISA・インターナショナルの副社長のジェイコブソン氏は、「今後の学習環境は、ナレッジ・センターとしてより成長することをおおいに期待している。コミュニティー・オブ・プラクティスでプラクティスを共有したりして、世界中の社員から学び合うことが可能な環境にしたい。毎日の自分の仕事に直結したものを、職場にいながら仕事をしながら学べるように"インテグレイティッド・ラーニング"をより推進するつもりである。」と述べていた。「インテグレ-ティド・ラーニング」は、「ワークフロー・ラーニング」、「オンデマンド・ラーニング」とともに最近よく耳にする。ハーバード大学院ラーニング・イノベーション・ラボのダニエル・ウィルソン氏は「社員は職場で、知識を作ったり、共有したり、導入したり、応用したりするということを仕事の中で自然におこなっていて、ワークフローの中での自然な形で学んでいけるようにする学習環境」が必要であると「未来の学習環境」について述べている。 次回はこれら新しい学習環境とその学習システムについて御紹介したいと思う。
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