第9回 「eラーニングに対して企業のトップはどう考えているか?」

2004/11/24

数年前に「eラーニングはキラー・アプリである」というのは、シスコ・システムズ社の会長であるジョン・チェンバーズ氏が言った有名な言葉であるが、それ以来 、彼のこの言葉はいろんなところで引用されている。彼の名言を裏付けるように、シスコ・システムズ社では、eラーニングは日常的な仕事のツールになっていると言う。実際に彼自身、毎月何度か全社員に対してメッセージを出しているが、ビデオ、データ、ボイスを一緒にしたIPコミュニケーション・ツールとしてeラーニングを率先して使っている。このようにジョン・チェンバーズ氏は、eラーニングをビジネスの一部として捉え積極的に活用している企業トップであるが、果たして、他の企業トップ達もチェンバーズ氏と同じようにeラーニングを捉えているのだろうか?

今回は、実際にアメリカ企業のトップの方々にインタビューをさせていただいた結果を御報告したい。

インタビューのお相手:
アジレント・テクノロジー社 社長 成松 洋氏
シスコ・システムズ社 副社長 トム・ケリー氏 (Internet Learning Solution Group)
VISAインターナショナル社 副社長 マイク・ジェイコブソン氏 (Learning and Development)

1.最大のメリットは同時性:
インタビューをさせていただいた方々のお話の中で、圧倒的に重要視されていたメリットが「同時性」であった。

その理由として、アジレント・テクノロジー社の成松氏は「多数の人にアージェンシーが高いようなものを提供でき、ワールドワイドの従業員に教育できるから」と言う。例としては「悪気はないが、税金の取り扱いをきっちりとしていなかったがために、問題を起こしてしまうことがある。ビジネス・コンダクト、プラクティスを浸透させることは会社にとって重要なことである」とコンプライアンス関係の教育にメリットがあることを指摘していた。

VISAインターナショナルのジェイコブソン氏は「多くの社員に速く効率的に教育ができることは大きなメリットである。例えば、ハラスメント、企業倫理等のコンプライアンス教育であるが、速く全体に徹底させることが可能である。eラーニングを使うことによってコンプライアンス教育の経過、結果のデータをとることができるので、問題が起きる前に対処ができる。問題が起きてからでは遅いので、企業にとってきっちりと徹底させているかどうかは重要なことである」と成松氏と同様のことを開口一番に話していた。

また、シスコ・システムズ社のケリー氏は、「シスコ・システムズ社にとってeラーニングは戦略的コミュニケーション・ツールであり、チェンジマネージメントに直結している。新しいゴールを、迅速に、全社員に一貫性を持たせて伝えることが可能だからである。今までは、VPからその下のマネージャー、そのマネージャーからまた下のマネージャーへというようにレイヤー(階層)がいくつもあったが、VPから直接に全社員に行き渡るようにできる」と「同時性」を活かした「戦略的コミュニケーション・ツール」としての活用方法を強調していた。

「戦略的コミュニケーション・ツール」としてeラーニングを使っているのはシスコだけではない。成松氏によると、アジレント社においても「リーダー・アクション・シリーズ」というプログラムに活用しているそうである。これは、四半期に1-2回の頻度でCEOを初めとしてCOO、CFO等 ハイレベルのエグゼクティブがあるトピックについて話をすることになっていて、例えば「品質」というトピックの中で「いかにカスタマーに寄与するか」というようなCEOの考えを、ワールドワイドのマネージャー、従業員と共有化している。また、CEOは四半期毎に業績結果をワールドワイドに発表するが、一方的な発表で終わらずに、その時に業績の問題点等を提示し、インタラクティブに話し合うセッションを設けていると言う。

2.競争力につながる:
アジレントの成松氏は「携帯電話の標準について関係者に教育しなければならないとき、より速く教育することによって、市場への対応スピードを速め、競争力につなげることが可能である」と、「同時性」のメリットとともに享受できる「教育のスピード」の点に触れていた。アメリカのトップ達の間では、「コストより時間の方が大事である」という考え方が強い。「時間とコストのどちらの方を重要視しますか?」という質問に対して、「絶対に時間である。決してコストを軽視しているのではないが、時間が勝負である」とはっきりと明言されたことは印象的であった。

VISAのジェイコブソン氏も、「eラーニングを使うとターゲット・オーディエンスを絞り込みできるので、誰がこの研修を受けるべきかを把握しやすい。従って、必要な社員に限定して研修を迅速に提供することが可能である。自分の会社にはVISAカレッジ、VISA ビジネス・スクールがあり、ここではカード・ビジネスについて徹底的な教育を行い、競争力につなげている」とeラーニングと「会社の競争力」との強いつながりを強調していた。

3.効率性:
1.コスト削減につながる
次に皆さんが強調されていたのは、コスト的な側面での効率性である。例えばVISAのジェイコブソン氏は「限られたスタッフ要員でも研修を提供できるので、コスト的にみて効率的である」と教育提供側の立場からの意見を述べていた。アジレントの成松氏は「コンテンツのアップデートがやり易いのでマニュアル制作にかかっていた費用をかなり削減できるのでは」とコスト削減につながるeラーニングのメリットに期待をよせていた。

2.パフォーマンス、生産性の向上につながる
シスコ・システムズのケリー氏は「パフォーマンスを向上し、生産性をあげるには、基本的にスキル(何ができるか)と知識(何を知っているか)のための研修が必要である。この2つのことをゲームやシミュレーションが可能なeラーニングを使うことによってより効率的に研修ができるようになった」とパフォーマンス向上につながる効率性について強調していた。

VISAのジェイコブソン氏も「eラーニングはJust-in-Time教育に最適である。特にチェンジ・マネージメントに関連したマネージャー教育に対して大きな成果を出している。具体的な例としては、プレゼンテーションの手法、インタビューの手法、予算管理の手法等があるが、ハーバード・ビジネス・スクールのプログラムも使ってアジアを含め世界中のマネージャーを対象にしたプログラムを提供している」とビジネスニーズに直接関係のあるパフォーマンス向上のための効率的な教育の提供について触れていた。

3.効率的なアセスメント:
VISAのジェイコブソン氏は「360度評価方法とeラーニングによりコーチング等をタイミングよく提供することは、リーダー育成に適している」とeラーニングを使うことでアセスメントが効率的にできることをeラーニングの大きなメリットとして挙げていた。

シスコ・システムズのケリー氏は、今後のeラーニングへの期待として、コミュニケーション、研修、アセスメントに活用したいと述べてから、「ここでいうアセスメントはテストでの点数が重要なのではなくて、テスト等を通して、学習者は自分のスキルと知識を確認し、自分にとって何が必要で何をすべきかを自覚することが重要である」とアセスメントを通して社員が「自己責任」で行動するという活用目的と同時に企業としての社員への期待を述べていた。  

4.フレキシビリティ:
1.企業文化の変化への貢献:組織のフラット化
eラーニングを使うことによって自己責任で行動をとれるような社員への育成に期待をよせているのは、シスコ・システムズのケリー氏だけではない。いつでもどこでもできるというeラーニングのフレキシビリティは社員にとってもメリットであるが、会社にとってもメリットがある。アジレントの成松氏も「eラーニングを使った方がオーディエンスの意識が変わりやすい」と言う。「例えば、セルフペースでやるということは、自分の裁量でやらねばとか、自分がちゃんとしなければできないので、自分のアカウンタビリティーが問われることになる。今まで、同じマテリアルを全社員に対して上から下に伝えたいときに、下にいくまでに中抜きになってしまうことがあったが、eラーニングを使うことによってきっちりと下まで浸透させることが可能なので、組織のフラット化につながる。組織をフラット化し、個人のアカウンタビリティー、自己責任の必要性においてプレッシャーをかけることができる」とトップならではの意見を述べていた。

2.グローバル・アクセス:
VISAのジェイコブソン氏は「ビザ・インターナショナルはグローバル・カンパニーであることから、国境に関係なくアクセスできることは大変重要である」とeラーニングが提供できるグローバル・アクセスへの大きな期待を示していた。  

5.eラーニングの成果は何をもって判断?
1.ROIを測定?
今回は3人の方々にしかインタビューしていないので、この方々の見方が一般的であるとは決して言いきれないが、3人のトップの方々が全員ROIにこだわっていないというのは意味があるように思えた。

VISAのジェイコブソン氏はROIという言葉は正式には使っていないと言う。「例えば、コンプライアンス・プログラムにおいては、全員が学習したかどうか、企業エチケットを守っているかどうか等をチェックする形で教育効果を測っている。マネージメント関係においては、"優秀なマネージャー"を育成するのに、従来の集合と比較しより安価でできるかどうか(実際360度評価はコスト削減につながっている)といったようなことをチェックする」

「eラーニング導入の成果があったかどうかは、何をもって判断されると思いますか?」という質問に対し、アジレントの成松氏は「具体的に何で判断するかは難しい。最終的には全体のパフォーマンスが上がったかどうかを見ることではあるとは思うが、コンプライアンスのトレンドを見る。また、新製品教育を受けたフィールドエンジニア等がお客様に自信をもって話をしているかどうかといったようなものかな?」とジェイコブソン氏と同様の捉えかたをしていた。

シスコのケリー氏は「ROIというより、むしろVALUEにつながっているかどうかを測定するようにしている。そのVALUEとは、パフォーマンスや顧客満足度(顧客がハッピーかどうか)やロイヤリティー等が対象になる。$1の投資に対して$16のVALUEが出ているというような形で数字としても出してはいる」とVALUEの測定について触れていた。

シスコのような評価システムは、今後研修業界の注目を浴びることが予測できるであろうということで、6回目のレポートのブース・アレン・ハミルトン社の事例の中でご紹介したが、VMM(価値測定方法)と呼ばれているValue of Investment「投資の価値」を測定する新しい価値測定方法である。(VMMについての詳細は6回目のレポートをご参照ください)

2)ボトムライン VS. トップライン:
「企業のトップとして導入に踏み切るときの判断は何を基にしてされますか?ROIの数値を基にされますか?」という質問に対して、アジレントの成松氏は「eラーニングはITインフラにも使えるので全社的な競争力の強化にもつながるという意味でのROIは見る」と言う。これに関連して、「ボトムラインとトップライン(新市場、イノベーションによる急成長等を意味)とどちらを優先しますか?」という質問に対して、「バブル期はトップラインを優先する企業が多かったが、IT不況時はボトムラインにフォーカスせざるを得なかった。しかし今、景気が少しずつ良くなってきて、またトップラインにシフトする傾向もある。今もボトムラインの重要性は変わらないが、コストカットによりボトムラインを上げるというのは"後ろ向き"である。これからはヘルシーなボトムラインを維持するために、"グロース(成長)"が必要である。新市場に入るにはどうするかといった課題に対しても、イノベーションを重視するとともに、成長のドライブとなる市場であるのかも重要視する必要がある」と答えてくれた。

6.今後のeラーニングの利用は?
1.どんどん増える
シスコ・システムズのケリー氏は「今後もIPコミュニケーション・ツールとして捉えて活用していく。具体的にはビデオ、データ、ボイスを一緒にした形で使うことを多くし、会社内のバーチャル・ミーティングと社員の学習の機会を提供するためのツールとして捉え活用する。このツールを、コミュニケーション、研修、アセスメント評価にフォーカスして利用する。現在も、ゲーム、シミュレーションによるeラーニングが増えており、また成果をあげている。今後はさらに、インフォーマル・ラーニングを提供するために会社全体で利用が増えていくであろう。会社としては、社員がどこでも学習できるような学習環境を創ることが大事で、それのためのツールを提供しなければならない。(例えば、同僚と一緒に廊下で話した内容を情報化して、社内の他の関連者にWebサイトで共有するというような環境)」と具体的な利用計画を話してくれた。

VISAのジェイコブソン氏は、「IT環境が整いスタンダード化も進んでいるなどeラーニングがやりやすい環境が整っていることから、将来の見通しについては楽観的である。今後は、サテライト・テクノロジーの利用も増加する。ナレッジ・センターとして、より成長することへの期待は大きい。コミュニティー・オブ・プラクティスにおいて、社員のプラクティスを共有したりして世界中の社員から学び合うことが可能な環境にしたい。毎日の自分の仕事に直結しているものを、職場にいながら仕事をしながら学べるように"インテグレイティッド・ラーニング"をより推進するつもりである」と将来への展望を情熱的に語ってくれた。

eラーニングの今後に対して、アジレントの成松氏が「どんどん増やす方向にある」と躊躇無く断言したのと同様に、他の二人も「重要性が増し、より広範囲な利用が益々増えるようになる」、「将来は楽観的である」と、あたかもeラーニングの明るい将来を約束してくれるかのような前向きな意見であった。

しかし、アジレントの成松氏は最後に「どんなにeラーニングのテクノロジーが発達しても、最終的には人間にとってのモーチベーションが大事。人間がやっていることだから"ヒューマンタッチ"と"テクノロジー"の両方がお互いにいいコンビであればいいですね」と結んでくれた。確かに、テクノロジーのおかげでいろんなメリットを提供してくれるeラーニングではあるが、「相手は人間である」という基本的なことを忘れてはならないと言うことを示唆してもらったように思った。

 

DLCメールマガジン購読者募集中

デジタルラーニング・コンソーシアムでは、eラーニングを含むデジタルラーニングに関するイベント、セミナー、技術情報などをメールマガジン(無料)で配信しております。メールアドレスを記入して『登録』ボタンを押してください。