第8回 「時は金なり」:Time-to-Marketと 学習効果

2004/09/28

「アメリカは、学習効果をタイムtoマーケットというキーワードで議論しているようだが、定義や議論の方向性はどのようか?またベンダー、ユーザーはどのように捉えて対応しようとしているのだろうか?」

今回は、上記のような皆様からの問に答えるため、Time-to-Marketにフォーカスして調査をした。


Time-to-Marketと学習を結びつけるに至った背景

この数年、バブルがはじけたアメリカの多くの企業は、不況をのりきる手段として、人員削減、予算削減、アウトソーシングを大々的に行った。これにより、残された社員達は人手不足とリソース不足の中で今まで以上の仕事を課せられる結果となり、社員の不満は募るばかりであった。一方、このような不況の中で多くのアメリカ企業は、より強い競争力を求めてビジネスをグローバル化していった。グローバル化が進むと同時に競争は益々激化し、企業は今まで以上にスピードでの勝負を強いられるようになった。
このようなグローバルでダイナミックなビジネス環境において、限られた人員、リソースで、生産性と利益を上げて競合他社に打ち勝っていくには、「迅速性」と「革新性」が重要な競争力であると考える企業が一般的になった。このような流れの一貫として、シスコシステムズ社のように競合とのスピードとの戦いに勝ち抜くビジネス戦略としてeラーニングを捉える企業が増えていった。

グローバル企業がある新製品を出すときは、製品に関する情報をできるだけ短期間に、世界中にいる営業、カスタマー・サポート担当者等に提供しなければならない。しかし、従来のインストラクターを使ってのクラスルーム形式の研修でやっていては時間がかかり過ぎる。たとえ新製品が他社にさきがけて開発されていても、それを売るちゃんとした製品知識のある営業がそろっていなければ、ビジネスチャンスはもっと迅速性と革新性のある競合他社にさらわれてしまう。製品開発サイクル・タイムが益々短縮していく現状では、ハイテク業界に限らず製薬業界などにおいても同様に、常に新しい情報を獲得し、必要な知識を身につけ、カスタマーにより迅速に価値を提供できるようなプロがいる、いないということが、その業界で生き残れるかどうかを左右することになる。


Time-to-Marketを重要視したeラーニング利用成功事例

  1. Pfizer(製薬会社、従業員数全世界で13万人、USで5万人)
    トレーニング誌によるとPfizer社は、最近のPharmacia社との合併で9万人から13万人のマンモス所帯となったが、3000人以上のPfizerとPharmaciaの営業担当者に対して、18の製品知識研修をUSの3ヵ所で1週間という短期間でやりとげるという素晴らしい成果を出した。これは、今までの4-6倍の速さで、720%のROIであったという。このように、合併による諸々の問題をかかえながらもTime to Marketのスピードを加速できたのは、Pfizer社の研修部であるGL&D(Global Learning and Development) が、テクノロジーと社内にある専門性をうまく活用した結果であるという。例えば、オーランド、デトロイト、デンバーのサイトで4つのTVチャンネルを介してプログラムのいくつかを放送した。この放送は、タッチ・パッド・デバイスのような遠隔学習テクニックも使えるようにし、対話型学習を可能にしている。学習活動として、オンサイトのワークショップ、リーダー主導型のグループ活動、ライブQ&Aセッション、クラス参加前のWBTの自学自習システム、オンライン・テスト、新しい営業担当者と旧担当者との話し合いセッション(自由ではなくきっちりとした形のある話し合い)が可能となっている。
     
  2. スプリント社(通信会社、従業員数全世界で7万3千4百人、USは7万3千2百人)
    dog-eat-dog(共食い)環境で知られているように、通信業会の競争のすさまじさはIT業界の中でも目を見張るものがあるが、新しい革新的な製品、商品を市場に速く出すというTime-to-Marketだけにフォーカスしていても勝負はできない。やっと革新的な商品を市場に出し、せっかく客が買ってくれても、うかうかしていると、その客を他の競合社にすぐ取られてしまうし、客の方も移り気が強く、少しでもいい商品が他にあるとすぐ移ってしまう。これは、競合会社間の顧客の取り合いがすさまじいというだけではなく、客の商品に対するロイヤルティーが低い業界だからである。Time-to-Marketの捉え方を、従来の「アイデアを製品化し市場に出るまでの時間」から「アイデアを製品化し自分にとって価値を生むようにカスタマーが実際に使えるまでの時間」にまで延長し、これに基づきビジネス戦略を見直 し、カスタマーへの研修を競争力につなげた事例がある。

    UE(The University of Excellence)はスプリント社のコーポレート・ユニバーシティーで、常に事業部のニーズに合わせた研修を出すようにしている。UEの中にあるVAS(付加価値サービス)というひとつのチームは、多くの事業部から「よりスマートで、製品についての知識のあるカスタマーを育成することが必要であり、これが競争に打ち勝ち生き残りにつながる」というフィードバックを受け、UEの研修内容を社外カスタマーにもパッケージ化して提供することにした。その一例として、「器機販売店用のビジネス・テレフォン・システム」を購入するカスタマーを対象にしたWebを使ってのチュートリアルプログラムがある。このシステムは、かなり高頻度で電話を利用するカスタマーを対象としており、カスタマーが電話の機能をプログラムできるボタンがつき、回線数は2から32回線まで使えるようになっている。このチュートリアルは、販売店の電話機の構成をイメージ化しており、カスタマーはこのイメージ図の諸々の部分をクリックすることで、それぞれの機能を学びプログラムできるようになっている。それまでは、購入したカスタマーがプログラムするには、技術者がサポートしていたが、このチュートリアルプログラムをシステムの製品パッケージに搭載したおかげで、技術者とカスタマーとの対応時間が削減する一方でカスタマーの製品へのロイヤルティーが上がり、結果的にTime-to-Marketがかなり短くなったという。
     
  3. アメリカ本田自動車
    この事例は、Time-to-Marketというよりも、Time-to-Productivityになってしまうが、「迅速性」を持たせたeラーニングの革新的な利用の成功例である。

    アメリカの本田自動車はMicrovision社の3800 Nomad Expert Technician Systemsを使って「リアルタイム・ワークフロー」で研修を行っている。このシステムは頭上のディスプレー・ディバイス(ウィンドウズCEをベースとしたワイヤレス・コンピュータ)で、技術者の目の前にイメージを直接に映すことができる。このシステムを使って、機械修理工は車を修理しながら、マニュアル、工程表、メンター、修理情報にアクセスできる。今年の初めから、本田とアキュラの販売店と北アメリカの車修理店にこのシステムを導入しているという。カリフォルニア州トーランスにある本田の工場では、バッテリー系修理についていくつものテストを行った結果、このシステムを使うことよって39%も速く修理することができたという。
 

Time-to-Marketにフォーカスしたeラーニングとは?

企業がスピードを競争力にするためにTime-to-Marketを意識したeラーニングの動きとして大きく3つの共通した特徴(Meta Group Research、 Elliot Masie、 Sam Adkins、その他著名な教育専門家達の今年の「eラーニングの予測」で口をそろえていっているキーワードである)が見うけられる。
  1. インフォーマル・ラーニング化
  2. "Relevancy" 関連性のある学習
  3. 小さくモジュール化したコンテンツ

1.インフォーマル・ラーニング化
製品開発サイクルが短くなればなるほど、営業担当者は営業サイクルを短くするためにspeed-to-competencyが勝負になる。次から次へと出てくる新しい製品だけではなく、市場に出ている既存の製品のバージョンアップのものに対しても理解して顧客と対応できなければならない。さらに、競争環境の変化のスピードに対応して、競合製品の強み、弱み等も把握しておかなければならない。このように、より多くの製品知識を早く身につけ、変化のスピードに対応できるコンピテンシーを身につける必要があるわけだが、だからといって、そのための研修に参加するからといって、いちいちフィールドを離れることはできない。このような状況が、従来のクラスルーム形式の研修を物理的にも時間的にも贅沢な代物にしてしまっている。

現在、営業研修の提供のしかたとして多いのはブレンディド型であるが、Time-to-Marketを強く意識している企業では、従来のクラスルーム形式の「フォーマル・ラーニング」を減らし、「インフォーマル・ラーニング」に切り替えようとしている。では、営業担当者にとってTime-to-Marketにつながる「インフォーマル・ラーニング」とは、どのような学び方なのだろうか?例えば、以下のようなシーンを思い浮かべると分かりやすい。
  1. 顧客との難しい交渉の前に、同じような事例を探して予備知識として身につけておきたい場合は、エンタープライズ・ポータルにある「ベスト・プラクティス」のサイトにアクセスして、自分の好きな時間に学ぶ。また必要であれば、このような状況に類似したトピックの内容についてのみ、ストリーミング・ビデオ・シミュレーションで学習する。
  2. 交渉をやっている中で行き詰まったところについては、交渉後に「セールス・コーチング・システム」を使って、フィードバックをもらいながら学ぶ。また、簡単な疑問に対しては「ラーニング・コミュニティー」にあるFAQで確認しておく。
  3. この交渉内容が他のいくつかの部署も関連していた場合は、コラボレーション・システムを使い、それぞれは別の場所にいながらにしてリアルタイムで、問題となっている交渉内容についてのドキュメントをシェアしつつIM(インスタント・メッセージ・ツール)を使って話し合う。
  4. 交渉中にどうしても製品についてより詳細な内容を顧客に提供しなければならない場合は、PDAを使って「エキスパート・マインニング・ツール」にアクセスしその分野の専門家を探し出し、必要な情報を入手する。
  5. 交渉相手の提供しているある製品のみに関連した最近のビジネス環境を、出先の町のコーヒーショップにいてGoogleを使い把握する。
  6. 交渉結果のうち気がついたことで大事だと思ったことを、エンタープライズ・ポータルにある「ラーニング・コミュニティー」に入れて、他の営業担当者にシェアし、意見を求める。このコミュニティーを使うことによって、同じような仕事をしている営業担当者がお互いに、市場の競争環境を把握することができる。
  7. 出先で20分くらいの時間が空いたのでコーヒーショップに入り、新しい製品知識に関する10分ずつで構成されているモジュールの中から、自分が今一番必要としている情報のあるモジュールをひとつ選んで学習する。さらに、時間が空いていれば、次に大事だと思うモジュールを学習する。


2."Relevancy"  関連性、適切性
http://www.dotworld.com/aspx/resources_article3.aspx (Five Drivers That Will Change E-Learning In 2004)の記事を読むと、2004年のeラーニングの「キーイシュー」は"Relevancy"「関連性」であるという。事実、事業部のマネージャー達は研修に対して、自分達の業務結果に具体的に直接跳ね返ってくる効果を益々求める傾向にあり、また研修依頼者側である事業部は、「業務と直接関連性のないものを研修している余裕はない」とはっきり意思表示している。実際に、上記で紹介したスプリント社の成功事例は、事業部のニーズに合わせた研修を提供したことがTime-to-Marketにつながっているといえる。またIBMの「21世紀の学習モデル」という新しい試みなどは、IBMをオンデマンド・ワークプレースに変身させるためにワークフローと学習とを関連させており、企業戦略(オンデマンド・コンピューティング)を実現するための大事な要因になっている という。そしてオンデマンド・ワークプレースに変身するスピードを上げるには、ワークフローに沿った学習のリアルタイム化がどうしても必要となっている。

3.JIT (Just In Time), 10分モジュール
コンテンツのチャンク化(小さいラーニング・オブジェクトにする)は、今まで以上に重要になってくる。現在の1時間―2時間もののコース・コンテンツは、短い幾つものモジュールにする傾向が強くなっている。例えば、ひとつのモジュールを、あるひとつの業務に直接 "Relevancy"「関連性」のある内容ばかりを入れるようにし、バラバラで利用することも、いくつかを組み合わせて利用することも可能なようにしておく。このようにモジュール化しておくことで、必要なものだけを、必要な ときに、必要な人に提供できるようになり、その効果として仕事の内容とタスクに合わせた学習活動ができるようになる。ひとつのラーニング・オブジェクトの長さについて、2003年には平均15分から20分といわれていたが、今年はもっと短縮化が進み10分ものに人気が集まるといわれている。これからインフォーマル・ラーニング化が進めば進むほど、このような小さいモジュール学習の利用度は高まり、またこれを実現するためのXML等の重要性は益々高くなると思われる。

Time-to-Marketにフォーカスした学習に対するベンダーの動き

上記の3つの大きなユーザーの動きに対応して、ベンダー側は、次のような動きを見せている。


1.より小さくモジュール化
Brainshark, Presedia, Presenter、Knowledge Impact社のほかにも多くのベンダーは、非同期型のマルチメディアプログラムやシミュレーションをベースにしたプログラムは「必要なところだけを選んで学べる」ように10分-15分ぐらいの小さいモジュールにして提供している。ライブセッションを収録したプログラムもモジュール化され、学習者は自分で学びたいトピックのところだけを選んで学び、理解が充分でないところは、プレイバック機能を使って何度も学習ができるようになっている。

2.エンタープライズ化
「ワークフロー」に合わせたリアルタイムでのインフォーマル・ラーニングの需要の増加に対応し、PeopleSoft、 Siebel、RWD, Epiance等のCRM,ERPベンダーは エンタープライズLMSプラットフォームを提供している。マーケティング関係では、 MarketSoft 社は Centraとのパートナーシップを組んで、マーケティング・プロセスを自動化する製品にeラーニングを一つのコンポーネントとして追加している。カスタマー・サービス・センターの業務担当者を対象にした研修分野には、SumTotal(Click2learnと Docentが合併)社、 スキルソフト社等が進出しているが、eラーニング はCRMソリューションのひとつのコンポーネント(特に、カスタマーサービスのデリバリー・チャンネルの一部)として変わっていきつつある。コラボレーティブ・ワークプレースを強調したベンダーとして、エンタープライズ・コンテンツ・マネージメントのソフトウェアを提供するHyperwave社は、ポータル・テクノロジーを使って、ドキュメント・マネージメント、広範囲のコンテンツ・マネージメント、eラーニングの機能を提供している。Richardson, PeopleSoft社は、Web上での自動コーチングシステムを提供している。インターワイズ社はバーチャルクラスルーム、セミナー、ミーティング、ウェブ・キャスト、レコーディング、メンタリング等の機能をeラーニングのプログラムの中に入れ、コラボレーション学習を可能にしている。

3.検索ツールをインフォーマル・ラーニングに活用

  1. Googleのような検索ツールの革新的な活用
    The MASIE Centerによると、 「インフォーマル・ラーニング」で現在自分の必要なものを学ぶ方法として世界中で一番よく使われている eラーニング・ツールはGoogleであるという。MASIEは「 Googleは、優れた学習につながる重要な要因である "relevancy"と広範囲の選択を提供してくれる」と高く評価している。事実、「インフォーマル・ラーニング」の重要性を認識している企業は、Googleのような機能を、データベース、ポータルサイト、社外Webのリソースへアクセスする際のフロント・エンドとして利用することを模索している。このような検索ツールによりリソースへのアクセスがしやすくなればなるほど、学習のインフォーマル化が益々進むと予測されている。

    Tacit社のActiveNetは、ユーザーのホットリストを作成し、ユーザーの関心のある情報を継続的に検索しつづけ、関連のあるドキュメントや情報があるとユーザーに自動的に連絡する機能を提供し、"Relevancy"のある内容のみをタイムリーに学習すること可能にしている。
  2. 専門家を探す
    Expert management softwareベンダーのSiebel、 Informatica社は、質問に回答できる適切な専門家を自動的に探し出す機能を提供している。中でもAskMe社のツールは特に社員の専門性を管理することに優れており、他の部署にいる専門家を自動的に探し出してくれる。
  3. モバイル・テクノロジーの利用
    日本、ヨーロッパにかなり遅れをとっているモバイル・テクノロジーだが、セキュリティーの優れた製品が出だしているなど、今年はモバイル・エンタープライズ化が復帰し、フィールドの営業担当者、ヘルスケア担当者を対象にした、PDA、スマート・フォンを使ってのインフォーマル・ラーニングの環境が整えられていくと推測される。次の新しいインターネット・テクノロジーの商品化をサポートすることを目的として設立されたシリコンバレーにある団体であるシリコンバレー・インターネット・センター(www.worldinternetcenter.com)は、今年になってから「検索ベースのeメール・テクノロジー」への強い関心を示している。検索ベースのeメール・テクノロジーとしての"Web log" (あるいは "Blog")の利用は、インフォーマル・ラーニング化に対して今後おおいに貢献するようである。実際にGoogleの"Blogger"(www.blogger.com) は、自分のWebサイトに自分の考えや意見をパブリッシュし、関連者からフィードバックをもらったり関連者を探し出したりすることができるし、携帯電話、PDAを使ってどこからでもeメールメッセージ、写真、音声(MP3オーディオファイル)を自分のサイトに送ることもできている。

"Time is money"「時は金なり」

競争の激しいビジネス環境において、変化が止まらない限りそのスピードが止まることはない。企業は、競合他社より早くお客様に価値を届け、満足してもらうようにすることができなければ収益を上げることはできない。このような企業の活動から新しい情報が次々と生み出されるとともに、その情報量の増大は加速する一方である。新しい情報は、企業にとって競争を勝ち抜くための武器になるとともに、また障害にもなりうる。このため企業は、新しい情報を武器として競争力につなげることのできる社員を、競合他社に遅れをとることなく育成していく必要がある。これはまさに、研修の世界も"Time is money"「時は金なり」という状況になったといえる。

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