第3回 「アメリカのユーザーが必要としている学習システムとは」: 現在利用されている学習システム

2004/01/20

この9月に日本イーラーニングコンソーシアム後援の視察団と同行し、ロサンジェルスのオンライン・ラーニングのコンフェレンスに参加し、その後、ユーザー訪問をする機会を得た。

今回、ベンダー側、ユーザー側からの話を聴きながら、「おやっ」と思ったのは、「システム」の言葉の使われ方だ。今までは、システムと言うと、LMS(学 習管理システム)、LCMS(学習コンテンツ管理システム)、HCMS(人的資産管理システム)の意味あいで聞いていれば良かったが、今回は、それらだけ では、充分ではないことに気づいた。ある企業では、ナレッジ・マネージメント(KM)とLMSが連動化したシステムを意味し、サンマイクロシステムズ、シ スコシステムズ、マイクロソフト、ボーイング社のような大企業では、「システム」は「エンタープライズ・システム」という意味で、LMSはそのシステムの 中の一部の機能にすぎないという。では、なぜ、eラーニング業界において、このように多様化したかたちで「システム」の言葉が使われるようになったのであ ろうか?

今回のレポートでは、アメリカにおける最近のLMSの利用状況の調査結果を通して、ユーザーの学習システムに対する全体的な見方を把握してから、具体的に いくつかのユーザーが現在利用している学習システムの事例をご紹介し、現在ユーザーが必要としている学習システムのポイントを指摘したい。


1.アメリカの研修の全体像

後ほどご紹介する「LMSの利用状況統計数値」をより理解するために、まず、大きく学習そのものについて調査した2003年の統計結果(US Training Industry Study)のいくつかを参考にし、アメリカの業界における研修の全体像を把握しておきたいと思う。
 
これによると、研修の方法として「従来の集合研修」は69%で、「インストラクター付遠隔研修」は10%、「インストラクターのいないコンピュータを使っ ての研修」16%、「その他」5%である。さらに「インストラクターのいないコンピュータを使った研修」を見てみると、「自学自習型のWebコース」が 60%で、「CD-ROM、DVD等」が32%、「その他」が8%である。また、ブレンディド・アプローチの利用状況は研修全体の22%である。

 

2.最近のLMSの利用状況の調査結果

次に、今年の9月にLMSの利用状況調査を「トレーニング誌」とIDC(インターナショナル・データ・コープ)でアメリカの企業296社を対象に実施した結果が発表されたが、この結果のいくつかをご紹介し、LMSの利用状況を統計的に把握したいと思う。








この調査で分かったこと:
  1. 5%がLMSを利用した学習を導入してからまだ4年以内である
  2. 従業員の数が多いほど、利用率があがる(従業員数が1万人以上の大企業は81%が利用している)
  3. コンテンツのカスタマイズ化の必要性が高い(80%以上の企業はコンテンツを自社開発している)
  4. コンテンツ開発用の使いやすいツールの必要性の指摘
  5. ビジネス・プロセスに研修とコンテンツを連動させる必要性の指摘
  6. 他のシステムとLMSとの連動化と統合化が進んでいる


3.ユーザーの学習システム利用事例

次にいくつかの事例を見ながら、ニーズ別に現在ユーザーが必要としている学習システムを探ってみたい。

1)総合病院での事例 (看護婦等の職員研修)
ニーズ:
政府で義務付けられているHIPAA,OSHA等(アメリカの法律で決められている医療に関する規制)のコー スを47箇所に散在している5500人の職員全員に迅速に提供しなければならない。システムに関しては、予算の関係上、インストレーションと更新作業等、 自分達でもできるものはできるだけ自分達でやるような形で構築したい。3ヶ月以内に導入し、できるだけ早く研修を徹底させたい。

背景:
ヘルスケアーに関して職員が知っておかなければならないものとして政府が義務付けている規制内容が益々増加し ている。この数多い研修を分散している施設にいる職員に、「迅速に」提供することは益々困難になってきている。また、今までは、医療コンテンツの多くが 「あるLMSでないと使えない」というLMS依存型が多く、システムに拘束されてしまい、フレクシビリティーがなかった。

ソリューションとしての学習システム:LCMSを利用
カスタマイズ化に協力的なベンダーのLMSシステムを導入し、コンテンツ・ニュートラルで利用できるようになった。その結果、院内の既存のコンテンツと外 部からのコンテンツを利用できるようになった。正看護婦がOSHAコース受講に要していた時間が、LMS導入後20-30分で済むようになった。

2)ソフトウェア会社での事例 (ビジネスとしての社外カスタマー研修)
ニーズ:
社外カスタマー向けの研修の増加に対応するため、研修の事務的なプロセスの自動化と、Web上で各学習者が研修カリキュラムを自己管理できるようにしたい。システムの導入は簡単で、導入期間もできるだけ短期間にしたい。 

背景:
Webコースと集合コースを世界中にいる1万人の社外カスタマー(2200のカスタマー組織と250のパートナー)に提供しているが、この社外向けの研修 のニーズが増加し、既存のLMSでは対応しきれなくなっていた。自社のLMSで社外向け研修コースを提供していたが、社外のカスタマーはWeb上で参加申 し込みができなかった。このため、スタッフ側も申し込み手続きや請求書を出したりするのは手作業であった。

ソリューションとしての学習システム:LCMSを利用
こちらのニーズに対して、必要なものだけを提供してくれる外部のLCMSベンダーのASPモデルを採用した(こちらの要望に応じてカスタマイズできるかど うかはベンダー選択プロセスで大事)。これにより、カスタマーはWeb上での申し込みができるようになった。社内システムと連動させることにより、請求プ ロセスを自動化し、カスタマーはオンライン上で支払いができるようになった。このような研修に関する事務的なプロセスの自動化によって、スタッフは収益率 の高い集合研修のセールスに力をいれることができるようになり、ビジネスそのもののやり方が変わった。

3)大手の会計事務所での事例 (パフォーマンス管理を全社的に)
ニーズ:
社員は、ビジネス、テクノロジー、カスタマーの激しい変化に対応して、より迅速に、かつダイナミックに、自分達のコンピテンシーを身につける必要がある。 社員のパフォーマンス評価は、一年に一度のパフォーマンス・レビューだけではなく、継続的な評価を通してやる必要がある。

背景:
グローバルな会計事務所として業界で生き残っていくためには、「継続的な学習文化」を維持していかなければ業績はあがらない。この業界では、常に新しい業 界知識を身につけているだけではなく、このような「知識労働者」の中核的存在であることが、カスタマーへの「売り物」になる。従って、社員はコンピテン シーを常に向上しつづけ、かつタイムリーに必要な新しいコンピテンシーをみにつけていかなければならない。

ソリューションとしての学習システム:HCMSを利用
パフォーマンス評価をしたとき、社員の開発のニーズと、向上すべきパフォーマンスが明確化すると、その結果に応じて、即スキルギャップ、キャリアアップに 必要なものを提示し、身につけるべきコンピテンシーに対応した研修コースをシステムで検索することができるようになっている。

4)建設会社での事例 (パフォーマンス管理)
ニーズ:
人材開発部は、5千人の従業員に対してどんな研修を、誰に、いつ提供すべきかを知ることにより、パフォーマンス管理を効率的に行いたい。

背景:
今までは、数値的な判断材料がなかったので、何が必要かは推測に頼っていて、間違ったところに研修費を費やしたりして、研修予算の計画が難しかった。

ソリューションとしての学習システム:HCMSを利用
会社に必要なものとして、新しいコンピテンシー・モデルを職種別に9つ作った。このコンピテンシー・モデルに従って、パフォーマンス・マネージメント・シ ステムを構築し、LMSに連動させている。スキルギャップを分析し、ギャップを埋めるための研修コース提供に連結している。階層別、職種別、事業部別とい うように、スキルギャップを全体像でレポート形式にすることができる。これを活用して、階層5の従業員全員がコミュニケーションのスキルギャップがあると コミュニケーション研修が必要であることがはっきりし、これに対しての研修予算計画を立てることができるようになった。

5)グローバル・ネットワーキング関連機器とそのサービスを提供する会社での事例(コーポレート・ユニバーシティーとしての、営業と技術情報研修)
ニーズ:
180カ国にいる5500人のユーザーに対して、8人のスタッフでプログラムを提供しなければいけない。ユーザーは社員だけではなく、チャンネル・パート ナーとコンシューマも含み、ユーザーのニーズに合わせて、多数のフォーマットでデリバリーしなければならない。

背景:
ユニバーシティーで研修、開発を担当していた60人のスタッフが人員削減で8人に減ってしまった。製品とサービス内容知識に関する莫大な数の営業研修プロ グラムをはじめとして、集合研修プログラム、自社の認定プログラム、毎日8カ国語でデリバリーされている400以上ものコース等を、スタッフの人員削減と は関係なく、継続的にスムーズに提供していかなければならないが、従来のやり方では、人員不足で不可能となる。

ソリューションとしての学習システム:ブレンディド・ラーニング・アプローチを目的としたLMS
外部のLMSを使って、研修全体の管理と、デリバリーと、従業員とパートナーを対象にした営業及び製品知識教育のトラッキングが可能になった。自社が出し ている認定プログラムは、500のチャンネル・パートナーが製品知識について精通しているかどうかをチェックするのに大切なものであるが、これをブレン ディド・ラーニング・アプローチで提供することにした。パート-ナーは「初級」コースをWBTで受け、それから「バーチャル・ラボ」コースを受け、 「Web評価テスト」を受ける。「Web評価テスト」を終了したら、さらに集合研修を受け、最終的には「認定テスト」をうけるようにした。また、社内研修 用に作ったあるコースは、チャンネル・パート-ナーには、その一部のみをコースとして提供し、コンシューマには、コースとしてではなく「案内書」のような 形でコース内容を提供するなど、エンドユーザーのニーズに対応した内容のものを効率的に提供できるようになった。

6)ソフトウェア会社での事例(営業マンのワークプロセスに沿った研修)
ニーズ:
営業マンはフィールドを離れることなく、製品知識をより早く、多く身につけ、競争環境を把握し、変化のスピードに対応できるコンピテンシーを身につける必要がある。ワークプロセスに沿った学習ニーズを把握し、それに合わせた学習を提供したい。

背景:
営業マンは次から次へと出てくる新しい製品を理解し、かつ市場に出ている既存の製品のバージョンアップのものに対しても理解しておかなければならない。競 争環境の変化のスピードに対応して、競合会社の製品の強み、弱み等を把握しておかなければならない。だからといって、そのための研修に参加するために、い ちいちフィールドを離れることはできない。

ソリューションとしての学習システム:統合化された学習システム:
ナレッジ・マネージメント(KM)、パフォーマンス・サポート、学習、研修(ここで意味する研修は、「コースのようなある設定された学習環境の中で教えて もらったことで学ぶ」という意味あいが濃く、「学習」はもっと広義で「営業マンの知識、経験を共有したりするラーニング・コミュニティーの中での対話をす ることによって学んだり、自分で必要と思う知識を自ら取り出してタイムリーに学ぶ」という意味あいも含まれている)がリンク化したシステムを利用すること にした。これによって仕事の内容とタスクに合わせた学習活動ができるようになった。小さなラーニング・オブジェクトとモジュール(いくつかのラーニング・ オブジェクトをまとめもので、一つのモジュールにかかる学習時間は15分から20分ぐらい)を使うことによって、新しい情報が即得られるようになってい る。学習活動に関連した知識(関心)コミュニティーを作ることによって、市場の競争環境を把握することにも役立っている。学習プロセスの中での学習者相互 のインタラクティビティーの度合いが高くなった。シミュレーション学習ができるようになっている。「セールス・コーチング システム」というベンダーが開 発したツールを採用することによって、競争に打ち勝つためのインテリジェンス(営業マンの状況に応じてタイムリーに対応できる知識と情報の提供ができる機 能)とフィードバック機能がある。

以上、現在アメリカで利用されている学習システムを、ユーザーのニーズ別にご紹介した。

注目すべき点は、学習システムは以前のようなベンダー主導型ではなく、ユーザーのニーズ主導型に完全に変貌しつつある点である。ユーザーのニーズは、ビジ ネスニーズで、各業界、企業によって多様であるが、ユーザーは、自分達の多様なニーズに、かつ、変化への迅速性のある対応ができるシステムを要求してい る。また、エンドユーザーである学習者は、「人の学び方は個々によって違う」というコンセプトを基本にした「学習スタイルの多様性」のニーズへの対応を要 求し、今までの「一様な学習者像」を一掃しつつある。 

現在、ユーザーの間で評判の良いベンダーは、ユーザーのニーズにフレキシブルにかつ迅速に対応できるようなシステムを提供できる企業である。ユーザーは、 盛りだくさんの機能性に富んだ大きなシステムではなく、「自分達」(他社ではなく)のクリティカルなビジネスニーズに迅速に対応できるものを求めているの である。

冒頭で述べた「システムの言葉」がLMSだけでなく、もっと多様化して広い範囲で使われていると感じたのは、まさに、このユーザーのニーズに合わせてシス テムが変貌した結果に他ならない。ユーザーのニーズに対応するには、LMSはオープンプラットフォームで、他のシステムとの連合化、統合化にフレキシブル なシステムであることが大事である。

このような「他のシステムとの連合化、統合化」の傾向は今後も強くなっていくと思うが、次回のレポートでは「エンタープライズ・システム」を含めて、今後の学習システムについてまとめてみたいと思う。

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