第43回【最終回】 上流から見たeラーニング 25「この10年間のeラーニングの変遷と今後のトレンド」

2014/04/10

シリコンバレーのレストランに行くと、幼児がタブレットやスマートフォンを使ってeラーニングをしている光景をよく見かける。話も充分にできない6ヶ月ぐらいの赤ん坊が大人のように器用に小さい指と手を動かしているのである。幼児にeラー ニングというのは大げさな言い方のように思えるが、実際内容を見ていると、単なるゲームソフトではなく子供の知能、感性、手先の発達を充分考した教育ソフ トがほとんどであることがわかる。「スマートな親」はソーシャルメディアを使って、世界中に存在しているソフトの中から高い評価のあるソフトをダウンロードする。ほとんどが無料で一ランク上のサービスを受けたいときは余分にお金を払うという形で利用している。
 
また、中学生や高校生がMITのクラスをとっているとか、92歳の女性がスタンフォード大学のクラスをとっているという話も最近よく耳にする。これらのクラスは、MOOC(Massive Open Online Courses)という大規模公開オンラインコースのことで、無料で提供されているeラーニングである。一昔前では、考えられなかったような高い質の教育を、無料で一般人が受けられるようになったということである。
 
このように、一般社会でのeラーニングは大きく変化したが、企業内教育においても、この10年でeラーニングは様々な変遷を遂げ、企業の取り組みも様々に変わってきた。そこで今回は、米国における企業の人材育成に関するeラーニングの活用について、過去、現在の総括と、「これからどのような方向へ行きそうか?」について、筆者の考えを入れながらまとめてみたいと思う。

 
世代交代の時代

この10年間のeラーニングの変遷を振り返ってみると、変化をもたらした大きな要因としてクラウドの出現、ビジネスのグローバル化、「ジェネレーションYの 職場への参入」などいくつか挙げられるが、人材育成の側面でみると「世代交代の時代であった」ということが何よりも大きな変化の推進力であったように思 う。米国の企業にとって、この10年は、「ベービーブーマー」(1946年から1964年生まれ)と呼ばれる団塊層から、「ジェネレーションX」(1966年から1976年生まれ、米国ソーシャルマーケティング協会による)とか「ジェネレーションY」(1977年から1994年生まれ)と呼ばれる次世代の若年層との入れ替わり期で、この1−2年でようやく落ち着きつつある。すなわち、ベービーブーマーのほとんどは会社を退職し、「ジェネレーションXとY」が職場人口の大半になったということである。「マネージャーになれるのであろうか?」と危ぶまれていたジェネレーションYが管理職の仲間入りをするケースも増加している。
 
この入れ替わり期には企業のeラー ニング活用にも大きな旋風が吹き荒れた。ベービーブーマー達の退職が盛んな時期には、企業はベービーブーマー達とともに流出する「貴重な知識」すなわち 「知的資産」を何とか保持し、ベービーブーマー達が蓄積した「知恵」を次世代に引き継いでもらおうと、盛んにナレッジシェアーやメンタリングが効率的にで きるLMSを導入した。体系化されたコンテンツを社内LMSで提供するというのが主流だった「フォーマルなeラーニング」は、コミュニティーオブプラクティスに参加し仲間と話し合いながら学ぶとか、仕事をしていてわからないことがあれば、企業内にいるその専門家にきいて学ぶとか、新入社員はメンターに相談しながら学ぶというような「インフォーマルラーニング」ができるeラーニングに変貌していった。
 

さらに、職場における若年層人口が増加するとともに、企業はベービーブーマー達では考えられなかったような学びのしかたを導入し始めた。特に幼少期からインターネットに慣れ親しんできたジェネレーションYは、企業がFacebookやTwitterのようなソーシャルメディアを学習に活用することに大きく貢献した(圧力を加えた?)。テクノロジーに強く、自律性が高くマルチタスク型のジェネレーションYは 仕事が早く優秀な人材が多いが、一方人材育成をする側からすれば、かなりチャレンジングな層である。集中力が短く、ロイヤルティーが低いので離職率が高 い。若手の優秀なタレントを保持するために、企業は好むと好まないにかかわらず、ソーシャルメディアを導入せざるを得なかった。
 
しかし、結果としてはこの若年層からのプレッシャーのおかげで、企業はグローバルで変化のスピードが速いビジネス環境に対応できる21世紀型学習環境を整え 始めることができたのである。ソーシャルメディアを導入することで、社員は顧客の好みやニーズをリアルタイムで学びながら顧客対応をすることが、より迅速 に効率的にできるようになった。上司に細々とした相談をしなくても自分で適正な判断ができるような学習環境を整え、若年層が自分の力をフルに発揮できるよ うにした。テクノロジーに強いジェネレーションYは、スマートフォンやタブレットを使いこなし、仕事はオフィスにいなくても喫茶店でもできると考えている。従って、どこにいても仕事ができ、仕事に必要な学習ができるというモバイルラーニングの学習環境を要求する。さらに、自律性が高いジェネレーションYは自分のキャリアは自分で責任を持つという習性が強いので、企業は、社員が自分のキャリア開発ができる学習環境をLMSの中に整えた。
 
このように述べると、ソーシャルメディアを使ったeラーニングあたかもは若年層だけに貢献しているように受け止められるが、そうではない。歴史ある大企業でもビジネススピードに対応できる学習形態として、仲間が作った短いビデオ(社内用YouTubeのようなもの)で学ぶとか、わからないことがあれば複数の人たちから答えをもらうことができるしくみとか、新しいアイデアの採択を多数の人たちを巻き込んで民主的に決めるしくみとかを導入し、40代から上の社員も参加しやすいような環境を整え始めたのである。
 
 

スマートなカスタマー

eラーニングの進化を促したのは、世代交代という内部で吹き荒れた旋風だけではない。「今までにないスマートな消費者の出現」という外からの大きな旋風は、企業のビジネスモデルを変え、企業のラーニングの場を一挙に内から外へ拡大した。クラウドコンピューティングが出現し、ヤフーやグーグルといった検索エンジン はもとより、エンドユーザーにとってはアプリケーションは無料で使えるのが当然という時代が到来した。次から次へと無料でかつ優れたアプリケーションが使 えるようになり、エンドユーザーの知識量、テクノロジーを使いこなす技術力がアップした。すなわち、スマートな顧客が増えてきたのである。自分の求めてい るものを獲得するのに、プッシュ型の宣伝文句に左右されずソーシャルメディアを使って自ら検索し、自分たちが信頼できる人たちから情報をもらいながら決め ていくというプル型の思考行動パターンをとる消費者があっというまに広がったのである。
 
ソーシャルメディアを使いこなすスマートな顧客層は最初は、ジェネレーションYからのスタートであったかもしれないが、その年齢層は急激に拡大している。社員の50%以上が日常生活の中でソーシャルネットワークにつながっている(IBM、ディズニー、パタゴニアなど業種、規模に関係なく増えている)ということから、企業がソーシャルメディアをeラーニングに活用しないわけにはいかなくなったというのも事実であろう。
 
このように、企業のeラーニングは、ソーシャルメディアとLMSを連携しながら、デスクトップ、スマートフォン、タブレットを使ってどこでもいつでも社員の仕事とキャリアをサポートできるような現在の姿になったのである。
 

今後のeラーニングのトレンド

では今後は企業におけるeラーニングはどのように変貌していくのであろうか?モバイル機器らのテクノロジーが劇的に進んでいく中、eラーニングを活用してのフォーマルラーニング、インフォーマルラーニング、ソーシャルラーニング、そしてモバイルラーニングはどのように進化していくのであろうか?2014年には、人材開発をする側としてのトレンド、eラーニング開発側としてのトレンドら、それぞれの立場からまとめたものがいくつか発表されているが、それらを参考にして今後のeラーニングのトレンドを筆者なりに次のようにまとめてみた。


 

トレンド:モバイルラーニング

米国調査会社であるコムスコアは、2014年はモバイルユーザー数がデスクトップユーザー数を越える年であると予測している。
Bring-Your-Own-Device (BYOD)プ ログラムは社員が自分のスマートフォンやタブレットを仕事に持って来て使ってもいいというプログラムで、セキュリティー面での問題はまだあるが、米国の約 75%の企業はこのプログラムを実施すると、社員の生産性が向上し業績があがると考えており、実施している企業が多い。
このプログラムが浸透すると、多くの社員が「学習は自分の机にあるパソコンで」とうい環境から解放され、どこでも学習ができるようになる。
また必要なときに必要なことがどこでも学べるように、パーフォーマンスサポートシステムに「短くした情報」を入れておくと社員は使いやすい。
 

トレンド:マイクロラーニング(チャンキング、一口大の学習コンテンツ)

マイクロラーニングは、学習コンテンツを一口大の大きさにチャンキング(小さく切る)して少しずつ学ぶ方法で、米国の教育関係者の多くが企業内教育で将来大 きなヒットとなると予測している。「短時間の人の記憶力はせいぜい4つぐらいであるが、情報を細切れにすると記憶力を拡大できる。長期的には、人間は、小 さくされた情報の方が頭に残りやすい」と言われているが、このような人間の記憶のしかたについて考慮された学習方法がマイクロラーニングである。細切れに したコンテンツを作るときに気をつけなければいけないことは、「一つ一つのコンテンツは小さいが、それらを組み合わせると大きなもっと意味あるものになる ようにする」ということである。ここでいう小さいコンテンツとは60秒から60分までのものを意味し、間隔をおきながら継続的に提供する(スペーシング) のが効果的である。具体的には次のようなときに活用されている。 
 
  • 研修の事前準備
  • ある特定の状況でのjust-in-timeラーニングをやりたいとき
  • 研修の事後復習
 
5 分ビデオ、1ページのドキュメント、特定のレッスン、小さいサイズの情報、自由のきく学習活動というようなことは、それほど頭を使うものではないので多忙 な社員の日課の中にも入りやすい。スマートフォンやタブレットのようなモバイル機器に適しているマイクロラーニングへの関心はますます高まることが予測さ れている。
 

トレンド: Experience API  (xAPI) (デザイン関係者の間ではTin Can API と呼ぶ人が多い)

次世代SCORMとして2012年に紹介されたばかりであるが、企業内教育関係者の間では大変ホットなテクノロジーとして話題を呼んでおり、特に大手の企業の関心が高い。それは、xAPIは、ソーシャルメディアの活用状況といったような、今まで記録するのが難しかったデータを履歴化することができるからである。xAPIは,社員のすべての学習体験(数値化でき、共有でき、履歴をとることができるものであれば)に関する情報を把握できる。eラーニング、モバイルラーニング、中間研修の強化学習、ゲーム、オンラインリーディング、ソーシャルメディア、パフォーマンスサポートシステムにアクセスし、社員の知識とパフォーマンスを記録し、この情報をラーニングレコードストアーLearning Record Store(LRS)に送り込む。人材開発部は、LMSやレポート用ツールからこの情報にアクセスでき、「価値ある」情報として作り直せる。このようにxAPIを使うことで、人材開発部は、どのような学習体験が一人一人の社員にとってふさわしい学習であるかを判断でき、パーソナル化された学習を社員に提供できるのである。また、学習体験の全体像を見てどこに知識が必要であるか判断できるので、企業としての学習戦略にも役立つ。
ちなみに、企業は、パーソナル化された学習を次のようにとらえている。
  • 社員が自分の慣れた方法で学習をすることができる
  • 現在の自分の知識状況を把握でき、どんな特定の知識、スキルが必要で、自分に足りないものは何かを知り、何をスキップし、何を復習すべきかがわかる
  • 個人の知識ギャップ、パフォーマンス向上を指摘できるので、全社員の知識と能力向上に役立つ
  • 今後は、世代、文化、言語も考慮する
 

トレンド:ゲーミフィケーション

調 査会社のガートナーは、「イノベーションを管理している企業の50%は2015年までにそのプロセスをゲーム化し、世界的に大手といわれる企業の70%以 上は少なくとも一つはゲーミフィケーションのプログラムを2014年の末までに保有する」と予測した。企業がゲーミフィケーションへの関心を高めている理 由は、ただ「楽しいから」というだけではなく次のような利点があるからである。

 
  • 幅広い年齢層の学習者をエンゲージできる
  • 「Fun(楽しい)」は学習に対する抵抗を減らすので、コンプライアンスのようにフォーマルで退屈な研修に効果的に活用できる
  • さまざまなトピックを教えることができる
  • 知識、スキル、学習態度等、異なる学習領域に生かせる
  • 社員を「恐れず何でもやってみよう」という気持ちにさせるので、社員が革新的なものの考え方を醸成するのに役立つ
  • 従来の講義やフテストよりストレスが少ない
  • 競争心やチームワークを醸成するのに役立つ
 
現在は、良くできた人たちへのアワード(賞)としては、ポイントやバッジを与える程度のものがほとんどであるが、将来は、ゲーミフィケーションの技術の進化 とともに、もっと複雑で高度なものが考えだされるであろう。すでに、世界中どこにでも通用するポイント制度が出現しており、これが進むと、世界で共通に認 められる単位(クレジット)制度というものが出てくる可能性もあると、ゲーミフィケーションの専門家は予想している。
 
ゲーミフィケーションはどちらかというとフォーマルラーニングとして位置づけられてきたが、この1−2 年ゲーミフィケーションの応用技術の進化とともに「スペーシング」という考え方を入れてインフォーマルラーニングとしての活用し始めている。「スペーシン グ」とは、「研修でいくら時間をかけて素晴らしい内容を学んだとしても、時間がたつと、その内容は薄れてくる。以前に学んだことを強化するためには、継続 的にフィードバックをしたり、以前に学んだことを少しずつ毎日復習したりすることが効果的である」という考え方に基づいた学習方法を一言で言い表したもの で、考え方自体はことさら新しいものではない。しかし、毎日復習することが効果的なのはわかっていても、現実として忙しさに追われ毎日実施する人は少な い。そこで、出て来たのが、フォーマルな研修の後やコンプライアンスのeラーニングをとった後などに、小さくしたコンテンツを継続的に楽しくゲーム的に復習できるようにするという学習方法である。
 
 

トレンド:ソーシャルメディアを使ってのソーシャルラーニング

ソーシャルラーニングに関しては、過去に何度か具体例とともにご紹介させていただいてきたが、現在もこの学習成果についての研究発表が相次いでいる。学校関係の研究としてハーバード大学教育学部のDr. Richard J. Light  は、「グループ学習に参加している学生の方が参加していない学生より顕著に学習成果が出ると」発表した。また、企業向けには、 Bersin and Associates が、「学習者は聞いたことの5%、読んだものの10%しか頭にのこっていない。しかし、ディスカッションや話し合いに参加した場合は約50%  、OJT体験では75%が頭に残っている。ソーシャルラーニングは、チーム、グループ、組織の継続的な学習プロセスを支援し、効率的に使えば、社員の知識の獲得、能力開発に大きく寄与する」という調査結果を発表している。
 
このように、学校も企業もソーシャルラーニングを推進する動きは今後も強まることは容易に予測できるが、ソーシャルメディアとの関係はどうなっていくのだろうか。

ソー シャルメディアを利用する社員は多いが、企業のソーシャルラーニングにつなげた活用が多いかというと必ずしもそうでないのが実際の状況のようである。ソー シャルメディアを導入すると自動的にソーシャルラーニングができると思い込んで導入してしまい、自分とは関係のない情報のオーバーフローで使う気がしない という社員を増やしてしまったという例も少なくない。
 
企業の代表的なソーシャルメディアの活用方法は以下の通りである。
  • フェイスブック:研修前に教材を出したり、研修のセッション間の活動、ラーニングコミュニティーを構築する
  • Twitter : 自己紹介、事前準備、会話、ディベート、反省、ブレーンストーミング、投票
  • YouTube : 研修ビデオとして利用
  • ブログ : 追加の学習情報
  • ブログ、ビデオ、ポッドキャストを検索したりアクスしたりブックマークしたりする
  • グーグルドック、パワーポイント、社員が作ったウィキペディア等を使って、チームメンバーとコラボレートしてコンテンツを作成し、学習リソースとして活用
  • ある特定のトピック(例えば新入社員教育)についてのディスカッショングループを作る
  • 体験学習が必要な内容に対して、セカンドライフを使ってバーチャル体験ができるような学習環境を作る
  • フェイスブック、Twitter、LinkedIn、Pinterest、Google+のような異なったソーシャルネットワークにコネクトし、コミュニケートする
 
職場でのソーシャルメディアを使ったソーシャルラーニングのベストプラクティスとしてeLearning Industry に発表された記事の中で、ステファニー イベックは次のようにまとめている。
 
  • 参加を奨励 (自分に賛同してくれ、他の社員から好かれ、皆を参加させてくれるような旗ふり役にふさわしい人をみつけるのも一つの方法)
  • トピックは一つに絞ってスタートする
  • トピックと期間を決め、参加者に全体の構成と開始時点を知らせる
  • 共通した課題やFAQ(Frequently Asked Questions ) にブログ、Wiki を使ってみる
  • オンライン上で集まる場所を決め、内容を進めるためのアジェンダを用意する
  • オンライン上でソーシャルラーニングをするための適切なツールを提供する
  • e-Learningのコースの中からYouTubeをストリーミングできる
  • 学習者がチュートリアルのビデオやデモを見ながら話し合っているときに、リアルタイムに質問をしたりフィードバックができる
  • モバイル機能やソーシャルネットワークのインテグレーションができる
  •  コミュニケーションのラインをオープンにしておく
 
社員が自分の知識や経験を共有することを奨励するのは重要である。 Instant Messaging (IM) はいちいちメールで出さずに今わかったことを即知らせることができる。多くの企業が最初は、無駄なおしゃべりばかりするようになるのではないかと、IMの活用に消極的であったが、記録したりモニタリングできる機能があって生産的に活用されることがわかり、活用する企業が増えた。
 
  • 社員間の会話とつながりを推進するには、プライベートで安全なソーシャルラーニング環境を作るのが好ましい
  • ソーシャルメディアのブラックホールをさける
  • Twitter、Facebook、 LinkedIn のようなサイトは、人とつながり情報共有はしやすいが、気をつけないと目的のないブラウジングをしたりしてよそ見をしてしまいがちである。従って、サイトを生産的に教育的に使う目的とガイドラインを明確化する必要がある。
 
 

トレンド : コンテンツキューレーション

ソー シャルメディアの活用が盛んになればなるほど、コンテンツは溢れ出てくる。受ける側は一つのトピックについても読み切れない量の情報が入ってくる。すると どうでもいいような情報にうんざりするということが増えてくる。皆に共有したいと思って何でも思いついたことを発信する時代は過ぎようとしている。受け手 が貴重な情報として記憶に残してくれるようなコンテンツを発信するには、発信する側にどのようなスキルが必要となってくるのであろうか。
 
コンテンツキューレーションとは、人の手で情報やコンテンツを収集・整理し、それによって新たな価値や意味を付与して共有することであるが、情報が氾濫するソーシャルメディアの世界でこの作業をするのは大変なことである。この大変な手作業を少しでも軽減するために、この1−2 年にソーシャルメディアにあるコンテンツをキューレーションしやすくするソフトが次々と出現した。このようなソフトを使うことで、同じように関心をもつ人 たちにあるトピックを共有したいときに、その人たちにとって重要なものだけに絞った形で共有することができるようになった。従来のインストラクショナルデ ザイナーがコンテンツキュレーターというタイトルで活躍し始めているという話が耳に入ってくるが、eラーニングの世界で新しいジョブタイトルとして認知されるのも遠い話ではないように思う。コンテンツキューレーションのスキルは、専門的な情報を発信するSME(Subject Matter Expert) である社員にも要求されていくであろう。すでに、大学を含めた学校現場では、教師の役割としてファシリテーターという言葉がすっかり馴染みのある言葉とし て日本の教育界にも定着したが、これに追加しコンテンツキュレーターが新しい役割として浮上してくるのは時間の問題であろう。
 
ま た、受信する側も、コンテンツキューレーションソフトを使うことで、自分にとって本当に今貴重な情報だけをとることができ、必要でない情報を読むのに使わ れていた無駄な時間を省くことができる。多忙な社員が高い質の情報をスピーディーに獲得し、知識として活用するプロセスをスピード化する方法としてコンテ ンツキューレーションソフトを導入する企業は増えると予測できる。では、実際にはどのようなソフトがどのように利用されているのであろうか? Stacia JohnsonとMelissa Marshがまとめた無料で手軽に使える優れたソフトを以下にご紹介する。
 
eLearning Tags : 自分が面白くていいと思ったeラーニングや教育テクノロジーに関するコンテンツを共有したり、発見しあったり、投票したり、話し合いをしたりできる。eラーニング、インストラクショナルデザイン、ゲーミフィケーション、ソーシャルラーニング、 MOOC、その他高い質の情報を提供してくれる。
 
Pearltrees : コラボレーションができるビジュアルな自分のライブラリーでとして使える。ウェブの画面に自分の気に入ったものを集めて整理し共有できる場所である。ウェブのコンテンツはツリー(木)に入っていくのでパッと見てわかりやすい。視覚に強い学習者には適している。
 
Diigo Education Edition : ナレッジマネージメント用のマルチツールで上記のPearltreesよりはやや複雑なソフト。自分の気に入ったサイトをハイライトでき、自分の好きなコンテンツをみつけやすくしてくれる。自分で作ったコンテンツを提供し共有できるグループを作ることもできる。
 
Evernote : 自分のアイデア、プロジェクト、体験(コンピューター、電話、タブレット)を記録し、自分が次に何をすべきかを判断し行動にうつすのに役立つ。機器、プラットフォームに関係なくどんな環境の中でも、この情報にアクセスし検索してくれる。
 
Dipity タイムラインを作成するソフトで、テキスト、画像、ビデオを自分のタイムラインに入れ込んでくれる。コラボレーションのオプションがあるので、自分のタイムラインをプライベートでもパブリックでも使える。
 
Storify オ リジナルのコンテンツとソーシャルに配信された情報やコメントをブレンドし、ストーリーやタイムラインを作成する。オンラインブログのソフトウェアと同じ ような簡単な編集機能があり、情報元を知らせてくれるので、ソーシャルメディアに体験談等を共有したいときに効果的。ストーリーテリングのスキルはeラーニングとは関係なく広い範囲で利用者が増加している。それは、さまざまな研究結果が指摘するように、淡々と事実を並べた話より、一つのつながりのある物語の中でその事実を入れ込んで話すと、人は記憶に残しやすいからである。eラーニングのコンテンツ作成、あるメッセージを共有したいときに、ストーリーテリングが使われている。
 
Pinterest 自分が面白いと思ったイメージを、ある特定のテーマを取り扱っているオンラインボードにピンでうつことができる。大勢を対象にしたキュレーションプロジェクトに大変有効である。
 
Symbaloo :「カスタム化できるスタートページ」を作るソフトで、大事なリンクを追加していくことができる。「ドラッグ&ドロップ」を使って、便利で使いやすいように整理できる。主要なニュースにアクセスできる。
 
Scoop.it :自分に配信された一番最新のニュースをソーシャルネットワークで共有することができる。ニッチトピックに関するオンラインマガジンのような形で利用できる。Scoop.itの優れているところは、自分のページに入れるコンテンツを他の人たちが推薦できることである。
 
CurationSoft 自分が共有したいコンテンツを簡単にみつけることができる。現在はデスクトップでしか使えないが、初めてのユーザーでも大変わかりやすく使いやすいソフトである。有料と無料があるが、無料のものは、残念ながら Google’s Blog Search でしか使えない。
 
 

近い将来の企業内教育像

以上、企業内教育に関するeラーニングのトレンドをご紹介したが、では、具体的にはこのようなeラーニングを導入した企業の社員の学習はどのような形になるのであろうか?キャロル リーマンはASTDのウェブサイトで次のようにストーリ仕立てでまとめている (2013年12月8日発表)。
 
ある製薬会社の営業マンであるビルは朝出勤するとまず自分のタブレットを開け、「今日の学習」をクリックした。今日は新しい製品についてのビデオでそれを見 た後、先週受けた製品研修についての短い質問に答えた。回答している中で自分の知識に対してフィードバックを受け、すべて正解になるまで2−3 の質問に答えた。その後、社内ポータルをあけ、5分ほど今日訪問する予定の顧客に進める商品について調べた。午後、ビルは自分の携帯から社内ラーニング ポータルに入り、商品の一つについてのディスカッションボードをチェックした。他の営業マンがその商品についてどのようなことを知っていて、競合商品と比 べてどうなのかを知りたかったからだ。
一 方、研修開発部に所属するサラは、先週行われた営業研修プログラムのレポートをまとめるために、社員の「今日の学習」への参加状況を分析し、トピックごと に知識としてどれだけ効果が出ているかを見ていた。その後、ビルの「ナレッジマップ」に合わせてビルがどれだけ進捗しているかを見た。それから、社員のさ まざまな学習体験についてxAPI で集めたデータを見ながらどれが一番人気があるのかを評価した。新しい商品について営業マン一人一人の学習成果を履歴化するためにグラフを作成し、一人の社員の売り上げ業績が学習成果とどのようにつながっているのかを履歴化した。
 
 

2030年の職場にむけて

米国の企業は、「ベービーブーマー」から「ジェネレーションXとY」へと世代交代が終了しつつある現在の職場を見据え、長期的な視野での人材育成と職場環境を検討し始めている。米国犯罪科学研究所は、2030年に向けての職場環境について2年がかりで調査し、その結果を「FL2030調査レポート」として発表した。人材育成、職場環境を整えていく上での大事なポイントが指摘されていたので、そのいくつかをご紹介する。
 
以下の図は2010年と2030年の労働人口の年齢別構成図である。
 

 
この図を見ても明らかのように、ジェネレーションY(図ではミレニアル)は2030年には全体の40%以上を職場でしめることになる。すなわち、人材育成、職場環境はジェネレーションYが大きな主導権を握るということである。
 

休憩室、リビングルームは大事なソーシャルラーニングの場

テクノロジーとジェネレーションYの 影響で、仕事と個人の生活の切り分けがなくなっていく。情報へいつでもアクセスでき、自分が学んだことを共有したり専門分野の情報交換が気楽にできるよう な集いの場を提供することは大事である。バーチャルとリアルでの両方で人とのコネクションの場を作ることは、職員間の対話を増やすことにつながる。カジュ アルな憩いの場で、自分の好きな椅子やソファーに腰掛け、自分の好きなテクノロジーを使って、同僚と話し合ったりすることはチームワークにつながる。
 
 



 

モバイル機器の変化によるラボの変化

より多くの犯罪件数をより少ない経費とより少ない職員でこなすという傾向は強まる一方である。テクノロジー、特に現場検証に使えるモバイル機器の発展によ り、今までラボでなければできなかった仕事が現場ですませられるようになり、ラボのスペースの考え方が変化した。写真左のデンバー犯罪捜査ラボのオープン なテストスペースのように、固定型の環境から、状況に合わせて姿を変えることのできるフレキシブルな職場スペースになりつつある。このような職場環境はコ ラボレーションがやりやすいので、仕事をしながら早く学ぶことができる。 
 

透明性と効率化

ラボ、オフィス、公と私のスペースをつなぎ、科学捜査官とコミュニティーとのコラボレーションを強化することが大事。ラボ(写真左はヒューストン国境の税関と隣接する科学センター)やオフィスを外から見えるようにすることは、透明性と対話性を助長する。

 
  


科学捜査という仕事の性格上、市民の理解と信頼を得ることは重要なことであるので、研究所ツアー(写真はハワイ、オアフ島にある科学捜査ラボ)等を通して透明性を出している。セキュリティーの問題とも対処しながら透明性を出すことに努力する必要がある。

 
 


ジェネレーションZ (1995年から2012年生まれ)

将来の人材育成を考える上で無視できないのは、2030年の人口構成図で30%近くを占めているジェネレーションXとYの子供達にあたるジェネレーションZで、新入社員として入ってくるのはすぐそこである。
 
ジェネレーションZをeラーニングと関係づけて見た場合、質の高いコンテンツを無料で受けることができる環境が当たり前として育ってきた世代で、すでに、例えば大規模公開オンラインコース(MOOC)の恩恵を受けている。MOOCは、学校や個人のユーザーを対象としたeラー ニングのトレンドとして2年前から話題になっていたが、筆者はスタンフォード大学の近くにすんでいるおかげで、いち早く見聞きしていた。「本当に無料?」 というのが最初に聞いたときの反応であった。米国でも屈指の大学と言われているスタンフォード大学、ハーバード大学、MIT、Caltech、カリフォルニア大学バークレー校、プリンストン大学が無料で講義を公開している。高い質の講義が無料でとれるということでは、こんなに恵まれたことはない。


 
また、この世代は反転学習という新しい学習モデルを体験している世代である。反転学習は、授業に出る前に講義をビデオで見て勉強し、授業の中では、教師との話し合い、質疑応答、仲間との話し合いを通して自分の理解を深める学習のしかたである。MOCCと反転学習をブレンドした活用が高校、大学で増えている。
 
現在、MOOC、反転学習を活用している企業はまだ少ない。しかし、 ジェネレーションZが増えると、企業がMOOCの活用を検討するのは時間の問題であろう。MOOCを 提供している大学と組んで、どの大学でも通用する単位を有料で取得できるようにすると、社員は質の高い大学の修士課程のコースを$5000前後でとれると いう可能性がでてくる。また、反転学習を研修に活用することで、一方方向の講義の時間を減らしディスカッションや対話を主としたソーシャルラーニングの研 修に変えることができる。
 
ジェネレーションZはジェネレーションY以上にeラーニングに慣れている。冒頭で述べたように、この1−2年の間に、話したり立ったりすることができるようになる前からeラーニングをする子供達が急増している。6ヶ月前後でeラーニングを始めたジェネレーションZは、 2歳ぐらいになると、スマートフォンやタブレットに自分でパスワードを入力し、数多いコンテンツの中から自分の好きなアプリケーションを選んで対話すると いうスキルを身につけるかもしれない。学校に行き始めるとコンテンツキューレーションのスキルを身につけ、より高度な質のコンテンツで学んでいくであろ う。
21世紀のスキルを身につけたジェネレーションZは2030年の職場ではどのような活躍ぶりを見せてくれるのであろうか。とても楽しみである。
 
 
最後に読者の皆様へ
長い間ご愛読いただきましたが、今回をもちまして最後の投稿とさせていただくこととなりました。私が海外レポートを担当させていただいてから、eラーニングの世界も大きく様変わりいたしました。このレポートのお仕事を通して私自身も大変勉強させていただきましたことを心よりお礼を申し上げます。長い間にわたり、ご指摘、励ましのお言葉をいただいたりし、ご愛読いただきましたことに心よりお礼を申し上げます。
 
最後になりましたが、eLCのスタッフの皆様に心よりお礼を申し上げます。特に小橋様には長きに渡り、私のつたない日本語をうまく編集し、ウェブサイトにアップロードしていただき、大変お世話になりました。ありがとうございました。
 

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